#新人作家#ほっこり小説#薔薇葉子
喪失
若き日の二つの声は、
まだ誰も知らない空の下で出会った。
ひとつは、
鈴を転がすように澄み、
人の心を優しく震わせる声。
ひとつは、
夜風のように静かで、
魂の奥へ語りかける声。
二つの歌は、
一つの運命になるために生まれてきた。
やがて二人は恋を知る。
拍手よりも温かな手のぬくもりを。
スポットライトよりも眩しい瞳を。
喝采よりも尊い「おかえり」の一言を。
世界は二人を讃えた。
若き天才。
奇跡の歌姫。
時代を変えた歌声。
だが運命は、
最も美しいものから試練を与える。
声は少しずつ遠ざかり、
夢は静かに崩れ始めた。
歌えなくなる恐怖。
愛されなくなる恐怖。
愛する人の未来を奪ってしまう恐怖。
その涙は、
誰にも見えない夜に降り続いた。
彼女は姿を消した。
山の風に名前を預け、
深い森の静けさへ溶け込んでいった。
彼は歌い続けた。
だが歌うたびに、
隣にいない彼女の声を探していた。
幾つもの季節が過ぎ、
偶然という名の奇跡が、
再び二人を引き寄せる。
風が舞い上げた一枚の楽譜。
夕暮れの山道。
交わる視線。
掠れた声で呼ばれた、
たった一つの名前。
それだけで、
失われた時間は涙へと変わった。
二人は知った。
人生で一番大切なのは、
拍手ではない。
名声でもない。
栄光でもない。
どんな朝も、
「おはよう」と言い合える人がいること。
どんな夜も、
「おやすみ」と微笑み合えること。
やがて歳月は流れ、
若き日の輝きは白い髪へと変わる。
それでも、
二人は歌い続ける。
小さなクラブの灯りの中で。
掠れた声の中に、
若き日の夢を重ねながら。
人は言う。
二人は多くを失った、と。
けれど、
本当にそうだったのだろうか。
失われたのは、
若さかもしれない。
栄光かもしれない。
歌声かもしれない。
しかし、
最後まで失われなかったものがある。
それは、
誰よりも深く、
誰よりも静かに、
人生を歌い続けた、
愛だった。
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