なぜ大崩海岸は崩れる?よく考えたらそのメカニズムは知らない、分からない!どこのサイトも説明しない!それを分かりやすく解説しました。ほか、三保半島のでき方のメカニズムなど3つの地理トピックとその他小粒雑学をわかりやすく解説!
〇なぜ崩れる?大崩(おおくずれ)海岸の「地質の弱点」を解説!
〇有度山(うどさん)・久能山(くのうざん)・日本平(にほんだいら)…美しい海岸線に隠された「大断層」
〇三保半島はなぜ「タツノオトシゴ形」?
などなど「ダイナミックな地形雑学!」をテーマに解説!
■■以下雑学、地理案内一覧
【道路地理】本日のスタート地点は?0:52
【国道】国道149号港国道!1:48
【港湾】清水港がハイテク港湾に進化していた!2:42
【地形】三保半島はなぜタツノオトシゴ形?地形のミステリー!5:59
【地形】有度山、久能山、日本平、海辺の山は大断層!?9:53
【いちご】静岡なのに石垣いちご?先人の知恵が生きる絶品!12:22
【地形】大崩海岸の謎。どうして崩れやすいのか分かった!13:18
【地形】大谷放水路と、有度山の大断層。意外な関係がある!16:12
【交通】あのクランク型陸橋、設計意図とは?17:30
【地形と歴史と交通】古地図で大崩海岸の変遷を見てみよう!19:47
【グルメ】駿河湾の海産物。桜えびだけではなかった!22:46
【交通】志太榛南バイパス、牧之原市区間はどうなる!?24:10
IIQ200, CC BY-SA 4.0 ウィキメディア・コモンズ経由で
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国道150号三保半島~大崩海岸(付近)編
【国道地形3選】大崩の真相、ほか2トピック はい、ドラレコ風景を次々に雑学解説する動画、今回は国道150号、静岡市から焼津市(やいづし)までです。 今回は「国道地形」を見ながら走っていきます。 〇なぜ崩れる?大崩(おおくずれ)海岸の「地質の弱点」を解説! 〇有度山(うどさん)・久能山(くのうざん)・日本平(にほんだいら)…美しい海岸線に隠された「大断層」 〇三保半島はなぜ「タツノオトシゴ形」? などなど、実は駿河湾沿岸は異様な地形の宝庫です。 今回も地理調査に徹底的に時間を割いて、丁寧に仕上げました。 今回も脚本詳しめ、音声はなつきでお送りいたします。 ではでは、国道150号地形編へGO! はい、今回は静岡市の清水区の中心部、清水駅前交差点からスタートしました。 ところでそもそも、静岡市ってどこら辺? 調べてみると伊豆半島を除いた駿河湾沿岸のちょうど中央付近になるんです。 そして、今まさに走っている清水港付近。 湾が不思議な形をしています。 外海と港を区切るあの半島は、まるでタツノオトシゴみたい。 今回はそんな、タツノオトシゴみたいな… 渦を巻いているみたいな三保松原(みほのまつばら)… 三保(みほ)半島から、きれいな弧を描く久能(くのう)海岸を通って、 有名な大崩海岸に沿う国道150号を走ります。 そして、そのなぞの「渦巻海岸」「弓型海岸」「大崩海岸」地形の謎を解き明かしていきます。 そして、まずは国道150号…ではなく、その手前の国道149号からスタートしています。 国道とは、「県庁所在地や重要な都市間を結ぶ道路」という定義のほか 「国際的な港や空港、観光地を結ぶ道路」という定義もあります。 その中でも、国道149号は「港国道(みなとこくどう)」等と呼ばれるタイプです。 その「港国道」は比較的短いものが多いんです。 この国道149号もその例にもれず、清水区中心部から清水港を結ぶのみという、 非常にコンパクトな国道となっています。 その国道から、すぐに国道150号へ入っていきます! お、何でしょう…? でっかい施設が… エス・プルス…あっ、清水エスパルスの本拠!? スポーツに非常に疎い私でも知っています! 清水エスパルス。 そのプラザ、複合商業施設なんだそうです。 ちなみに、清水エスパルスのホームグラウンドは、この先… というか対岸の「タツノオトシゴ半島」の頭の部分、三保の真崎(まさき)付近にあります。 そして、羽衣橋(はごろもばし)を渡ると、いよいよ国道150号がスタートします。 周辺は工業地帯、そしてすぐそばが清水港です。 実は近年、日本の「世界水準ハブ港」の整備で遅れが目立ってきているそうです。 スピードが遅い、コストが高い、そして港湾の水深が浅い、んだそうです。 その原因が、港湾業務の細分化。 細分化した各業務を、別会社が行うという非効率での高コスト化。 さらにはそれに伴うスピードダウンも発生するんだそうで…。 例えば日本には、輸出入の船会社、通関業者、倉庫業、物流業者など、 すべて別の会社を通さないと商品が流通できないんです。 しかしアメリカやヨーロッパなどでは、それらを一括してやってくれる国際物流企業が多数存在するんですね~。 「FedEx(フェデックス)」等は日本でも有名だと思います。 その一社に任せることでスムースな貿易ができるんですね。 そんな中、清水港では「ITでの効率化」により時間短縮とコスト削減に成功しているようです。 これは、横浜港や名古屋港と比べても、かなりの強みになります。 さらに近年、中部横断自動車道が甲府まで開通し、内陸とのアクセスも向上! さらにさらに、清水港には「駿河トラフ」と言われる海溝が海岸付近まであるため、大型貨物船の接岸もしやすい立地! もしや、清水港、「国際拠点港湾」から「国際戦略港湾」へ昇格する日が近いのでは!? とおもいきや、接岸できる港湾の水深は15mと、国内では深い部類に入るのですが、 国際基準を見てみるとそこまででもなく、超大型の貨物船は接岸できないとのこと。 18m~20mはほしい。 そして、東京・大阪・名古屋といった巨大都市圏から少し距離があることもあり、 国際戦略港湾としての選定には、ややハードルが高い面もあるようです。 それでも、清水港のIT化による効率化や低コストのノウハウは、戦略港湾にも生かせるはずです。 スケールはコンパクトな清水港、ですがその実力は侮れません! 静かに、でも確かに、未来への力を秘めているようです。 駒越東町(こまごえ ひがしちょう)を左折すると、三保半島です。 三保の松原が有名ですね~ この松、推定樹齢が200~300(に、さんびゃく)年とも推定されるものもあり、 さらに古くは平安時代ごろの文献からも松の存在が確認されているんだそうです。 そして、古くから周辺住民たちの防砂林として、育てられてきた一面もあります。 さて、ここで問題です! この三保半島、どうやってできたのでしょうか? う~ん、想像するに、久能(くのう)海岸が波に削られて、その砂が沿岸流に乗って、 少しずつたまってできたんじゃないかな? ぶぶー!
不正解~! そう、砂州があの長細い、ラグーンと言われる潟湖(せきこ)を形成するのはよく知られています。 天橋立などが有名です。 その手前の状態、まだ完全に湾をふさぎ切っていない状態を「砂嘴(さし)」というのですが… 三保半島はその「砂嘴」でできた地形なのは確かだと推定されています。 つまり、「砂が流れてきてあそこに溜まった」っていうのは正しいのですが… ポイントは、その砂がどこから来たのか? そう、久能海岸が削られたのではなく… じつは、安倍川から運ばれてきた砂がほとんどだと考えられているんです! あ、思い出しました! 日本三大砂丘の一つ、浜松の「中田島砂丘(なかたじまさきゅう)」も天竜川からの砂でできているって、以前調べました! ちなみに、あの松林が美しい三保半島、もともとは「三保嶋(みほじま)」という島だったそうです。 それが、戦国時代ごろに砂でつながって、今の半島になったと記録からわかるんだそうです。 ということは…? 完全な砂嘴ではなく、「もともと島だったところに砂がくっついて砂嘴になった」って感じなんですね。 さらにさらに! 砂を運んだのは「沿岸流」ではありません。 実は、「浜に打ち寄せる波」が、何百年ものあいだコツコツと砂を北東方向に運び続けたんだそうです! 「え、でもこのへんの沿岸流って?」 はい、実はこの地域の沿岸流、北東から南西へ流れたり、 南西から東北へ流れたり、沖から岸へ流れたりと、一定ではないらしいんです。 沿岸流というより、長い長~い年月での波の働きだったと最近では考えられているんですね~ へぇ~、自然ってすごいですね~ あ、海が見えます! きれいですね~! そして正面の山、有度山(うどさん)といいます。 その山の頂上付近、平坦な丘の部分が『日本平(にほんだいら)』と呼ばれ、 さらに南側、崖山のあたりが『久能山(くのうざん)』といわれます。 そう、久能山東照宮、家康の遺言によって、彼の遺骸(なきがら)が最初に安置されたとされる場所として有名です。 「え? 日光東照宮は?」 こちらも家康の遺言で「勧請(かんじょう)」するように言われた神社です。 「久能山に安置され、日光山へ分霊されている」という説もあるんですよ~ 家康にとって特別な場所だったんですね。 そんな有度山ですが、地形図で見ると、ちょっと不思議な形をしています。 有度山、半円のような丘になっていて、特に海岸線のあたりがスパーッと一直線に切り取られているように見えるんですね。 これ、気になりませんか?なんでこんな形になったんでしょう? この直線的な地形、いろいろ調べてみたんですが… 残念ながら、ネット上では決定的な情報にはたどりつけませんでした。 でも!一つ、興味深い説に行き当たりました。 それは、「この地形は断層によるものではないか」という説。 実は有度山の北側数キロ部分に、有度山を囲むように活断層が存在すると考えられていて、 その影響で内陸側が沈み、その反動で海岸側がグッと隆起したというんです。 それが、長い年月の浸食によって、内陸側は滑らかな平野になったそうなんです。 ここからは少し想像を交えての話になりますが… もしかすると、昔はもっと内陸側まで海だったのかもしれません。 縄文海進というものもあり、その時期に海食崖(かいしょくがい)となったのかもしれません。 そして海水が引くと、そこに安倍川から大量の砂が運ばれてきて、まず有度山の西側に平野をつくり、 そして有度山を回り込んで、三保半島まで砂が堆積した。 そんな壮大な地形のドラマが、この場所に刻まれているのかもしれませんね~! 久能山(くのうざん)下です。 こちらを右へ登っていくと久能山東照宮の表参道があり、急な山を登っていくと久能山東照宮本殿です。 そして久能山の先に谷があり、そこをロープウェーで渡っていくと、日本平という有度山の丘があります。 日本平(にほんだいら)とは、日本武尊(やまとたける)が由来とされている丘です。 徳川家康にヤマトタケル。 二大有名人が揃っている山なんですね~ それにしても、右側、妙にビニールハウスが多くないですか? 実はこれ、ほとんどがいちご狩り農園なんです。 しかも、ここはちょっと特別。「石垣いちご」の産地なんですね~ 名前の通り、いちごを石垣に植えるという栽培方法なんです。 新しく静岡県が町おこしなどで考えたのかと思いきや… なんと明治時代から続く栽培方法。 いちごは冬場に育ちますが、石垣に植えるとさらにすくすく成長するんだそうです。 その秘密が、「石垣が昼間に太陽熱を蓄える」こと。 温暖な地域ということも手伝って… ハウスがなかった明治時代でも、それでほかの産地よりすくすく育ったんだとか。 自然と知恵の融合ですね! 正面にずーっと続く山々が見えますね~ あそこが有名な「大崩海岸(おおくずれかいがん)」! 崖と海がせめぎ合う景勝地です。 実はあそこ、ただの絶景ポイントじゃありません。 近年もトンネル付近で斜面の崩落があり、旧道は通行止め。 自然と土木のガチンコ勝負が、今も続いている場所なんです。 では、この有名な大崩海岸の崖、いったいどうやってできたのでしょう? 実はこの崖、「玄武岩の付加体(ふかたい)」と呼ばれる地質。 昔むかし、太平洋の海底で火山が噴火し、その溶岩が海底で冷えて固まりました。 そしてその溶岩の長~い旅が始まります。 太平洋プレートに乗っかって、日本列島がのっかっているユーラシアプレートに、海底の泥と一緒にはぎ取られるんです。 このはぎ取られてユーラシアプレートの端っこにくっついている地層が、「付加体」なんです。 そして、海底の泥・付加体の上に乗っかったまま溶岩の塊が押し出され、 地上へ「ぐにょっ」と姿を現したのが大崩海岸の崖山なんですね~ つまり、この大崩海岸は、かつて海の底だったんですね! ですが、付加体の一部とはいえ元は溶岩です。 だったら、地盤はすごく頑丈なはずでは?と思いますよね? 群馬県で奇怪な山を見た時、調べたんです。 それは溶岩性の山で、硬いがゆえに浸食が遅く、変な形になっていました。
そう、溶岩は固い! しかし実は、そう単純でもないんです。 地質調査を進めていくと、硬い溶岩の地盤の下に「柔らかい地層」があることがわかりました。 なるほど、海底の泥も一緒にぐにょっと持ち上がってるんだから当然ですか! この柔らかい部分が、波にじわじわと削られていくことで、 上にのっかっていた硬い岩も支えを失い、一気に崩れ落ちる… という仕組みだと考えられているんですね。 だから、ここには“山”ではなく、“崖”ができる。 硬い岩が限界まで踏ん張って、限界を超えた時ドカンと崩れるからこそ、 こんなに切り立った地形になるんですね。 下から削られることで、頑丈なはずの元溶岩すら崩れ落ちてしまうという…まさに自然のパワー、恐るべし! なるほど、だからこんな“断崖絶壁”が生まれたって推定されるんですね! 大谷放水路です。 先ほどの有度山(うどさん)の話ですね! 断層があって、有度山が隆起し、反動で有度山の北側が沈降したお話。 それが、この大谷放水路と関係してきます。 沈降した有度山の北側、巴川低地(ともえがわていち)と呼ばれ、 静岡平野の中で一番標高が低く、お盆の底のような形になっているんです。 そう、じつはここ、70年代の「七夕豪雨」で、堤防が決壊したわけではないのに、 あふれ出た水が街に流れ込む「内水氾濫(ないすいはんらん)」が発生し、大きな被害が出ました。 この災害をきっかけに、浸水対策として整備されたのが、この大谷放水路なんですね。 お盆に溜まる水を排出する「放水路」が必須だったんですね! おっと、これは右車線から行かないといけない? ちょっと譲ってもらって…後ろのドライバーありがとうございます! おお、高架ですね… おおお~、あれ、ここって静岡市の中心部に近い市街地… なのに、山岳地帯にある高規格道路っぽい造りです! 中島高架橋です! おお~、今のカーブ、ちょっとクランクっぽかったですね! カーブがとにかく緩やかで、スピードを落とさず走れるように設計されています。 「線形がいい」ってこういうことだったんですね~ 実はここ、2017年に完成するまでは、渋滞の名所とも言えるような場所だったんだそうです。 正確に言うと、ひとつ手前の大浜橋の交差点から右折して、幅の狭い道を左折。 しかもそのたびに信号…という、いわば「クランク地獄」 そのせいで、かなりの渋滞が発生していた…。 その渋滞がほぼなくなったんだそうです。 さすがの線形重視高架ですね! 静岡の中心付近の通りですね~ 反対車線の車の量がすごいです。 むしろ、中島高架橋より、こちらの広い通りのほうが混み合っているような… こちらは単純に信号が多いってことかな? ですが、この交通量が、中島高架橋下のクランクへ殺到していたわけですね。 これは中島高架橋がなければ、確かに混みそうです! 広野の交差点を左で、大崩海岸方面へ行けます。 そして、こちらが2004年に国道に昇格した新道です。 以前は、国道1号、安倍川の西詰から広野交差点で現国道150号と交差し、 大崩海岸へ向かうルートが旧国道だったそうです。 古地図が残っていたので、ちらっと見てみましょう。 これが明治28年。 大崩海岸沿いに「静濱(しずはま)街道」という名前が入っていて、 道幅も「達路」と言われる広めの通りになっているようです。 それが昭和5年の地図では… 点線、徒歩道っぽい雰囲気になっています。 明治時代に崩れたという情報もありますね~ そして時代は飛んで、昭和51年。 高速道路のトンネルは開通していますが、現在の国道150号の道筋はまさに建設中ですね! 平成18年には、今とほとんど変わらないルートが出来上がっています。 現在はこの「浜当目トンネル」が通行止めなんですね… 残されていた崖に沿う廃道も、一気に崩れてしまったそうです。 見ておきたかったですね~… ちなみにこの海に突き出た道、崖に道を作るのは断念され、仕方なく海上に橋を渡したんだそうです。 昭和47年竣工した橋だそうです。 新日本坂トンネル。 2㎞もあります。 ここは硬い岩盤だそうです。 恐らく、溶岩性の玄武岩、でしょうか? あっ、新幹線! 新日本坂トンネルを出たら、国道150号静岡バイパスは、東海道新幹線と並走します。 あ、新幹線!
はや~い! あ、名古屋方面にも新幹線です!
…あれ?、一瞬でしたね…! 八楠(やぐす)という地域に入ってきました。 この辺りから「焼津(やいづ)バイパス」として整備されたようです。 ここから1㎞左側に焼津駅があり、それを遠巻きに囲むように焼津バイパスは走り抜けます。 この辺りはロードサイド店が集中している区間のようです。 ところで、この辺りの特産品って何だろう? と思って検索すると、マグロやカツオ、桜えびやシラスが有名なんだそうです。 そうか、桜えび、駿河湾で有名でしたね~ マグロやカツオの水揚げ量も相当な量が上がるようで、 特に焼津港周辺は評価が高い海鮮料理屋がぶわっと出てきます。 そうか、焼津は海鮮かぁ! 次回は浜名湖を擁する浜松市。うなぎも楽しみですね~ まっすぐ行くと、「志太榛南(しだはいなん)バイパス」です。 焼津市の区間はバイパス化、拡幅工事が現在進行形で進んでいます。 そして、途中まで国道150号に指定されてはいますが、途中から静岡県道31号に切り替わってしまいます。 その先、道なりの、吉田町、牧之原市区間、県道31号区間はバイパスになるかどうかは未定のようです。 現在、議員さんが要望を出しているという段階。 どうなりますか… あっ!ウナギ屋さんです! 浜名湖産のウナギでしょうか? それとも別の場所? 浜松が近づいてきましたね~ あ、またうなぎの文字! こちらも先ほどの「丸忠」の文字が見えます。 昭和63年に移転されたようです。 おお~、そして大井川ですね~ 大井川は古くは手前の栃山川付近を流れていて、そのあたりまで「遠江(とおとうみ)」、 その手前までが「駿河」と言われていたようです。 ではでは、そろそろ国道150号パート1、国道地形編はおしまいにしましょう。 国道150号はいかがでしたか? いや~、やっぱり地形って面白いですね~ 日本の地形、注目すると面白い場所がいっぱいです! もし、「ここ面白かった!」とか「ここ通ったことあるよ!」なんて場所があれば、ぜひコメントで教えてくださいね! こんな感じで、のんびり、ですがしっかり地理雑学お届けします。 次回も気になる方は、チャンネル登録しておくと、お勧めに表示されやすくなりますよ~ 次回は国道150号「二龍」編です。 〇大井川が持ち上がってできた?ナゾの地形! 〇○○が大井川と天竜川の「地形の境界線」だった!? 〇川幅14㎞!? 昔の天竜川、スケールが桁違いすぎた! 小さな地理雑学も、積み重ねると壮大な何かが見えてくる…! 気がします。 ではでは、動画のご視聴ありがとうございました。 なつきがお送りいたしました~。ばいば~い。
読み間違いや言い間違い、変換ミス、表記の揺れなどにはできる限り注意を払っていますが、雑学や画像の情報量が多く、また更新の都合上、デバッグに十分な時間が取れない場合があります。
もし内容を他でご紹介いただく際は、ぜひご自身でもう一度ファクトチェック・ご確認いただけますと安心です。
また、万が一誤りや気づいた点などありましたら、コメント欄で私や皆様と共有していただけるととても助かります。
あと、足あとにコメントも大歓迎ですので、ぜひ残していってくださいね~
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石部海上橋
https://maps.app.goo.gl/kT1jTx6xeWj8iCMH7
中島高架橋がクランク状になっているのは南安倍川橋が旧道に真っ直ぐ繋がる為で、この旧道は大谷川の東側まで続いていました。
南安倍川橋が造られたのは東名高速道路の静岡ICが出来た為で当時は中島交差点から北上して国道1号に当たる所までが国道150号でした。
中島交差点から清水にかけてが国道に指定されたのは久能海岸が海食により頻繁に通行止めになるので国道に昇格しています。
その後、大谷から中島にかけて海岸線沿いにバイパスが作られて今に至ります。
久能海岸から中島まで陸側に旧道が続いていますが住宅街の中を通る道の為、拡幅が出来ず離合困難な場所も存在します。