【あっ!→即臨界事故】デーモンコア実験とは?うっかりで史上最悪…呪われた3発目の原爆核!

【あっ!→即臨界事故】デーモンコア実験とは?うっかりで史上最悪…呪われた3発目の原爆核!



科学者2名の命を奪った悪魔の核「デーモンコア」実験について解説。
実験中のミスで、臨界を迎えたプルトニウム:ルーファス。
被曝した科学者らは、どのように亡くなったのか。

デーモンコアは本来、日本でもっと多くの人命を奪うものだったため、これでよかったのかもしれません。

※このchはあくまで趣味の範囲での活動です。
情報を信じるか信じないかは貴方次第です。

◯チャンネル登録した者のみぞ知る
https://www.youtube.com/channel/UCe325LAv72VWbmPvFEcZBcA?sub_confirmation=1

◯再生リスト
・世界の興味深い実験

・雑学を知る

・神の人体設計(人間の構造、遺伝子、栄養など)

◯動物関連専用チャンネル
神のみぞ知る〜アニマルディスカバリー〜
https://www.youtube.com/channel/UC4C7RgjbBGKicJYQ0h_djHQ

動画素材:Storyblocks
静止画素材:Shutterstock
音源素材:Youtube Audio Library, Dovaなど

#雑学 #デーモンコア #実験
デーモンコア実験 臨界事故 原爆 ゆっくり解説

00:00 OP
00:48 アインシュタインの手紙
02:04 プルトニウムの発見
03:36 広島、長崎への原爆投下
06:42 臨界事故①ダグリアンのケース
12:18 臨界事故②スローティンのケース

40 comments
  1. その日は長崎医科大学付属の病院に通院する親戚に付き添う予定だった。
    長崎市は家から遠いため早朝から病院に向かい昼前に診察、お昼ご飯はどうしようかと話していた。
    だが、親戚は明日が通院の日だというのに夜のうちに亡くなってしまった。
    あと1日通院が早ければ間に合ったかもしれない、残念でならなかった。
    翌日悲しみにくれる家に近所の人がただ事ではない様子で飛び込んできて言った。
    「長崎市に新型爆弾が落ちたらしい」
    そう、病院に行くはずだったその日こそが8月9日だった。

    これは私の祖父の体験談です。
    核兵器は二度と使ってはならない、ナガサキが核兵器における最後の被爆地であること祈っています。

  2. 日本人というのは終戦と同時にモルモットとなった。

  3. ベリリウム半球での実験は、今の水準で見ると何てことをやってんだよ…、呆れるどころではないほど杜撰。
    とは言え、核ではなく放射性物質として紐解くと、ラジウムにまつわる話やラジウムガールズという単語が出るのも歴史。
    原爆投下は許されるものではない。ですが、今ではレントゲンや非破壊検査などで、安全に配慮しつつ活用してるのも現実。
    ただただ、憎しだけでなく、視野を広くして見ていかないと。改めてそう思いました。
    非破壊検査では、どう見ても”ただの金属の棒じゃん?”。写真のイメージだけだと、そこが危険。
    まぁ日常生活の中では、そうそう見聞きしないと思いますが。あと、臨界事故は、ほら。日本でもかk(バンッ

  4. 人間が無駄な頭脳を持った事で他の生き物と違うのは、危険だと分かっても止めないこと。生きて、子孫を残し種の保存をするのが一番ならば、全てを消失してしまうほど危険だと分かったら止めればいいのに…
    人間のくだらない戦争のために核1つで貴重な生命だらけの地球が終わってしまう。他の生き物も全て消えてしまう。人間は自業自得だけど、本当に止めて欲しい。

  5. 原爆投下の話をすると
    「時代背景があるからしょうがない」
    とか
    「日本が無理に戦争を続けたから落とされた」

    とか言う人いるけど俺はそうは思わない
    いくら戦争だったとしても普通の感覚なら都市部にあんなもの落とせない

    右翼と言われようと俺はアメリカを許すつもりはない

    あんな国が世界のリーダーを気取ってるのが反吐が出る

  6. デーモンコア君の出自がえげつなかった😰

    原爆投下より先にこの実験と事故が起きていれば、米国はそれでも原爆投下を実行していたのだろうか?

  7. 東海村JCO臨界事故
    1999年9月30日、茨城県那珂郡東海村にある株式会社ジェー・シー・オー(住友金属鉱山の子会社。以下「JCO」)の核燃料加工施設で発生した原子力事故(臨界事故)である。日本国内で初めて、事故被曝による死亡者を出した。

    JCO東海事業所の核燃料加工施設内で核燃料を加工していた最中、ウラン溶液が臨界に達して核分裂連鎖反応が発生し、この状態が約20時間持続した。これにより、至近距離で多量の中性子線を浴びた作業員3名中、2名(大内久さんと篠原理人さん)が死亡、1名(横川豊さん)が重症となったほか、667名の被曝者を出した。

    事故原因は核燃料の加工工程において、JCO側が事故防止を重視した正規のマニュアルではなく「裏マニュアル」を作成して作業を行うなどの杜撰な管理を行った上、事故前日より作業の効率化を図るためその「裏マニュアル」からも逸脱した手順で作業を行っていたためであった。

    核燃料の加工を行うにあたり、JCOには臨界を防止するための作業工程マニュアルはもちろん存在していた。
    しかし、その手順が面倒であり、作業の効率化を重視した社員たちは、より簡易化された裏マニュアルに沿って作業をしていた。
    正しいマニュアルでは、ウラン化合物の粉末を溶解する際に、溶解塔という専用の設備を使用することが決められていた。
    一方、裏マニュアルではステンレス製のバケツを使うという危険極まりない作業工程に書き換えられていた。
    さらに事故当時は、裏マニュアルにもない作業工程が行われていたこともわかっている。
    通常は貯塔という容器を使わなければならないところを、沈殿槽という容器に置き換えて作業していた。
    貯塔を使用すれば臨界が起きる可能性は低く、沈殿槽にバケツで硝酸ウラニル溶液を入れ続けるというずさんな工程を行っていたがゆえに、事故は起きるべくして起きたと言える。

    1999年9月30日、JCOの作業員たちは硝酸ウラニル溶液を沈殿槽にバケツで流し込む作業を転換試験棟で行なっていた。
    午後10時35分頃、沈殿槽に7杯目となる硝酸ウラニル溶液をバケツで流し込む。
    すると、予想に反して突然臨界に達してしまい、中性子線が大量に発せられたことから施設の警報機が鳴った。
    この事故でも、被爆死した大内さんらは「青白い発光」を見たと証言している。
    この沈殿槽は言ってしまえばむき出しの原子炉であり、臨界に達した硝酸ウラニル溶液からはチェレンコフ光の青白い光が発せられ、その中性子線は建物の外まで放射状に広がった。

    JCO側が事故を起こした責任があるとして、自社の社員18人を2人1組編成にして、臨界事故現場に1分を限度として収束作業に当たらせる提案。
    これにより、冷却管の破壊部位からアルゴンガスを注入して冷却水を抜く作業、沈殿槽にホウ酸を投入して臨界を終息させる作業を行うことができ、無事連鎖反応を止めることができた。
    この作業は終わるまでに約20時間を要しており、日をまたいだ10月1日の朝6時半頃、ようやく完全な収束が確認された。

    急性放射線症候群、症状が最も重かった大内久さん(当時35歳)は、細胞再生能力や染色体が破壊され、事故から50日後に死亡。
    大内さんの半分の被ばく量(6.0~10グレイ・イクイバレント)だったと推定される篠原理人さん(当時39歳)も同様に染色体破壊が起こり、一時安定したものの、事故後211日で死亡した。

    事故後、法人としてのJCOと、JCO東海事業所所長を始めとした6人が起訴されて裁判で刑事責任を問われた他、JCOは内閣府から加工事業許可取り消し処分を受け、ウラン再転換事業の廃止を余儀なくされた。
    国際原子力事象評価尺度 (INES) でレベル4(事業所外への大きなリスクを伴わない)に相当する事故である。

    (Wikipedia、及び、MATOMEDIA/entamenewsより)

  8. 自分は生まれも育ちも広島です。
    先日G7サミットにウクライナのゼレンスキー大統領が招かれていました。
    メディアでは平和への足掛かりだのウクライナを支援して早く平和になってほしいだの、的はずれな報道ばかりでした。
    ゼレンスキー大統領は自国の国益のために世界各国の支援を取り付けに来たにすぎず、平和公園の視察も支援と取り付けるための一環として行っただけです。
    とてもしたたかでウクライナ国民からすれば立派な大統領だと思います。
    一方、日本はゼレンスキー大統領を招いたことで決定的にロシアを敵に回しました。
    今回のウクライナ侵攻は日本が北方領土を取り返すためのとても重要な交渉材料だったと思います。
    中立ではあるが北方領土を返さなければウクライナの支援をするといったような交渉はできたはずです。
    それをなんの利益にもならない欧米と足並みをそろえて用もないのに敵を作りました。

    平和とは無条件に得られるものではなく努力によって得られるものと考えます。
    広島に生まれ広島に育ち、毎年夏になると「戦争反対」「核をなくせ」と聞かされてきました。
    努力とは、ただ無条件に平和を求めて声を挙げるのではなく、今回であればウクライナとロシアの双方の言い分を取り持ち、落としどころを他国が知恵を絞る事だとだとおもいます。
    ただウクライナの味方をしてロシアが悪い!ロシアの国民も反対してる!とプロパガンダ報道をすることではないと思います。

    むかしオアフ島で原爆の紙芝居をしてアメリカ人に大ひんしゅくをかっていた広島県民を見ました。
    原爆の代表漫画「はだしのゲン」では、原爆開発を提案しただけのアインシュタイン博士が原爆の開発を推し進め、トリニティ実験を眺めながら「これを日本に投下して戦争は終わる」と発言したと表現されています。
    広島に生まれ育ち、こういったことにはうんざりしています。
    何が言いたいのかわからなくなってきました(笑)

    8月6日の原爆の日に核廃絶の大行列が市内を練り歩きます。
    大行列なので信号が途中で赤になってもまだこの行列は渡っています。
    核を無くせという前に信号守れよ!と思いました。

  9. 子どもの頃、『天皇陛下のお陰なのよ。』と教わりましたが、終戦のことかと思ってたら3度目の原爆投下のことだった…?

  10. 博士が広島サミットに招待されていれば、別の視点で愚かな核保有国を説得出来る機会があったかもしれませんね。
    こんな歴史は授業で習う事はなく
    感謝しています
    ありがとう

  11. 核の恐ろしさ、明確に理解できる動画だ・・・。多くの人が視聴すべき内容と言える。

  12. 【日本は戦時中に核実験を成功させました。すでに日本は戦時中に核武装国です。
    広島、長崎の2発「だけ」ですんだ理由を日本の戦後の共産主義コミンテルンGHQによる洗脳教育では教えない。

    アメリカは日本全土に日本人に核兵器を落とす計画だったのにと教えてない。

    日本がグアムサイパンで玉砕した後アメリカに降伏文書を送ったがアメリカは日本の降伏を拒否しました。
    日本は大東亜戦争中に日本の領土の北朝鮮で日本人が核兵器核爆弾実験を成功させた←これのおかげつまり日本が核武装出来たおかげで終戦出来たと学んでない。終戦するには反撃出来るだけの武力核兵器が必要だ。】

    私は核武装論者ですが、核廃絶の理想は共有共感出来ます。
    核兵器がない時代に生まれたかったです。しかし私はすでに核兵器の作り方のレシピを知っており、材料が揃えば核兵器を個人でも作れるのです。

    今の時代は核武装して日本を一番大事な国体をそして皇統を守るしかないのが現実です。 

    大東亜戦争が広島長崎の2発「だけ」ですんだのは日本が戦時中に核実験に成功し核武装したから終戦出来たのです。もし日本が核武装出来なかったらアメリカは終戦に応じてませんし日本人を計画通り日本全国核兵器で皆殺しにしてたのです。
    非核三原則を守るような人にほど国体つまり国民を守るためにウクライナみたいに核武装してた国が核兵器を捨てたせいで核武装国のロシアに侵略された現実を知って、日本の核武装の大切さを理解してほしいです。

  13. デーモンコアに関する動画はいくつか見ましたが、本動画が一番作り込まれていると思います。

  14. 実験とは知恵を手に入れるために計り知れない代償がつくものなんですね……
    カタ((((꒪꒫꒪ ))))カタ

  15. 当時だからこそ起きた事故。
    文明が続く限り、核の恐ろしさを忘れてはならないと改て考えさせられる動画でした。

  16. 私の友人が広島出身で、彼女のお母さんが原爆被災者でした。
    友人は身体の何処かを打つと青タンが出来、いつまで経っても中々治らないし、その部分が陥没したかのようになっていました。
    もちろん子供も産めなくて、顔色がいつもくすんで病弱でした。

    被爆した人ならもっと大変だったでしょう…。
    本当にこのような恐ろしい爆弾はこの世界から、無くなって欲しいものです。

  17. 広島の原爆ドームを訪れた時、当時の悲惨な状況が窺える壁に残った人影…。

    コメントノートがあり、アメリカ人である誰かが、パールハーバーを忘れるな!という手記を見たときに本当に腹が立ちました‼️🤬

    アメリカ人の高校生はこんな悲惨な…と大変ショック😨を受けている心ある人もいるのに…。

  18. 義務教育で見せるべきクオリティをYouTubeで無料で見れちゃうの…ありがたや…

コメントを残す