7月スタートのこの番組は、
ゲストのこれまでの人生を振り返り、これまでの忘れられない出来事についてお話を伺う番組です。
4回目のゲストも、宇宙飛行士の野口聡一さん!
宇宙のお話をたっぷりとお楽しみください。
#100年ラヂオ商会 #カンニング竹山 #神田愛花 #野口聡一
カンリング竹山です。 神田花です。この番組は今年創業 100 周年を迎えた田村政作書提供のも毎回多彩なゲストを招きし、これまでの人生の中で忘れられない出来事についてお話を伺っていこうという番組です。田村政作に 100 年の歴史があるように人に歴史あり、物に歴史ありそれぞれのドラマがあります。さらにゲストの方に関わりが深いテーマを取り上げその歴史にも迫っていきたいと思います。 ということで竹山さん、前回は宇宙飛行士の野口総一さんにお越しいただきました。 そうですね。我々がよく分かってなかった野口さんの人生というのですね、色々買見ることもできましたよ。 はい。でも はい。まだまだ聞きたいですよね。 そうなんですよ。というわけで今回も野口総一さんがゲストにお越しくださっております。 良かったです。野口さんの人生をね、迫るならやっぱ 2周は必要ですから。 はい。本当に2ヶ月ぐらい欲しいです。 いや、本ん当にずっと2 ヶ月喋りたいぐらいですよ。 そうなんですよね。ということで、CMの 後は本日のゲスト野口一さんの人生の歴史 、そして野口さんに関わりが深いテーマの 歴史にも迫っていきたいと思います。お 楽しみに。田村静書プレゼンツ カンニング竹山神田花100年ラジオ紹介 。ここからはゲストの登場です。今回の 先週に引き続き宇宙師の野口一さんです。 どうも野口一もよろしくお願いします。 よろしくお願いします。 口総一さんは1965 年神奈川県横浜市までの現在 60歳。これまでに合計 3 度の宇宙飛行を体験された日本人宇宙飛行士の第 1任者でいらっしゃいます。 はい。 前回は幼少期のお話から もうすぐ飛ぶぞっていうところまでお聞きしましたよね。 そうですよね。今回こう飛んでからの話もちょっと聞いてみたいんですけど はい。 初めて野口んのスペースシャトルで はい。 宇宙に行かれた時、の時はそうですね。はい。 え、どういったお気持ちだったのかというのと、そっから途中で宇宙空間を見るわけですよね。 うん。はい。 どんな気持ちでした? そうですね、やはりあの自分が宇宙を目指す最初のやっぱりきっかヶ月があの外から地球を見たい。 [音楽] やっぱそれすごく大きかったので、あの実際に宇宙に出て はい。 え、見た時のそのこう、ま、青さもあるんですけど、あの光の量ってんですかね。 はあ。 すごい眩しいんですよ。 もうちょっと前から教えてほしいですか? もうちょっと前から分かりました。はい。順を追って。 あ、順を追って順を追うとですね。えっと、私が子供の頃はそこまでではない。 え、3 からね。あ、いい、いいですね。 あの、スペシャトルは まず、あの、座席が上向いてるんですよ。 だから言ってみれば背中が、ま、下側なるほど な感じで、ま、この今椅子をこう 90°返してその状態ですよ。だから行きますよ。神田さんも竹山さん、今スペシャトで 3ツーワドド上。 で、そうするとですね、面白いことに、今そのかさん、頭の上の方に 窓があると思ってください。 で、そうするとぐあ、そう、そう。そうやって剃るとね、窓が見えるんですよ。 はい。はあ。 で、それが僕の座敷から、あの、こう、今ドドってなってる状態で、 自分の頭の上にある窓越しに 発射台が見えてくるんですね。こん ロケットがぐーっと回ってどういうことだ? すごい。これはね、本当にシュールな体験で、 あの、少しこう回転してるから回転し上がっる通りなんです。おっしゃる通りなんです。あの、スペシャトル回転しながら登ってくので、 今打ち上げまでは 3ツ1 まではあの、空だけ見てるわけですよね。 はい。はい。はい。 上が見えてんのにぐるぐるっと回った時にりると 自分が今上がってきた発射台が はい。 すごい下に見えるんです。 なるほど。 なぜかって言うと大体40 秒ぐらいであの飛行機が飛ぶ高さに行っちゃうので 1万。 1万近く。 早いな。 早いんですよね。だからそういう感じでうわ、もうあんなとこに行っちゃったっていうのがまず最初のシーンです。 はい。Gもすごいです。 Gも大体重の3倍ぐらい。 あと飛行機乗ったらたまに風の抵抗で揺れる時あるじゃないですか。はい。 あんな揺れはあるんですか? えっと風の揺れじゃなくてエンジンの揺れが直接やっぱグわって入れてる感じますよね。はい。それはあの猛烈にあります。はい。で、 あの外が見えるのはその最初の一瞬でなぜかとすぐその後もう本当に上に行っちゃうと思うに行っちゃう。 でもでもほんの一瞬その発射台だけ見えるのがあの今 20 年経ってますけど未だに覚えてますね。 はい。自分が今発射したところの、え、発射台をあの 1万から 見下ろすっていうのはすごい強烈なイメージなんですけど。で、それはそれとしてその子ガっていうね、すごい衝撃とあと体重の 3倍の効果加速度と はい。はい。8 分30秒続いた後に 8 分30 秒経つと今度エンジンがそこで完全に止まるんですけど 止まった瞬間無重力なんですよ。 へえ。 で、これは矛力ってのはそ、だからふわふわふわみたいなでしょ。だけどロケットの中で無重力になるってのは何かって言うと全部が浮くわけですよね。全部無重力。で、 全部浮くっていうのは 床に落ちてた埃りが上がってくるわけですよね。だから だからあのマトリックスみたいな感じですよ。あのその一瞬で全てのものが勝手に動き出す。 はい。すっちゃん。すっちゃんす。 まあ、まあ、一応ヘルメットかぶってね。見えるわけ。 見えるわけです。埃とか そうなんです。で、あとは自分の体を浮かんでかないようにこうシートベルトでね、がっちり止めてあるんだけど はい。はい。 体の中が浮くわけですから胃上がってくる感じとか、い、 血が頭の方に来る感じとかっていうのがすごいその一瞬で分かるんですよね。だから ぼっとなるんですか?一 ぼっとなりますね。はい。はい。あの、よくあの、え、アトラクションであの、フリーフォールってあるじゃないですか。これがこうバンと落ちる瞬間であれて胃が上がってくる感じしませ。 あの感じって上がる感じ。 の感じがずっと続いてる感じ。 ずっと続いてる。 ずっとはいはい。 あ、だからそれで気持ち悪くない人宇宙酔いって言うんですか? えっと、あ、いい質問なくてちょ、ちょっと違うんですけど、それはね、慣れちゃうんですよ。あの、胃が上がってくる感じは慣れちゃうんですけど。 あは、 宇宙良いって言ってるのはほとんどの場合だから、あの、大体宇宙に行って初日 2日目、3 日目ぐらいでこう、ま、気持ち悪くなっちゃう。 で、ま、人によってはこう、もう本当に寝込んじゃうとか、その食べたもの入っちゃうみたいなのがあるのでうちって言ってんですけど。 ほとんどの場合にはそのこう人間ってこう目の前の景色を見て無意識にどっちが上か下かって判断するじゃないですか。 で、あの、ま、言ってみればね、え、こう足がついてるのが下 で頭がある方が上っていうのをこう瞬時にこう考えてるわけですけど、で、宇宙に行くといろんな人がいろんな方向に向いてるわけでしょ。 で、あと自分がそうで、自分が天井と思ってても例えば 足元に窓があったりすると、あれ僕間違えてたかなみたいな感じに当然なりますよね。そのこう見た目の世界と頭の中で思っているこう位置関係がずれるとやっぱり気持ち悪いんですよ。時々あのあのアトラクションでびっくりハウスってあった 斜めのとこで歩くのってすごい気持ち悪くないです。 はい。あり あの感覚が酔いのう、あの自分の中の思っている方向と目の前の景色がずれた時の気持ち悪さじゃないかっていう。 それが大きい。 慣れてくるんですか?何日かいると。 えっと、慣れてきます。で、そうなってくると、あの、本当に目があの、見たものを真実ともう思い込むようになるんですよね。はい。あ、 あの、宇宙だとあ、天井あるイコルもそっち頭 天井ってこう考えられるような、 人間が合わせられるようになって、合わせられるようになってく。 へえ。そのそれがま、大体人によって、 え、3日とか1週間ぐらいって言われた。 その間にその見てみたかった地球が見えてることですよね。 あ、そうです。あ、また戻ると戻るってことですね。はい。で、 8分30秒で、 え、ほっりも含めて全部受き始めるとで、その時点で、あの、もうシートメール外していいわけですよ。 あ、そうなんだ。 で、外した瞬間にやっぱり窓に行ってやっぱり見たいわけです。 [音楽] 自分も浮いてるわけです。 自分も浮いてるわけです。 で、こうふわっと行って窓を見た時にまさに目の前に地球がバンとあると は その美しさもあるし青さもあるしだけども本当にその光の量に圧倒されるんですよね。 ていうのはあのそれまでに当然ながら僕たちも訓練とかあるいはこうま映画とかねそういうのも含めてうん 地球の姿いっぱい見てるわけですよ。あの美しい映像とその先輩飛が撮った写真とかねそういっぱい見てるんですけどうん。はい。 本物の地球の光の量にはもうどうしても叶わない。 は、 それでも自分から発行していないのに 太陽が当たってる。 鋭いです。太陽の光をそのまま反射してるので。 ですから、あの、こう地球の光っていうのはほぼほぼ太陽の光をそのまま見てるのに近いぐらいのあの明さがあるんですよ。 へえ。 それは水があるからですか?海のおかげですか? あ、そうですね。それもあると思います。で、同じように実はこれも全く気づいてないんですけど、あの、満月、 夜見るあの満月綺麗ですよね。 でも夜暗いからなんかポっと引っかってる感じで、 でもあれってあの特にあのカメラマンの方に聞くとよく分かりますけどもこう防遠で月だけをぐっとクローズアップしてその露出 を測ると昼間の写真と同じ露出なんですよ。だからもうマッ昼間にビーチで撮る写真と同じセッティングにしないと月の満月の時の写真はよく撮れない。つまりそれくらい輝いてるんですよね。 へえ。 で、太陽から見た時の地球と月はほぼほぼ同じ距離なので。はい。 だから月はちっちゃいからね。だ、夜空の中ではちっちゃいから我々全然その明るさんに気がついてないけれども、こうカメラでぐっと防遠で大きくしてあげると、満月の世界の明るさは昼間の湘南海岸のビーチの明るさと一緒なんですよ。 へえ。 あ、そんな明るいんだ。 で、それだけのきりを地球もどこも反射していると。 ま、海はもちろんそうだし 野口さんのじゃ初めて肉眼で見た地球の印象は本当にまさに眩しいと 眩しいですね。眩しい。 昔ガりでしたっけ地球青かった。 まさにあの言葉も合うみたいな感じですか? あ、そうです。青いのはもう明確にあります。 へえ。そ、最初の重校じゃないですか? 恐怖っていうのは良かったんですか? そうです。そうですね。 あの、恐怖、あの、もちろんないわけじゃないですけど、ただ僕の場合には、ま、 2005年の初飛行の前に 2003 年にそのコロンビア語事故、爆発事故があって斜めこう、ま、亡くなってるわけですね。 ですから、あの、え、子供の頃からの夢とはいえ実際にその職場の仲間っていうか、宇宙市学校の広方政治時代の同期も 3人なくなってんですけどうん。はい。 だからあのこの仕事は死ぬ可能性があるとで、もっと辛いのはうん。 はい。 遺族を見てるので、 あの、こう自分の子供と同級生の子とかもやっぱいたので、 だからその遺族を見た時にやっぱり、あ、自分の子供たちがこうなるっていうのはすごい濃子供があの、泣いてやめてくれって言ってたらやめてると思います。その時点で。 うん。 使命感ですよね。うちの人類のためのという。そうですね。 [音楽] で、あとは、ま、やっぱり自分でそこまで、ま、 9 年間待ってたっていうのもありますけど、 え、ここまで来たらやっぱ自分の力をその本番で試したいっていうのはすごいありましたね。 なんか2009年のその2 回目の宇宙飛行で ISS に半年間滞在されて地球への期間後に大きな苦しみを抱えることになったのお聞きしてるんですけど、これは そうですね。これはですね、あの、その頃のあの日本人の宇宙記録をほぼ全部クリアしちゃったわけですよね。 うん。 回数もそのう滞数も外活動の時間も あの扱ったロボットアームの数とかも全部僕が日本一になっちゃってこの後どうするかなと。 はい。 で、その子非常にこうそうですね、達成感があったけども、じゃあこの後何をしていいかってのがわかんなくて [音楽] うん。うん。 で、日本には戻ってきて、弱さに戻ってきて、ま、あの、こうデスクワークに着くわけですけど、宇宙飛行越しとしてのその、こうやりたいことっていうのがこうちょっと直結しない感じ。 あ、 で、そうなるとこう自分がやってきたことって何だったんだろうなとか、じゃ、この後、ま、まだ宇宙には行きたいけど具体的に何していいかわかんないっていう。うん。うん。 そういう感覚がすごいありましたね。 なんか曲みたいです。 あ、そうですか。 曲放送局のアナウンサーも現役時代仕事するんですけど、ある時からやっぱ偉くなってて管理職になっちゃったりすると現場に行かれなくてあれアナウンサーやりたいのになみたいな悩んでらっしゃる先輩たくさんいました。ちょっと次元が違いますけど。 現場で働けないっていう悩みてことでしょ?現場が好きだったのにてにいる ね。 例えばそのうのニュース番組のキャスターになりたいとかあるいはオリンピックの中継をやりたいとか色々こう夢がある中でそれをクリアした後にあの必ずあの落ち込みが襲ってくると思うわけですよ。まさにアナウンサーも宇宙飛士もオリンピック選手もあるいは丁年対職したサラリーマンも全く同じだと 同じ状況にこえそまだ 3回目聞かされてないわけです。 そうなんですよ。 決まってなかったのと、あと自分の中でも何を目標にするかっていうのが こう絞りきれなかったっていうのが大きいと思うんですよね。 うん。 でもそれでも3 回目のお派が来るわけですよね。やっぱりその野口さんの力というか技術を信頼 ね。ちょっとくれくれってことでしょ。だって ありがとうございそうですね。ですからあの最終的にはあの前回のね放送でも話したあのあの民間企業のスペース Xが はい。 あの、初めてあの友人宇宙船を作って、で、それにナサの飛行士と一緒に飛ぶとで、その第 1 回目の往復に、ま、割り当ててもらって、 だからそういう意味ではすごい待った会がある。 あの、こう、第1 回目のその、こう、え、宇宙ステーションに行って帰るっていうので、あの、すごく、え、幸運だったんですけど、やっぱりそれを見つけるまでが辛かったですね。 ですから自分のするんですか? えっと、自分で、ま、あの、働きかける分ありますけども、やはり最終的にはその子ナサとジャクサで相談しながら 誰を当てるかっていうので決めるので、ま、あの、本当に割り当ててもらってラッキーだなと思いますね。 そしてここからは野口総一さんに関わりの深いテーマについても攻めっていきたいと思います。 はい。 今回のテーマは宇宙色です。 おお。 竹山さん、宇宙食ってどんなイメージがありますか? いや、なんか今宇宙ショップみたいなところでなんか乾燥のしたものとか色々売ってたりするんだけど実際はねどうなんだろうと。美味しいのかな、どうなんだ、どんなのが食べられんだろうとか飽きないのかなとか色ありますよ。 私もケネディ宇宙センターのお土産で宇宙食べたことあるけど、あれが本当なのかってのちょっとね、あれ観光なのか本物なのか。 そうなんですよ。野口さん宇宙色に必要な条件っていうのはそもそもどういうものがあるんでしょうか? はい。 あの、宇宙食っていうのは、ま、宇宙空間に持っていって、宇宙ステーション、宇宙線に持ってって食べれるものということですよね。ですから、え、まずは質音で長期間保存できる、 重くない、重ばらないで、他の人でも良くならない。 うん。 へえ。そういう条件があるんですね。で、そんな宇宙色の歴史ですけども、 1960 年代に友人での宇宙飛行が始まってから様々な工夫がされてきたそうです。 例えば1961 年人類初の宇宙飛行士となったガーリンは宇宙線の中でアルミニウムのチューブに入った牛肉と肝臓のペーストを食べていたそうです。 へえ。 初期の宇宙食は練り歯磨きのチューブに似た容器の先にストロー上のパイプをつけたものを使用してクリーム上リー上の食べ物を摂取していたそうですがこれはあまり評満が良くなかったそうなんですね。 で、その後部式の食事はなくなりまして、 1969 年頃からはお湯も使えるようになり、食品を水で戻してスプーンで食事ができるようになってメニューも増えたそうなんです。 そして1981 年頃からはより地上の食事に近いものとなってレトルト食品、フリーズドライ食品、新鮮な果物や野菜などメニューもかなり豊富になったということなんですね。 で、野口さん2005 年に初めて宇宙へ行った際にラーメンを食べられてましたけどもう うん。 これは野口さんが初めてだったんですか? はい。そのままあのカップヌードルっていうかラーメっちゃうと汁が周りに飛び散っちゃうわけですよ。結構そうなんですよ。で、それはどうしたかって言うと、あのスープのあのこう粘り気粘土をすごい高めてもらって、 こう麺にすごい絡みつく感じ。 へ、 そうするとしかもあと麺をですね、あの一口サイズにこうちっちゃくしてもらったんですよ。 そうするとお箸でそれをつまむと ちっちゃなその水のボールみたいになって あのスープが麺に完全に絡みついて なおかつ一口で食べれるので うん。 口の中に入って口の中でカップヌードルが再現されるっていう。は え、でもちょっとスライムみたいにちょっとなります。その通りです。だからぶよぶよしてるんですけど。 ぶよぶよの中に麺が入ってます。 麺とあの具が入ってるとでその状態で口に入れると口の中でラーメンの味が再現されるっていう。 [音楽] はい。 味はいつも地上で食べるあのカップヌードルでした。 ほぼほぼその味にえ、 すごい一緒に開発したってことですか? そうです。何回もやってすごい。 [音楽] そういうことからね。宇宙色もこうまたさらにこう進化していくわけですもんね。そういうからね。 そうですね。 はあ。本当に素敵なお話の数々。ありがとうございました。野信口内さん。 これから宇宙を目指す人たちに対してどのようなお言葉をかけていう うん。そうですね。あの、こう宇宙に限らずそれぞれあの若い人たちそれぞれの夢があると思うのでまずはそのうつってあのすごいコストかかんないじゃないですか。自分の中でこうその夢を育てとけばいいので、あの若い人って夢がないとか持ち方が分かりませんとか何を目標にしていいかわかんないですって方結構多いんですけど、だからこれはあの受験勉強と違って正解はないわけです。 うん。 それれがあの持ってるものが未来像が、ま、いわゆる夢になってくるわけで だそれをこう大事にしていけばいい。つまり大きすぎる目標は自分が手に終える範囲にちっちゃくして なおかつ全体像を逃さずに 1 歩ずつ進んでいく。 うん。着実にってことですね。一歩一歩でいいんだってことですよね。 そうですね。 さて、これまでの人生で誰もやったことのない挑戦をしてこられた野口んに最後にこんな質問をさせていただきたいと思います。人生 100 周年を迎えたその時、あなたは何をやりたいですか? はい。あの、もう僕は 100歳が結構近くなってきてるので、 もう60なので、 あの、だからついもうちょっと先の夢になるんですけど、あの、月、 月に行く。 うん。 で、月に行って僕はあの、露天ブ呂を掘るんです。 ええ。 で、そこにあの月はあの地球と同じよう重力ね、 1/6 ですけど、重力があるので、あの宇宙ステーション水全部浮いちゃうんですけど、月は水がちゃんと溜まるので、 そこにこうドボっとお湯を入れて、 月面露天ブ呂でそっから地球を見ながら 1杯っていうのは僕の100歳の100 歳の誕生日の計画でご いろんな装置をつけなきゃいけないですよね。でも、 ま、そんなことはいいんです。 あの月面に天ブを掘って 月面から地球を見る。 地球を見ていっぱいていう月ブロって言いますけど逆です。地球 [音楽] 地球。 地球ブ 地球三酒 地球。 あ、全く不可能じゃないかもしれないですからね。 何か建物があって透明なね。見 だんだんだ具体的になりました。その通り。その通りでございます。さんならやってそうです。 いや、もう色々できるかもしんない。 さあ、田村静書プレゼンツ 100 年ラジオ紹介。この後は田村静書の歴史も掘り起こしていきましょう。 はい。 人に歴史あり、物に歴史あり、会社に歴史あり、 2024年5月11日に創業100 周年を迎えた田村政策書。その歴史は未来への挑戦の連続でした。今につがる田村政策書の挑戦の奇跡を紹介していきたいと思います。 第4回となる今回は時計の針を1961年 に巻き戻してみましょう。 あなたの声が聞こえた。 1961年2年前に行われた交代子電下と み子非電下のご成痕パレードなどを気に テレビが爆発的に全国へ普及し始めていた この年。それまでも放送用の低州派 トランスを日本放送協会に納入し、放送業 界と深い繋がりのあった田村政作書ですが 、1960年代に入ると単なる部品の供給 だけではなく、放送用音声機の組み立て品 の開発製造への参入という新たなる一歩を 踏み出しました。 ちなみに1948年に日本放送協会が放送 技術BTS制度を発足させた際には田村 政策は具体的な企画制定にあたって技術 委員会に参しの検討及び制定にも協力して いました。 そして1961年いよいよお茶間のテレビ から田村書の危機を通した声が聞こえる ことになります。 BTS企画に準去した最初の放送局用音声 調整装置の開発に成功したのです。 この音声調整装置の開発はちょうど新空間 時代からトランジスタ時代への移行機に あたり新規開発したトランジスタ式音声 増幅機はトランジスタ回路に適合した各種 トランスの開発や箱型鉄板に直接 コネクターを取り付ける方式を採用した ことなどにより低雑音低歪み率でかつ大幅 な軽量化を実現したものでした。 以降も国内初のトータルモジュール方式の 音声調整卓の開発トータルモジュールを 標準化したB型の開発など田村政作署は とまることなくその歩みを続け今では放送 用音声機器の国内書やナンバーワンを誇る までになりました。 変化を恐れずに新たな一歩を踏み出すこと 。さらに踏み出したその足を止めずに前に 向かって歩み続けること。それこそが トップランナーであるための条件であると いうことを田村政策所の歴史が証明して くれています。 そして田村政の未来への挑戦はまだまだ 続きます。次回をお楽しみに。 そろそろエンディングのお時間です。今週 も野口さんから皆さんにお知らせがあり ます。はい、ありがとうございます。府の 者より宇宙飛行士野口総一の着陸哲学に 学ぶ50歳から始める定年前退職。絶賛 発売中です。私が定年前にジャクサーを 退職して自らの未来を切り開いた理由と その舞台裏を後悔。モチベーションの低下 収入の不安アイデンティティの喪失丁年を 迎える50代が直面する30の悩みを解決 するための生き方を提案しています。50 歳から始める丁年前退職。是非初店でお求めください。 よろしくお願いいたします。 2 周にわって野口創一さんと共にお送りしてまいりました。竹山さんいかがでしたか? そうですね、やっぱ宇宙飛行士というお仕事はもう今僕らにもう直結するわけじゃないんですけど、その野口さんが宇宙に行くまで経験したこととか宇宙に行って経験したことなんかを話し聞くとこれは地球にいる今の僕とかの人生にもこう役立つことがいっぱいあるなとかこういうのを心かけてやった。 がいいなってことが いっぱいなんか自分に当てはまるなと思いましたね。 そうですよね。あとやっぱ聞きたかったのは宇宙人っているんですかですよね。 あ、そうだ。 でもこれとしても答えらんないんじゃないかって思って聞けなかった。 僕さん見たことあるんですか? 宇宙人はですね。あ、じゃあこうパッと言っちゃいますけど、あの宇宙はすごく広いので、この広い宇宙のどっかに僕たちみたいな知的な生命隊は絶対いると思います。 だけども宇宙はやっぱり同じように広いので残念ながら我々は合わないだろうと。 今いる銀河系の中だ見てもまあ 2000 億があるって言われてるしで我々のいる場所って結構中心から離れてるんです。 うん。端っですよね。 端っこなんですよ。ですから多分あのこう高度な文明をあってもお互いに会うってことはないんじゃないの。だからどっかの駅前で UFO がみたいなのは僕は絶対信じないですけどね。 あ、 はい。全く信じないけどこの宇宙にあの宇宙人いますかって言われたらそれは絶対いると思います。 すごい いうことですね。 よろしくお願いします。 誰によろしくって言って ということで100 年ラジオ紹介今回のゲストは宇宙飛師の野口早一さんでした。さんありがとうございまし。 ありがとうございました。楽しかったです。 それではまた来週お耳にかかりましょう。さよなら。