前田通子が1955年、新東宝へ入社した頃の時代。日本の映画界は大きな変革期を向かえていた。それは当時、一橋大学の学生であった、石原慎太郎が文学界で新人賞を受賞し、翌年には処女作である、「太陽の季節」が芥川賞を受賞し、さらに時代の潮流が大きく変わり、それは映画界にも大きな影響力を与えた。それが太陽族上がりの石原裕次郎と、これまで誰もやらなかった全裸シーンを映画で披露し、鮮烈な衝撃を与えた前田通子の脚光は、共に同じ時代を歩み、戦後世代を生きてきた若者世代の等身大のような存在となった。この二人は日本映画史の草分け的存在だと私は思っている。しかし、幸先の良いスタートを切ったかに見えた前田だが、これが長くは続かず、「女真珠王の復讐」「海女の戦慄」の大ヒットの後だけに、あの裾まくり事件さえなければ、彼女の女優人生も大きく変わっていたことだろう。
4 comments
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誰も知りません?
皆様、ご存命なのでしょうか?
やあ、最初のカラー写真の三原葉子と並んだ久子嬢、いいですね。北原三枝もわりとグラマーなんだけど、やはり売りは筑波久子ですね。紙京子は松竹のせいか、印象が薄いですね。グラマー+色気は中田康子が一番。東宝から大映に移ってからが全盛ですね。前田道子は、いかんせん色気不足。やはり新東宝は三原葉子で決まり。あと白木マリは情婦とか踊り子とかホステス役で脇役専門。白木マリより出番の少ない、東映の奈良みつえもグラマーっぽかったですね。
中田康子はラッパ永田の女
色っぽさは天下一品です
「悪名」で朝吉と駆け落ちする
お千代の役はホンマ色気満開でした。