寝る前に凄い動画を発見してしまい、頭クリアというか、半分でもう頭ぱつんぱつんです、笑。系図大好きですが、流石にすごく濃くって、動画を行ったり来たりしながら見ました。NHK歴史ドキュメントに出てくる博士より詳しいのではないでしょうか。わかりやすいし面白いわー。こういう歴史の授業が良かったなー。これから「光る君へ」の宣孝さんを見る目が変わりますわ。
吉良上野介が出てきたので息子の上杉綱憲も挙げる必要があります。というのも、綱憲の母は上杉綱勝の姉なので上杉景勝(綱勝の祖父)を介して上杉謙信と長尾政景に繋がり、更に今川氏真を通して今川と武田、北条(後北条)とも繋がる。そして、綱憲は寿桂尼を介して宣孝の末裔なので宣孝の兄の子孫だが御館の乱で実質断絶していた上杉氏を血筋的に復活させることに。そして上杉家は綱憲の血筋が今も残っている。
北家傍流としての生き残りは天皇側近か武家政権との繋がり・融和なんですねえ。葉室と聞くと明応の政変で殺された葉室光忠を思い出されます。昵懇公家衆として、スタッフや後ろ盾のない足利義材に重用されたのだと思います。動画はとても分かりやすく理解しやすかったです、次回作もお待ちしてます。
上杉家を更に下ると、常陸の名門佐竹家に養子に入った義人が居ますね。佐竹家はこの義人の血筋が最終的に佐竹源氏の血族を追放しています。ですので上杉氏は血族的に長尾平氏(後に吉良源氏)で佐竹氏は上杉藤原氏と言うことになります。勧修寺藤原氏の血は今でも佐竹氏が守って居ることになりますが、公式には佐竹源氏でもあると言う謎名門の家は養子がスポスポ入る物ですが、こう真面目に考えたら頭が変になりそうです
いつも楽しみに見させていただいております。今回、歓修寺流は特に気になりました。というのは、鉄砲伝来の種子島氏と、吉田経房の庶子の良経(時経)が繋がっている可能性があるからです。種子島氏は平家落人伝説で平清盛の孫の行盛の遺児であったり、公家平氏の平信基であったり、北条名越流時章の子孫であったりと説が定まっておりませんが、当時の状況と伝わる家系図からみて、良経説に期待しております。
藤原宣孝と紫式部の間に生まれた賢子が、在原業平の子孫とも言われる高階成章となした子の為家の子孫から順徳天皇や土御門天皇につながる事や、その過程で女系子孫が説孝の子孫能円と繋がってしまう事の策略感が、面白いですね
為時がまひろの結婚相手に宣孝の息子を紹介しろと言ったら「息子は出来が悪いからまひろにはもったいない」と言っていたけど、むっちゃ優秀じゃないですか。道長の子孫よりも、宣孝の兄の子孫の方が後に出世してたりするのでしょうか?
藤原宣孝本人もびっくり。北条にも今川にも続いているのか。
大弐三位が説明されていない。
葉室で浮かんだ人物に、足利義稙の近くにいた葉室光忠が浮かびました。明応の政変で可哀想な最期を迎えていますが
たいへん勉強になりました。単なる紫式部のダンナではないのですね。「光る君へ」の次回以降、宣孝の見方が変わりそうです。
寝る前に凄い動画を発見してしまい、頭クリアというか、半分でもう頭ぱつんぱつんです、笑。
系図大好きですが、流石にすごく濃くって、動画を行ったり来たりしながら見ました。NHK歴史ドキュメントに出てくる博士より詳しいのではないでしょうか。
わかりやすいし面白いわー。こういう歴史の授業が良かったなー。これから「光る君へ」の宣孝さんを見る目が変わりますわ。
吉良上野介が出てきたので息子の上杉綱憲も挙げる必要があります。というのも、綱憲の母は上杉綱勝の姉なので上杉景勝(綱勝の祖父)を介して上杉謙信と長尾政景に繋がり、更に今川氏真を通して今川と武田、北条(後北条)とも繋がる。そして、綱憲は寿桂尼を介して宣孝の末裔なので宣孝の兄の子孫だが御館の乱で実質断絶していた上杉氏を血筋的に復活させることに。そして上杉家は綱憲の血筋が今も残っている。
「家」としては栄えなくても女系でとんでもないことになってたりするから、家系図を辿るのは面白いですよね
凄く興味深いです。
歴史に埋もれた子孫繁栄の藤原氏…
北家傍流としての生き残りは天皇側近か武家政権との繋がり・融和なんですねえ。
葉室と聞くと明応の政変で殺された葉室光忠を思い出されます。
昵懇公家衆として、スタッフや後ろ盾のない足利義材に重用されたのだと思います。
動画はとても分かりやすく理解しやすかったです、次回作もお待ちしてます。
高藤流は実務能力が高い人物が多いので多くの堂上家を輩出したのかな。
式部の子供たちはこの系図には出てこないんですね。
上杉家を更に下ると、常陸の名門佐竹家に養子に入った義人が居ますね。佐竹家はこの義人の血筋が最終的に佐竹源氏の血族を追放しています。ですので上杉氏は血族的に長尾平氏(後に吉良源氏)で佐竹氏は上杉藤原氏と言うことになります。勧修寺藤原氏の血は今でも佐竹氏が守って居ることになりますが、公式には佐竹源氏でもあると言う謎
名門の家は養子がスポスポ入る物ですが、こう真面目に考えたら頭が変になりそうです
凄いのは、信孝のお兄ちゃんの家系なのね。
敵味方に分かれてるなぁ。
院政で時代が変わるのがよくわかるな。
赤染衛門の家系も凄いなあと思ってたけど、こちらも凄い
都落ちした藤原氏が武士として大増殖!?
源平藤橘(げんぺいとうきつ)とは良く言った物ですね。
しかし、朝廷は前例主義で先代を越す出世は無いと思っていましたが、中世まではそうでもないのですね。
崇徳天皇・後白河天皇の生母,得賢門院璋子(鳥羽天皇后)の生母にあたる藤原光子も,この家系だったような……
かげから歴史を動かした人物をたくさん輩出してますね🤔
清少納言に枕草子で笑われた格好は大成功ってことだよね。あと妻の一人の紫式部の子供が天皇の乳母になって寵愛受けて長生きして大出世したこともその後を決めた理由の一つだと思う。
私には速いので、速度遅くしました。できたら、標準で聞きたいので
すよね、、
島津斉彬、篤姫もそうなんですね。😊
紫式部との間の子供の事は何も解説ないですよね。別の動画なのかな?😢
いつも楽しみに見させていただいております。今回、歓修寺流は特に気になりました。というのは、鉄砲伝来の種子島氏と、吉田経房の庶子の良経(時経)が繋がっている可能性があるからです。
種子島氏は平家落人伝説で平清盛の孫の行盛の遺児であったり、公家平氏の平信基であったり、北条名越流時章の子孫であったりと説が定まっておりませんが、当時の状況と伝わる家系図からみて、良経説に期待しております。
藤原宣孝と紫式部の間に生まれた賢子が、在原業平の子孫とも言われる高階成章となした子の為家の子孫から順徳天皇や土御門天皇につながる事や、その過程で女系子孫が説孝の子孫能円と繋がってしまう事の策略感が、面白いですね
紫式部は宣孝亡き後、道長の女子を産んでいれば出世していたのでは?
日本人は歴史を学びましょう!
とても詳しい解説と強弱つけたわかりやすい説明でとても勉強になりました。
こうした家系を時代を下りながら見ていくスタイルは面白いですね。見入ってしまいました。さすが藤原氏は蔦の如く根を張り、広がっていく様は圧巻です。
驚きました。先祖が米沢上杉藩の重鎮でした。宣孝兄ちゃんとは、縁があると知り、嬉しくなりました。日本人って誰でも過去の有名人とつながりがあると言う説がありますが本当ですね。
今回びっくりしたのは、江戸時代に織田信長と明智光秀の血を天皇家に入れた(稲葉良道家系図)勧修家が、宣孝の子孫だった事。
崇徳天皇が讃岐に配流になったとき従って来た人は藤原昌隆ではないでしょうか。昌隆の母と頼長の母が兄弟等の理由があります。公式な記録はのこっていませんが私の先祖がそうです。庭に崇徳天皇の祠があります。
「甘露寺」と聞いて、昭和天皇の侍従次長の甘露寺受長の方が浮かんだ。
為時がまひろの結婚相手に宣孝の息子を紹介しろと言ったら「息子は出来が悪いからまひろにはもったいない」と言っていたけど、むっちゃ優秀じゃないですか。
道長の子孫よりも、宣孝の兄の子孫の方が後に出世してたりするのでしょうか?