【ゆっくり解説】古墳時代の終焉

【ゆっくり解説】古墳時代の終焉



古墳時代中期の百舌鳥古墳群や古市古墳群が栄えた時代から終末型古墳の時代までを解説します。

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古墳時代の始まり

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17 comments
  1. 動画ありがとうございます。
    古墳時代の名称について言及されましたが、素人ながらに思うのは、古墳それ自体がピラミッドや中国の稜と同じように権力者の墓が権力者の権威、権力、隆盛を象徴するものであると感じます。
    なので、岡山に規模が4番目の古墳があったという今回の動画には、大和朝廷が絶対的な力を持っていなかったのではという想いを抱かずにはいられません。

  2. 大阪平野や奈良盆地は今でも古墳だらけですが、まだ沖積平野が今のように
    広くなかった当時、石で葺かれた状況の古墳が見渡す限り広がっていた光景が
    どんなだったか、ぜひ見てみたい。さすがに当時の権力者たちも、これ以上
    増えたらやばいんじゃないかくらいは思ってた気がする。

  3. 当時、高知平野はありません。
    強いて云えば、現高知市東部の香長平野であり、土佐国府も現南国市にありました。

  4. 大和政権の東進に合わせて大和政権タイプの古墳が出来て移動したことにより元の古墳の作り方になる→大和に落ち着き定着したころに古墳の作り方を統一させてまた大和政権タイプの古墳を作られるようになったとか?🤔
    吉備で一旦侵攻が止まってしまった為に多くの古墳がみつかるとか🤔
    無学な奴のただの思いつきです
    年代が合わないならごめんなさい

  5. 名前のある大型のものはともかく、埋もれた終末型古墳なら国府の周囲にあるんじゃないんですかね。

    岩屋古墳のような最大級の終末型古墳は下総国府から遠いですが、上総国府の側の諏訪台古墳には20m未満の名も無い終末期型古墳が数百とありますし。

  6. 畿内だと150mクラスの古墳って珍しくもなんともないんだけど、地方だと県に1つあるかどうかだからねえ

  7. 古墳のほぼ隣の敷地に住んでますが、確かに怖くはないですね・・・ただ神聖なものというより観光名所(件の古墳は公園になってる)的な扱いをされてるからな気がします。
    多分、ピラミッドとか兵馬俑をみても怖くないのと同じ感じかと・・・。
    但し地価に関してはお墓の隣並みに下がります・・・文化財保護的な面で建て直しとかの際に万が一地中から何かでてきてしまった時に地主負担が大変なことになるせいで(;´д`)

  8. そりゃあ古墳に適した平らで広い土地などは、真っ先に田んぼになるわけで。継体帝もスカウトされてやってきたら、一等地が巨大墳墓になっていて、ドン引きしたんじゃないでしょうか。

  9. 確かに、古墳は怖さよりもパワースポット的なスピを感じますねー。
    もし為政者の墓だとしたら、古代の為政者の方が善政を布いたというべきでしょうかね。

  10. まあピラミッドを見てもお墓だから怖いとはならんわな
    (墓ではないという主張や呪いの都市伝説は置いといて)

  11. 古墳の大きさ=動員力=経済・食糧調達力
    古墳時代の終焉は殉死の弊害から逃れる意味もあったのでしょうか。

  12. 日本の歴史や中で古墳時代が一番嫌いだ。古墳しか残ってなくて文献らしい文献がない。出土品に地域的な差異がほとんど無い。日本独自の文化が感じられず、中国朝鮮の劣化コピーでしかない。武具や副葬品ばかりで生活臭がない。おまけに宮内庁の余計な規制のせいで有名な古墳ほど発掘調査が禁じられ、系統的な比較検討ができない。せめて葬った本人の一代記を木簡として副葬する習慣があったら当時の人々のあり様がもっと分かったと思うんだけど。

  13. 私は初めて古墳を勉強したとき怖さのようなもの覚えた記憶あるけどなぁ。
    古墳に全く縁のない地域だったからだろうか。

    今も古代史は好きだけど、古墳が怖くないとは思えない(怖ろしくて仕方ないという程ではないけど)

  14. そうかー。馬がいないと海路の船積み一択になるわ。
    馬が普及すると陸路ができるのか。

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