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[音楽] 皆さんこんにちは大津教ですえ津田正し さんを迎えてのイズ書店え言語教育動画 シリーズ今回も津田さんから色々とお話を 伺うかと思いますえ前回あの後半の部分で え特にあの高等学校の国語教育で話題に なっているえ論理国語文学国語っていう ようなものがあってそのお話がありその 繋がりでえ文学英語っていうのはえ高級 論理国語っていう風に位置づけても良いの ではないかつまり連続したものであると 考えてもいいのではないかって なお話があったかと思うんですけどその辺りからちょっと話を続けていただきますでしょうか はいえっとまあのえっと私あの元々文学が出身ですのでであの英語教育しやるとま教育系のね教員の人たちが送って うん で大体その英語学はまだいいんだけど英文学は大体この人たちが非常に英語教育をダめにしてるっていう議論って結構聞いたんですね で私はそのたびに何しょう?英文化出身ですからなんかえそうなのっていうなんでそんなに攻められなきゃいけないんだろうってずっと思っていてうん でちょうどその頃私がその教育を始めた頃に読んだ文章があるんですこれがあのえっと寄藤小一先生っていう人の英語の学習環境の条件っていうこれこれなんですけども環境宣言を立てという文章ですね でこれま要するに教員要請であの英文学の人と英語学の人たちはあの英語を使うっていうことについてのプロではないしそういうことにも興味がないのでこの人たちをとにかく教員要請外せって話なんです [音楽] うんであの それ何年ぐらいえっと1981 年だか2年ぐらいだったと思いますで はい あのでこれま結果的にはあの多分今の教員要請であのいわゆる教員要請の資格っていうんですか?あれ変わって あの英語学とか文学よりもやっぱ教育系の方が重視されるようになってるはずだし結果的にこの 40 年ぐらい前に藤さんが言ったことっていうのは実現されつあるというか実現されたと言った方がいいと思うんですね でそれで一体良くなったのかどうかってのはちょっとわからない ま例えば私あの音声学とか英語とかあいうのって特に日本人教師にとっては絶対必要なものでうん だから私研究者にいた時に後輩にも英語と音声学の本はいっぱい作りましょうねっていう風に言ったし [音楽] あのそれこそ大ナ先生に綴りのねああいうフォニックス関係のまフォニックスと綴り一知時の話っていうのも書いてもら書いていただいたのもそういうことなんですけどうん ただそこの中で藤先生もう 1 つ言ってることであのその文学の人たちはフィクションというエソラ事を扱っていて事実を扱っていない うん みたいなことが書いてあるんですねな何という暴論なんだろうとっていうのがねこれは本当ちょっと考えれば分かるんだけどうん 文学って別にそのま死だったらまエラごとかもしれないけどエスラごみたいなもあるけど うん知って元々例えばあのえっと 17 世紀とかにあのペストが流行るんですねロンドンでその時にそのえ脅威の年って作品があるんですけどもあのデッカと人は書いた死で書いてあるんですよねそのペストで起こったあのいろんな人が死にってそれ死で書いてくわけです [音楽] うん それからロビンソンクを人はジャーナリストでもあって事実で あのデフォのあの作品ってあのお話ってことになってるけどあれフィクションじゃなくてこれ実ですよって言って出版されてるんですよねあのガリバ旅行のみんなそうなんですよ うんうん つまり人間にとっての実話っていうフィクションとノーフィクションってとってもなんか本当にこうあの非常に薄い被膜であってそれ非常にこう簡単にそれから例えば自電とか電あの例えば歴史学とかで文学って言われてもだからそれノンフェクションなんであんて いな区別なんができないうん うん だからもうちょっとそのま実用的な文章例えば契約書であるとか あるいはま新聞とかっていうこともあるけどももうちょっと人差し並みにそのテキストっていうのというか英語っていうもの見なきゃいけないじゃないかっていうことをずっと考えるようになって ま実際それでそのま斎藤趣さんに文学テキストの教科書を作ってもらった時にわざと小説あ事電として書かれてるんだけど明らかに小 [音楽] して読めちゃうピースを入れるとかうん それからあの歌とかそういろんなタイプの つ文みたいなもの入ってるとかなんかそういうようなのいろんなタイプのテキストを混ぜるみたいなことをやったこともあるんですけども なんかそういうようなあの教育っていうのも 別に文学だけが特権的に正しいなんて全然思わないんですけど いろんなタイプの文章を読むう うん あれそういうものに触れさせるっていうことはとっても大事だっていう風にやっぱ思うんですね うんうんうん であのまその学習指導をあのまあのこの件に関して作った人がえどう思うかわかんないけれどもともかく論理国のえま例えば教科書に文学作品を乗っけちゃいかんというようなことがまご年やに支やかれていてえところがある出版社がそれを乗けたでそしたらそれが売れてというような話がありましたね であの辺りっていうのはあの今津田さんがおっしゃろうとしてることとあの直接関係があってつまりあの論理とそれから文学っていうその区自体がねあのそもそもあのしっかりした区になってないんですよねでまそれはさっきご紹介あの前回ですかご紹介いただいて安倍さんのえっと文章はえ形から読むですか?この本ですよね でここにもあの書かれてることでその 辺りってとても重要なことだと思うんです けどあともう1つねえっとえその論理国 文学国語って言った時にその分け方と関係 するとあのなんとなく感じてんのがあの例 のカミンズのビックスとカルやつですよね あの完全には一致し狙ってるところが一致 するとは思わないんだけどなんかそこん ところあのと繋がりがあるようでだから その論理国語って言った時はま実用的な ものでえしかもなんていうかあの素材も 比較的な表現を使ってるものが多いように 感じるんですけどそそそれどうでしょうね うんうんうん まあだから要するにこうなんか質的な問題っていうような議論をしてるんだけど実質的にはレベルの差みたいななっちゃってるってそれから今そのレベルの問題っていうかそのことなんですけど特にま英語っていうことに関して言うとうんうん うん つづく前から思ってんですけど今ほら弾大薬入手の話ってしてますよね 大学入試の問題とそれから一般的な英語力 ま一般的な英語力って何を指すのか分から ないけどもっていうのは一致するものなの かどうなのかっていうことなんですよ で私前から思ってんですけど例えば大学もまいろんな大学あありますから 1 枚はでないので一言では言えないから大学にて変えればいいんだと思うんですけど大学って基本的にあのいわゆる初期限をベースにした活動が行われてる場所なんですよねだから重要視されるのはどう考えてもリーとライティングなんだと思うんですもちろんそれを発表して英語で発表あのスピッチで発表しなきゃいけない とかいうことはあるんだけどそれはだからま例えば学習指導は 4技能なって言うかもしれないけど大学で 1番必要なのって多分今だって多分その 2 つだと思うんですよねおそらくだ大学にもよると思います それから分野に 分野にもよるしそれからその 学生にもよるかもしれない ただなんかそういう大学での話となんで例えばあの例えばトイックで代替するとか見で代替体するって話になっちゃうのかなっていうようなこともごっちゃになってるし うん なんかうんそのでそこに起こってるのもなんて言うのかなんか質的な差っていうよりもだからなんかそうだいに言った方がいいんだなおそらくあの日本の教育って例え 例えば今え大学進学率って 50%とかうんぐらいとかね だからそれは例えば法先生の頃って多分弾薬進学率って 20% ぐらいだったと思うんですねでも全然だから質が変わってしまってるんですよ でその時におそらくいろんなあの教育系の 人たちがその大衆化時代の教育っていう ことを考えなきゃいけなくなった時にそこ の体それのだから英語が使える使えないっ ていう問題とはまた別のそのなんて言うの かなその日本の教育う をどうするか大衆化社会どう対応する かっていう問題とその英語とか国語教育 っていう問題が対応しててそこの関係が ねう あんまりちゃんと議論されてない感じが私はしていて うん でもずっとそれが低にあるんだって気がするんですね あで時代だけが流れていうことですよねうんうんであのまそのこと関係するんだろうと思うんだけど大学の先生のね質ってのもだいぶ変わってきましたよね であのまって言った時にそれもろんな見方があの視点があるかと思うんだけど え1 つはあのいわゆる実務化教員っていう人が増えてきてま実務教員もいろんな種類のものがあるから 10 分げってのは危険だと思うんですけどまそういう人たちが増えてきてるっていうことでで実際あの工房あえっと新規の共演の工房なんか見ててもやっぱり その英語学だとか英語文学だとかって純粋に英語そのものっていう人はあまりあの交語ってのはほとんどなくなっちゃってて 応用言語学とかまで言えば応用学英語教育っていうのはあるいは事実務経験がある人っていうようなあの募集のされ方をさえそういう世の中になってきてると思うんですけどその辺りは津田さんにとっては身がいがしいんですか?それとも しょうがないなって感じですか うんあの私そのますごく正直苦に苦しいっていう感じが近いんですけどただ 多分それだけでは議論はできなくって うんうん 私なんか最近あの神聖大学の誕生っていう本を うん 買ったんですよまず読んでない天野子さんが書いた本ですけど うん つまり旧世高校とか世中学が神聖大学になった時に うんうん あのそこで弾薬に格上げするわけですよねでその格明けした時に当然大学ってある程度アカデミズムの伝統っていうのを背負わなきゃいけないけど 実際には例えば世高校の英語の先生がその神聖大学の共養の英語の先生になってんでその人たちは論文なんてあんまり書いたことがないうんうん [音楽] でもいいとってもいい英語の先生だ ていうようなことがずっとあったと思うんですねうん で今起こってることってもしかするとその大学の枠っていうことじゃなくて一旦こうやって神聖大学ができてしまってうわーっと増やしてしまった時にやれ実に合ってないじゃないかとその生徒とか教師のうん で合ってないのでそれを例えば昔風に言うと例えば戦前だと市販学校があったりとか 専門学校法律系の専門学校があるとか だから いわゆるあの今ねえ大学とかなんとか 色々言ってますけどつまりそれをもうちょっと洗方じゃないけどなんかそういうもっと実用系の方にもう 1 回戻そうとしてる流れなのかなんてことちらっと思ったりするんですね なるほどなるほど だからあれはなんて言うんかな大衆教育社会っていうのを訪れてしまった時のなんか 1つのまうんでも いやだから昔に戻しますとは言えないからうんうんうん なんかしかしそういうような形であの実ま学校変えようとしてる動きなのかなっていう気もするんですね なるほどなるほどあああこまであれですねえ肯程的に行くわけですね 肯定的っていうかそれ社会つまりこれあの私ずっと作ったあの寺沢典さんって私あの非常に影響受けたにあの編集したの後半すごく影響受けたんですけどもう あ2冊本ははい で彼がよく言ってることはその色々政治的なこととあま教育政策なんかもなんかこうなんていうかな陰謀士みたいなのよあってあの これが悪いからこうなってるだけど実際はもうちょっと複雑ないろんな要因が絡み合って制度ってできているのでそこをもうちょっと制裁に見ましょうっていうことを多分寺沢さんはずっとおっしゃってるんだと思うんですけども それはだから例えばそのいわゆる実務化教員っていう問 についても多分いんなことを制裁に見ないとな んでそういうことは起こってるのかっていうことを考えないといけない うん 例えばあのこれあのいわゆる大学院大学ってのができた時にどんどんできたわけですよね あれってもちろんその例えばアメリカ型にしましょうとかっていう話あるんですけどもう 1つああなるほどなと思ったのは 1つは就職になった時代に そのつまり弾薬を卒業していきなり就職させてしまうとあの社会の方が受けられないわけですよ人数的に だから大学院っていうところでいいわゆる人材のプールみたいな作って それであのまって調整タンクみたいにしといてなるほど あの就職場の方がパンクしないようにしたんだっていう見方を書いてた人がいてあそれは確かにそういうことあるだろうなと思うんですよつまりこ作用に多分要因が絡み合って教育政策って決まってるので そこはもうちょっと私はもうちょっと知りたいしそういう観点のやつを色々知りたいたいていう感じはしますね うん 研究者道する時にポス読がありますよねあれも同じように考えるってことができるんでしょうかね はいうんかもしれないですね うんうん あ分かりましたえっとまたあの面白い話をたくさん聞かせていただいたんでえ [音楽] 15 分も経ってしまいましたえまた機会は改めて次のお話に行きたいと思いますどうもありがとうございました [音楽]