アルツハイマー病の母との自宅介護を題材にしたドキュメンタリー映画「毎日がアルツハイマー」の関口監督と、精神科医として息子としてアルツハイマー病と向き合い続ける齋藤医師が“ぼけること”について語り合います。
皆様お待たせしました本日は都立松沢病院 え令和5年度第4回認知症講座にお入れ いただきましてありがとうござい ます開会に再しまして皆様にお願いを 申し上げます本日は記録のためえビデオ 撮影を行っております参加者の皆様につい てはお顔が映らないように留意しており ますのでどうぞご了承くださいで本日は 特別企画としてえ映画監督の関口監督それ からえっとえ名誉委員長斎藤先生のトーク セッション行うんですけれどもあのそれに 先駆けましてえっと監督がえっと作られた え毎日がアツハイマーのシリーズご覧に なった方もいらっしゃると思うんです けれどもえと最新作毎日がアルツハイマー 総集編をえ上映してからのトーク セッションに入りたいと思い まずは上映をあのお楽しみくださいお願い し ますやめてくれよ替 [音楽] な [音楽] はいっ [音楽] てらっしゃい [音楽] ありがとうございまし た皆さんあの思うところがいっぱいあった のではないでしょうかあのそれではあの 早速トークセッションに入らせていただき ますあの実はもうあのもしかして会場に いらしてくださった方もいらっしゃるかと 思うんですが過去2回あの斎藤先生と関口 監督でこちらで映画上映会とトーク セッションをあの催しまして大変好評を あの白しましたあの今回あの本当コロナを 経て7年ぶりぐらいですかね67年ぶりに あのご登壇いただくことになりましたはい えっとえ都立え松沢病院名誉委員長の斎藤 からお願いし [拍手] ますそして映画監督関口ゆかさんですお 願いいたし ますよろしくお願いし [拍手] ますえ妖怪語状態になると困るあ陽子園2 ですに失礼します皆さん こんにちは久しぶりですこんにちは マイク大丈夫です大丈夫ですはいついそう いうこと気になっちゃってあ職業からね 職業からはいえっと今過去に2回 って紹介されましたけど僕その1回目覚え てない2回覚えてらっしゃる覚えてない覚 てない危ないい危ないですね危ない危ない
ですかあの767年前には覚えてますそう ですそうですねすいませんえっと僕がね 認知症の医療を始めたのが1988年ここ の病院の認知症病と見始めたんですけど その時僕36たんですよ今その倍になった ねなえ72ですか先生え次の年72あ本当 です かでね36の時と僕は認知症の専門員と 言ったって患者さんは年上のものだったの うん今までね年上のものだったで初めあの おじいさんとは言わないけど まあ年親父より年上のおじさんぐらい だんだんだんだん下がってきてうん最近で は年下にそんなことない年下の日方が いらっしゃるんその若年性とかねそうです よねうん若年じゃなくたって僕も若年症の 資格なくなりました からそういう風な時になって認知を 失礼認知症って自分の話になってきたって いう か親の話からねねそうですよねうんいや あの母を10年近く一緒にうんなんか あんまり介護したって いうなんて言うんですかね気持ちはなくて それよりもやっぱりドラマが認証になると 次々に起きるじゃないですかで特に初期 このあの映画でもえ見ていただきました けどやっぱりもう物忘れがすごくなるので うん通帳はわからなくなるででそういう 自分になんかがっかりするうん自分特に母 はとっても優秀な人で色々できた人だった のでなんかそこが初期はすごくあるんです よねものすごく自分にがっかりしてでそれ が閉じこもりもう外にも出たくないえまね やる気がなくなるとか色々言われますけど でお風呂もであれはねやっぱりお風呂入る 手順とかだんだんやっぱりわかんなくなっ てきちゃってそれがそのできませんてこう 言えないうんうんあの年代でもあったん じゃないかなっと思うんですよねだから その対応にやっぱり追われちゃうでもあの ま映画監督ですから1番すごく良かったの はそれをかなり引いてうんみたそれと親子 関係はすごくあの先生もどっかで書いて くださいましたけどあの介護というよりは こうスリリングなお互いにねやり取りが あってスリリングな親子関係っていうね うんそこがやっぱり大きかったかなと思い ますでもう1つねやっぱ難しいのはあの認 介護で何が難しいかっていうと介護する側 の思いがいっぱいうんあるじゃないですか こうして欲しいとかこうなってほしいで その自分の価値観から解放されないといい ケアができないんですよでそれがね本当に あの別に家族の方だけじゃなくてあの医療
者もそうですでしょうしやっぱり介護関係 うんこうしてあげたいすごくねいい人が 集まってるんだと思ういい人間がだから こうしてあげたいっていうねうんその 気持ちがものすごい強い方が多くてそれが おやっぱり母と合わなかっただってそれ母 のニーズじゃないからそれそれまでねそう うん母のニーズじゃないんですよこういう 風にしてあげたいってだから例えばあのお 風呂に入れてあげたいとかねもちろんそれ は大切なことなんだけど母のニーズは何な のかなってでそこをもうのがパーソン センターと系でこれ意外とね難しい実は 聞いてると優しいんですけどすごく難しい ですやっぱり皆さんの気持ちは尊い気持ち なのでその気持ちが通じないとカチッと来 たりとかやっぱりなっちゃうと思うんです ねでそこを乗り越えるのがやっぱりで初期 は本人もすごく混乱して苦しいでその時に 家族に攻められるじゃないですかそれなぜ かてとまだまだらボケでいろんなことでき てるからうんそうそこでパチンコにな るっていうのがまず認知症のケアではえ 初期の段階ですごくあるのかなって思い ますうんうんだから先生の私がどんどん 話してますけどいいですかお母様の本を 読んだ時にあやっぱりと思いましたもん お母様の1人称のうん思いがって書いて あるじゃないですかそんでご家族同居され ている娘さんへの気持ちとかでも自分は なんか混乱してきちゃってるっていねあれ はだからうんがすごい一時資料として ものすごい貴重なああのご自分で書く人も いるじゃないですかほら認でもそれでは なくてやっぱり先生のあの方がいいなと 思ってやっぱ先生が読まれてちゃんとこう 分析されてここをセレクトしてっていうの がでこう書いてる先生も書いてる人です あれはねこれ世界初じゃないですか ありがとうございますけどねもし僕がの母 を関口監督みたいに映画にしたらねうん なんていうか嫌な息子に映るだろうなって いうか さあの関さんの映画見てて拝見してと思う のはねそのうん介護らしい介護じゃないと か10年とかおっしゃるけど そのどっかで人生の あの家事をそっちへ切って10年でしょ うんそうですそうですだ普通だったらね 普通だったらもっともっと深刻っていうか ねなるだけど福家福岡やっぱりそういうお 仕事だったからねどっかで殴りたくなると カメあのお母さんもカメラに向かって怒 なってたけどそうそうさっとカメラの後ろ に行っちゃうからあれでやれたんだろうと
思うああいうことを普通のうで続け るってね難しいやっぱり大ですよいや やっぱりあの全然話変わるんですけど実は あのえこの映画がなんか難病克服なんとか 映画祭みたいなのに作に入れてくださった んですけどその前にうん あのまさらっとね帰国しましたってあの 言ってますけど実はオーストラリアであの 学んだ映画学校国立の映画学校とその後 強弁を撮ってた映画を教えてたんですね 両方の映画学校が世界のベスト2525に 入ったあそれがだからその映画祭の前でか そういう絵をいっぱいいいたんですけど 実際のところあの私のキャリアは日本では なくてオーストラリアで地道に29年間 積んでたのでうんうん本当にあの母のため に帰るていのにやっぱりスケベ心があるん ですよそれ母が認証になったあそれ撮影し たいっと思っちゃうわけうんでそれって やっぱりおっしゃるように普通の家族の 状況とは違ってあこれ絶対面白いだろう なっていうのがあってで魅力的なうんに きっと母はなるだろうなと思ったらうん やっぱりでそそこにはちゃんと思惑があっ て親子関係なので普通の撮影隊なりテレビ の人たちが入るには人間関係作るのに時間 かかるじゃないですかで我々にはもう歴史 があるうんなのであのガチンコになっても あの娘としてはむっとしても監督としては よっしゃみたいな うんだって面白い映画撮れるじゃないです かででそのやっぱりね距離感なんですよね でそれが先生おっしゃってくださったよう に介護にとっての大切な距離感うんでだ からでもこの中で言ってるじゃないですか その認知症のケアはあ言ってなかったかも しれないですけど家族にできなくて 当たり前って言ってるんですようんうん 本当にそうですそれはできなくて当たり前 でそれを押し付けてきている厚労省がどう なんだっていうあそういう話じゃないか うんでもそう思います本当に思いますうん でそのできないっていうことことをもっと 精々堂々と家族は言って助けをやっぱり たくさん求めた方がいいと思うんですねで それがないとやっぱり楽な介護には絶対に ならないですよね先生ね家族にしかでき ないことっていうのはあるけれどあの じゃああの何でもかんでも家族にやれって 言われたらやっぱり結局潰れてしまううち なんはも全くそう思います士さんのとこ みたいになんかガチンコ勝負で朝からね 起きてとかいう余裕は全然なかったあの僕 の妹が一緒に住んでいたんですけど妹はま 会社があるから出かけていきますよね朝ね
うん出かけて行ってえっとなるべく母を 一緒に起きて食事をさせるんだけどあの妹 がいなくなっちゃうと母は1人なっちゃう んですよねうんだからあのいくら妹が僕の 兄弟中で1番母のことを思っていてえかつ 最後は老人ホームに入ってもらったん入る ことに抵抗したのはなんだけどうん あのやっぱ普通のサラリーマンの生活をし ている とあるところ でもうそらもう難しいでなくなもちろん そう思いますでうちの妹の場合はね親父が えっと昭和の終わり頃にな癌で半年入院し たんですけどその時に1日も退院できない で入院したんですよなくなったのうんうん ででいさ病院のミスであったので病院は ずっとこうスペシャルケアをしてくれてた んだけど母が毎日そこ泊まり込んでたで それを見かねて妹が仕事をやめてあいや そうだったやめてそう母と一緒にあの1日 交代で見てたんですよでその後ま幸いあの 仕事に戻ることができたんだけどあの2人 の兄としてはねうんもう1度妹にあんな ことさせるわけにいかないと思う だから僕はもうかと言って分の嫁さん説得 して一緒に住もうよっていう勇気は2人 ともない からないからさそれ正しい勇気ですよねな いっていうのはね奥さんのこと考えたら うんいやただ怖いだけですよ怖い だけていうかさあの関口さんとお母さんの 関係って さあのこの映画のテーマの1つっていうか 私はカメラの外って言うけどうん いやいやカメラの後ろにいるあなたが映っ てるでしょってねそうですそうです全くで はい全くおしゃ ですあのよくね映画学校で言ったんです けどカメラを取っててあの飛台の人が泣い たりしますよねうんでぐっと寄ってく カメラテレビ的なのが多いですけどわーっ て寄ってくそれは映画学校で教えるのは見 てるのは泣いてる人じゃなくて寄ってった カメラマンを見てるんだうんで優秀なあの そういうかなりセンシティブな人は私一緒 に仕事したことあります大人ですけど泣い てるま前の作品の時そうだったんですけど 全然関係ない認証の作品ではないんです けどうん私と母が台所で泣いてるシーンが あってそこをね引いたんですぐわっとうん うんでそれねなかなかできないんですよ テレビ的な発想で行くとやっぱ酔っちゃう わけ泣いてる人を見せたいからうんだから そういうなんて言うんですかね あのあある非常にあると思い後ろにいる
人間が見える全くその時だと思いますだ からこの映画面白いっていうかねお母さん の話だけだったらあの認知症が進行して いってこういう風になってよくあるなく なりましたっていう話なんだけどそうです よねそうなんですよねだからえっと僕はま 外来でね見ていて あのやっぱご家族も一緒に見てないと おっしゃるとですよね あのお母さん進行してないでしょって言っ てもご家族の手間がうん増えてる可能性は あるうんうんそれこそあの何年も経って しかも良くなんないプロセスを何年も見 てるわけだからあそうそこがねそうですよ ねそう努力がわれないからだからあの疲れ てくんですよねうんそうなるとご家族が あんまり自分のことハッピーと思ってない の にあのキアされてる方がハッピーなわけ ないうんうんあのあれですよねやっぱり こう気を使ったりとか自分のあの日曜の人 ですよ意識の中でやっぱそういう気を使っ たりとかあのいろんな思いがね錯綜してで 実は今あの毎日が朝ザファイナルで出てき たイギリス人の私の友人がいるんですけど はいうんうんああの病気になった方ですガ ですで一生懸命今まだ頑張ってるんですね ででもご主人がちょっと亡くなって今施設 に入ってらっしゃるんですけど会いに行き たいなと思ってんですけどなんだて円安な もんですかとかままたそういう話じゃない ですけどそれで本人やっぱりね 癌が次々と出てきてるんですよねうんうん でただちょっと認証がかなり進んだので うん例えばガンであのどっか手の手術かな なんかこの間やったんですけど忘れるん ですようんその手術をしたっていうことを ねうんで本人的には あの忘れるっていうことをもうだいぶ 忘れる時期に入ってきてるのでそれはそれ でまたねなんかあの忘れちゃうっていうの はあの不幸ではないんじゃないかなってね 考えただ周りにいる人間がやっぱりほら 心配そこのだから関係性ですよね認の人 って言ってもいつも1人ではなくて やっぱり家族の関係介護する人の関係 いろんな関係性があるわけですからその中 でえどうお互いお互いっていうかだから私 がずっと言ってるのは人長の人はもう しょうがないじゃないですかここの今日の タト僕ちゃ悪いかっていうねもうけていっ てしまっているわけですからじゃ問題は何 なのかって言った時にその家族なりその ボケていって悪いかって思っているその ボケた人との関係性ですよねその人間関係
がえどうあの影響を及していくのかそれと あの何回も言いますけどやっぱり問題は我 らにありなんですよね我らがどう対応する か施設に入れるなり施設の施設の種類も 考えて本人にうんてるとこなのかもう いろんないろんな観点から言うと私たちの あの問題うんっていうねですごく大きな 問題ですでそれは人に任せてもいろんな あの決定をねしていかないといけないので うんそうこですよねやっぱりね認証の難し さ認証の人を見る難しさはいうんうん あのそうですよねそのうちの母のことを 考えるとねんの映画見るといつもうちの母 のと思い出すんだけど うん関口さんほどさがっぷり4つ で素のままやり合うっていうことはさ両方 最後までなかったっていうかうんでもそれ はだから10人トイレなんですよ先生ケア のあり方全く私はほら映画を作りたいし けめた気持ちで面白くしたいと思ってる からガップで行くわけですよねでだけど 負けるうんじゃないですか母ですから母は 私のこと映画監督なんてちっとも思って ない単なる娘あの仕事ももう日に帰ってき てないしもう娘みたいな感じでそれを狙っ てるそれを理解してそれがあるから面白い 映画ができるっていうのが分かってるので あのやられてもそれはそれでっていう感じ ですけどでも普通はなかなかあんな風に がっぷり行かないですよねそれは分かり ますはいそれは分かりますそうなんだよね その その母のパーソナリティも違ううんねそう ですねそれから僕ら の僕らの兄弟はもっともっと格好つけて たっていうかさえいや東大大学ですから いやいやいやそういうわけじゃないけどえ 斎藤先生のお母さん施設に入れたのとかさ ああ言われたくないじゃんやっぱそういう スティグマがあるんですねやっぱりねそう 僕僕に僕にあるねだから僕は母のことを 考えてこうしたんだって堂々と言えれば いいけど言うために各語がいるんですよ まあそうですよね聞かないでねそのこと はっていうオーラーがこの辺に出てきて はいでもそれがやっぱり あの母の介護を迷わせたっていうかね もっと早くうんきちんと診断をしてうん母 は仕切りにそのホームに入りたいって言っ てたわけでそれはなぜかていうとその お父様の時にその娘を犠牲にしてうんまた 私がそのちょうど妹かプロモーションの 会社の中でねの時だったのでまた私があの 足を引っ張るだから早くホームに入れろて 言ってたんだけどなんかその決断ができな
ていうかさいやお母さんはねその僕のこと も考えてくださいよてそこまで露骨に思わ ないけど内心はうんうちでん幸せに暮らし てよって思うわけうんねで僕も決断も どんどんどんどん遅れてくんだわうんで 結局母は見切れないでホームに入ったけど 入った時にはもうその自分の変化を自分で よく理解できなくなってたのねうんうんで あんなことだったらもっと早く母がの頭が はっきりしてる間にうん入って新しい生活 の環境を整えてでそこに あの僕がちゃんと行けばが良かった僕の うちのすぐそばにで結局1時間以上かかる 妹が1番頻繁に来ててああ滞在時間長くて 僕は仕事の代わりに帰りにちょっと顔出し てうんおしまいみたいになっちゃったんだ けどやっぱその自分のケアを見ていてあの 決断が遅れた遅れたっていうかなあのうん それは僕の職業に絡めて言いましたけど それだけじゃなくてやっぱりちょっと マザコンていうかさ うん 今でもかなりまんだけどでもさ あのいやいやこれだけ分かってんだから さもしかしたら普通にやれるかもしれない よねとかねういやだそういう風に考えると やっぱりそうあのすごく家族としては悩む わけじゃないですかやっぱり施設に入れる ことでそういう罪悪感うんでそういうこと を考えると今度やっぱ制度的にねうんあの もっと家にいられてあのサポートできる あの先生の場合だと最後にえっと社会心理 学あリねで彼女が来てお母さんもすごく 反応が良くてお2人でねうんうんだから そういうのがもっとこうだそれもまたね 難しいですよねうちの母はなんかああいう のは馬鹿にされたとかやっぱ性格上やっぱ 10人トイレなんですよだここのやり方が 先生のお母様には良かったけどうちの母に はいいかっていうとそうでもないでそう いうことがうんうんまず理解でき るっていうことでそれとそれができたら そのななんですかね家の中でねもっと長く あの暮らせるような今のだとなかなか 難しい今の介護保険だってなかなか難しい じゃないですかねだからそういうことを もうそろそろこんだけねもうずっと認証の 話をしてるわけですからうんあの家族とか その 支える側だけではなくてやっぱり制度もね うんもうそろそろ見直ししてかないとダメ なんじゃないのかなってうん思いますけど 私はね図々しいですから監督ですから オーディションって呼んで母に会う人もう たくさん来るじゃないですかうん
ですいませんあなたはオーディションに 落ちましたとか言っあのほらだめですて 言うと申し訳ないからで皆さん監督だって した申し訳ございませんオーディションに 落ちましたで中にはもう1回 オーディション受けさせてくださいいや オーディション1回だけですか言って 楽しくねでやっぱりどこまでも行っても 本当だったら母のことを分かってくれれば あの1度決まったスタッフがずっとケアが できればいいんですけど残念ながら やっぱりね皆さんマニュアルかなんかに 縛られてると思うんですよなので母が 変わっていくあ変わっていく母について いけるスタッフがいないうんっていうその 問題もすごくうん感じましたねあの年配の 在宅位が最初来てくれて横浜市の在宅位 なんとか会長みたいな大体そういう名前が ついてる人ダメですよねそんで来て くださってあの母が寝てたんですよそし たらお母さん起こしといてくださいよとか 言って怒っちゃったお前のために起こす わけねえだろみたいなねそんで次は すっぽかしたんですよ誰誰がそ先生が者が ほんでしょうがなくてその先生の クリニック行ってすいません先生 オーディション落ちましたあの基本的に そうですよもうやめますとか言ってだ怒っ ちゃって怒っちゃってしょうがない怒っ たってとか言ってでそういう風に私は対応 ができてで次の先生をもう探しといてで あの次のオーディションそうそう若い若い いい先生そう若い先生すごく良かったです 次の先生ちゃんと何が良かったかって言う と母に向けて話しかけるうん関口さん今の 状況だったら病院入院できるけどどうし ます私じゃないです大抵ね家族に言っ ちゃうんですよねその先生いいなと思った 母にで母は喋れなかったですけどこうやっ て行きたくないでじゃあ本人が言ってので でじゃあこういう体制にしましょうていう 風になったんですねでその先生になんで前 の先生やめたんですかてあのすっぽかされ たんですとか言ったらうーんとかなんか てってなんかなのであの不可能ではないん ですでもかなり私のように難しくないと あの実現するのはかなり今の医療制度の中 では難しいでやっぱり先生ってうん言って いる人に物申すっていうのはやっぱり かなり難しいってことをね何回もご家族の 方から聞きましたし私なんかへのかっぱ産 先生もへのかっぱって思ってんです けどでもやっぱりなかなかね日本の文化の 中では難しいことがね山だからその見る 認証になった人を見るだけじゃなくてその
囲の状況もねうん家族は対応しないといけ ないのでうん何年経っても変わらないです よね私たち3苦労がご苦労がだ3年3回 やってもねこうやってお話してるわけです からやっぱ苦労はね本当分かりますはい あの介護保険っていうのがねうんえっと 認知症対象にって行っちゃったんね行っ ちゃったのが失敗でこれだけ高齢者が 増えればその認知症であろうとなかろうと 95歳で1人暮らしできないの当たり前 だろうと思うけどはい僕のガにさ98歳の お母さん連れてきて介護保険を使うために 認知症の診断してくださいとか言われても ねそうなっちゃうんですねそうなっちゃう わけそうなっちゃうんだけどだから制度の 枠組が認知症の年寄りとそれを世話する 私たちみたいになっちゃってるからねだ けどうん あのこれからその認知症の診断なんかなく たってヘルプを必要とする人いっぱいはい はい だからやっぱあの制度そのものを考え直さ ないといけないね本当にそう思いますね ただ一方でやっぱり金がかかるのでねはい はいそれをどうするかはでも私たちから 徴収してるじゃないですかそうねみんな 年金から勝手に抜いてくんですよこの国は うんうんびっくりしますよねで年金も勝手 に減らされてねどういうこっちゃですよ 本当に本当にそう思い ます介護保険料だか医療保険だか20%に するのについてどう思うか意見を伺いた いって新聞者が言ってきましたがあそう ですかいかに答えたらいいでしょうかね 怒りますとか 言っいやうんど先生本当にね私もね制度を 整えるってとっても大切なことでそれを 使う私たちがやっぱり楽にねな るっていうことが本当に助けになると思う んですねうんなのでそこは大きいですで私 実は良子関節があのあれなんですね先天性 って言われたので陽子園2がついてるん ですねで転んでもうこれ人国関節入ってる んですけど転んじゃ転んで外れたらもう即 入院と手術になるんですねでそん時に私の 毛に言われたのが関口さんがボケたらもう すぐ陽介後になりますとか今まだちょっと まだまだちょっとあれなので陽子園にうん でそうすると点数とかも決まってて使える あのサービスもやっぱり決められちゃうん ですうん ではから始まったので最後5まできました けどおっしゃるようにそうなんですよ認症 にあなんですようんうんみんなもそう思っ てるあのうんだからねそのなんていうか
ある人全認知症になるわけじゃないけれど でも健康な日があってはいこっから認知症 ですから介護保険って言うとね介護保険で ケアする人っていうのはその前のことを 知らないわけじゃないはいはいそれは とっても映画にも出てきたけどね前を知ら ない人を知らないっていうのはもあの とても難しいしもう1つはその介護保険の 制度上えっと特殊な関係ができちゃうとお 役所的にはまずいわけまあのうんえっと 暗い1人のお年寄りとヘルパーさんが とってもうまくいってこのまま5年10年 って言われるとそこであの汚職が起こる どんないやだから親しくなりすぎて何か トラブルが起こるだからうんあの回転させ てくていうかそういう役人ってやっぱそう やって考えるんだうんああそう私も役人で ございます からそうなんですよねだけどそういうやり 方は結局 こう連続性を立っちゃうっていうかねその うんそう思いますねお家にいる時は1人で やっててくださいってである日ゴミ出しの 日間違えて隣の人に迷惑かけたらえ初期 集中支援チームっていうのやってきてはは あで手にられなくなったら精神病院に入れ ますで精神病院では精神家のPSWがお 世話をいたしますでそこでお世話をし 終わると今度は弁護士が貢献人になって 俳優論にホむってねだ認知場になってから の人生だってあちこちでこうずずにされる でしょなるほど ねだからそれはもうパーソンセンター系 ミーセンター系ですよねやる方があの都合 がいいように全部動いてるんですよねだ度 うんみんなそうだと思いますねうんまあね そのじゃあどうすりゃいいんだって言わ れるとそれは非常に難しいお金の点も 難しいしそれからその汚職を防ぐとかいう 点でも難しいんだけどあのさっき おっしゃっていただいたうちのお袋の臨床 心ですねうんあれは僕があだからそれこそ それはあの関口さん監督だったように僕は 精神会だたはいできたことなんですけども 僕が一緒に働いている大学の先生の弟子 2人がはい来てくれたわけですよで最初は 大学院の学生だったんだけどおふが死ぬ頃 にはもう大学院卒業してプロになって何年 も経ってたわけねでその間ずっと1人の人 を見ててくれあの1週間に1時間ずつうん うんうん話をしてくれたからだからその 変わっていく母をあのちゃんと見ているで しかもそのそうそうでその臨床心理士だ からそれがなぜ怒ってるかことうんてくれ でお前だってプロだろうと思われるけど僕
は さダメなんのよダメなのよてダメてその その人よりまその人ほど密度濃く1時間も 一緒にべったりいないしねうんいないし だめだけど彼女が僕らに送ってくれたメモ というのは母がこういうことを言ったそれ からこういうことをしたというメモがあっ て それがねすごくあの僕たちには役に立った 介護の役にも立ったし僕たちの気持ちを 救ってくれたっていうかねうんうんうん あの母が僕らの前では言わないようなこと をポロっと言うとそれをちゃんとね捕まえ てま僕らの心理療法やってしないけどだ けどやっぱりその連続して何かをや るっていうことがうん大事なんだと思うん ですお母様にとっでそのこうま変な話見ず まもしかしたら最後の方は顔見たら顔名前 が分かんなくてもあって思う壊れると思う んだけどうんそのことに対してお母様は 全然抵抗はなかったんですねあ最初は かなりしっかりしてる時だったからねうん あしりてそそう物忘れは心配って言うから じゃあそのあの大学院の学生でメモリー トレーニングが専門な学生が来てくれるだ から母は最初の日記には最初は家庭教師 って書いてあうん うんの訓練はいはいありましたみたいなね そうですよねそうなんですからだから それってだからお母様がそんなにひどく なる前に始まっだそれがすごく大きいキー ポイントですよねでで連続性がずっとあっ てお母様も慣れていてその方が来 るっていうことでね何らかのやり取りが あってご家族には言えないことも言ってみ たりっていうねだからやっぱそういうその すごく認で難しいここに出てきましたけど も人なんですけど何かそういう手立てうん が分かるといいですよねそうですよね あの制度のこあのなんだかケアの1番肉体 的に負担のかかるところは介護保険でやっ てもらわなきゃなんないけどそれでその人 の心のケアまでしろというのはねしたら もう家族には多分不可能ですし実は1番 その特に初期はそうなんですけど本人が 不安に陥ってるのでうんうん私自身は やっぱり心のケアうんで私ができるのは あのま息子も孫孫もいましたけどお笑いを するっていうねやっぱ本人を笑わせてあげ るっていうねうんそういう本人が不安に なってる時にこそ追い打ちをかけるのでは なくてまうち1日一生笑うって言ってまし たけどなんか笑うあの笑うようなことを やるあ最後に出てきたあのゴキブリもそう ですけどうわあみたいな感じででゴキブ
りってんだっけあのほら瓶の中に入ってた あれゴキブりなんですよちょっと暗くて わかんなくてそれでそれでうちのだから めっこが偉いのはあのあれお父さんどうし て帰ってこないんだろうねとか言ってるよ ねとかでなんかね乗ってくるわけうんその 何おばあちゃん言ってるのって絶対言ない んですよあのそうで本人はうちの母はもう バーンと殺さない人がいいとか言ってお前 があの閉じ込めたんだろうみたいなね ごきぶりをえあのねまま面白い話なんです けどジが好きで母は人長になったらなんか もうすごいいっぱい食べたんですよね今 まで食べなかった人がでパンをうんパンを 突っ込んでこううんねつけて食べようと 思ったらその突っ込んだジャムを忘れたん ですよそのまま台所かなんかにそしたら ゴキブリがゴキ者が来ちゃって入っちゃっ たわけでゴキが入ったっていうんで母は パッ とでそんでもう3人で遊ぶわけんだそう そういうなんか無双ってかねお父さんが 帰ってこないってきっと言ってるよねとか ねそうそうゴキブの家族が心配してるよ ねってで私がじゃじゃあさゴキブだったら 自分だったらどうよたさバーンと殺された 方がいいとかなんかわけのわかんないあれ でねだいぶそうあれでねだいぶ遊べるん ですよそんでだからそんな馬鹿なこと言わ ない言ってとか言わないで孫たちもあのお ばあちゃんに乗ってあげるですごくね関心 したのはあの孫たも格が違うじゃないです かだから母が初期の頃もう同じ話をこう リピートしますよねでリピートするってい のはその話がすごくま母の場合はあの ピンシャンコロリーだったんですけどそれ をもう何百回と言うじゃないですかでそれ を息子はね話をそらすのが上手だったん ですよ知ってるからおばあちゃん繰り返し あこっちの話にしよこっちの話にしようで めこはじっくり聞いて違う質問をするわけ うんだからそれぞれ対応があって私すごく 心して子供たてすごいんだな子供をなんか こうあの寄せないっていうねご家族もいる んだけどもうどんどん交わってでうちの 1番褒めてたのはやっぱりうちのあの息子 でおばあちゃんはあの輩になってもおばあ ちゃんだていうことをねはっきりあの言っ て本人になんて言うんですかね自信を持た せるあ私はこれでいいんだみたいなところ に持ってきたのはやっぱり孫たちの存在 っっていうのはすごく私はやっぱりね心配 しちゃうんですよそううんすやっぱり娘 ですからうわこれからどうなるのかなとか ね心配したんですけどお母さん心配しすぎ
だよとかなんか言ってくれたりとかでそう いう私をまった冷静に見ている孫がいてで そこでこう会話が成り立つみたいなねうん だからすごくそういう意味ではあの家族の 存在で本当に母はあの最後は本当に自分の 家が好きでそれなぜかって言うと父と一緒 に初めて立てた家だったんですねうんで その家を持つっていうのは母の大きなあの 夢の1つだったのでやっぱ家自分の家で 自分の部屋で死にたいっていうそのだ やっぱりこだわりの理由ですよねうんうん こだわってるんだけどなんでこだわってる のかっていうねことを理解してていうこと でで最後にだから本当にドラマみたいでし たけど手を握ってた時にあの恋を振り絞っ て初めて母からありがとうて言われました ねうんそんな1回もないこんなこと ばっかりしてとか監督になりやがってとか 言われたりしましたけどそうだ最後はね 本当に自分の思いを叶えてくれたっていう ことでありがとうてやっぱり言ってくれた のでそれを叶えるためにどんな人材を やっぱり使う使い回しあん中でほら看護師 さんとか言ったじゃないですかであれは やっぱりね母の人生なんですよ母が唯一 なりたかった職業は看護師ところが明中 生ま明中生まれの父親に看護師なんて医者 の慰み物になるだけだとか言っ て やめろとか言われ明治明治の男ですから そんでやっぱほら母は優等生だからから 絶対言うこと聞かないけどすごい言うこと 聞いちゃうんですねで言うこと聞くことで なんかモヤモヤが人生のモヤモヤモヤモヤ それよくしてたので最初あの今ヘルパー さんがね本当はお風呂なんかは解除するん ですけどヘルパーさんなんたハーの年だっ たらわかんないじゃないですかヘルパーさ んってなんじゃいっていうねなのであの 看護師さんをお願いででまたここにるのが 医者なんです よ先生いじめてんのなぜかて言うと医者の 照明がほら必要なわけですよそうすると あのこの映画に出てきた主人はいや お母さんまだ妖介護さんでしっかりしてる から看護師なんかいらない看護師はネタ きりになってからだとか言って言うわけで そうともう私そういうのね大好きボイ チャーですよダメって言われると思えるの でじゃあどうしじゃあプランBプランBは どうするかって言った時にあのテレビで 一緒に一緒になった名古屋のお医者様がい てあの映画にも出てきますけどで彼にお 願いしてあの指示書お金お金払うから ファックスで送ってくれとか言ってだ
やっぱねそのぐらいやらないとなかなかね この制度をなんてつうんですかねあの使い 倒すっていうかもういろんなことしないと やっぱりねなかなかねパーソンセンターと 系できないんですよねだからでつくづく 思いました本当普通のご家族だと無理です よだ普通の族みんなまともじゃないですか 私まともじゃないですからでそれですごく ほら尊重するでしょ医者とかね だなんと答えればということなんと答えれ ばいいのかでだからその辺がすごくね ネックにやっぱりなると思いますとっても ネックになると思います私はそれすごい 楽しかったんですけどそういろんな人を こううんうんまいろんな意味で関口さんは ケなる家族っていうかさいや家族いや母は まともでしたよだからそ母はまと私は まともじゃないいやいや監督だった全 とてもとてもまともだったんだと思うな いやだったという過去系でいやいやだけ今 でもまともありがとうございますでもね それぐらいしないと本当に本人が落ち着い て安心してあのやっぱりこうケアを受ける だっってハが言ってましたもデサービスに 行ってびっくりしたその時まだ思えたです よね本当にうんうんトイレの中に入って くるのよってほらうんそりゃそうだって それこれパーソンセンターの考え方ですよ 本人から見たらね用足ししてる時ガラっと かそれありえないでしょ普通だとそういう 感覚がやっぱり介護する側から薄薄れて くっていうねうんうんそこなんででそれは 母からしたらびっくり業体でもうあそこ 行きたくないってそれ言いますよねうん フモとかねお手洗いとかあの僕前和工病院 っていう病院の認してたんですけど和病院 って認知症のケアをまなくなるまで 引き受けるとはいはいで男性でお風呂に 入りたかんない人がいるいっぱいいるわけ うんでその時ねある時その男性の看護長は うんいやささんあさん風呂入りましょうっ て一緒に連れてって自分裸になって風呂に 入ったそしたらね入った入ったやっぱり みんながさ綺麗な白来ててさ若い女の子が いてははい裸にって言われたら嫌な人 いっぱいいるうんそりゃそうですよだから もう割とシンプルですよね答えはね認の人 は何を考えてもうごくごく普通のこれ イギリスの話ですけどイギリスの陸軍大賞 がボケちゃってこの兵先生とか入ってきて 女性のケア一切受けつけないだってほら ボイズクラブでずっと来たわけですから女 のかなんだみたいなそんでみんなでもそれ をその人をね変えるってのはねダメなん ですよもう変わらないから変えるのは私
たちでじゃあ今のように一緒に入りましょ うって一緒に裸になって入っちゃうそう いうケアの手うんでは何を考えたかって言 と男性の看護だけ集めてそれで軍隊用語 ですようんうんイエスとか言ってでそう すると反応するわけやっぱりであのオム なんか変えるのも1人があの大将で キャプテンとか言って話をしてる間に パパパパッパパーだよでそれは変わらない からうんだからそこを頭に入れてじゃあ どういう風に自分たちがそういう工夫し てくのかっていうところがでそれがうん 楽しいと思える人があの介護のケアを私は やっていただきたいそれが苦痛で殴られた とかねもうねネット上もいっぱいあるん ですよいっぱいあってもう殴られたあの クソじじとかねいやでも殴る理由ある でしょきっとあなたのこと嫌いなんだと 思いますよとかね そういうことに思いがいかないと解決し てかないんですよね本当にそう思うんです であのうちは妹と母は相性が悪かったので 母がすごく妹をあのそれまでは全然そんな ことなかったのに印象になったらやっぱ 感情がね出てきて妹を 疎んじうちの妹賢いからさ賢いしずるいし だからじゃあ私介護やんないみたいなそう でそれはやっぱりね母のあの心の安定に 繋がったんですよね だそういうなんつか家族の間でもあのよく 言うんですけど3人姉妹で上の2人は 大丈夫なのに私が行くとあのお母さんが 暴れるうん殴りかかってくるうんでどう すればいいでしょうとか言ってなんか じゃあその認証の前にお母さんとどんな 関係でしたかとか聞くともう一発で私真 なんかあの臨床心しかねなったらいいん じゃないかっていうやっぱりそうなんです よ関係性良くないわけうんで臨床の人は やっぱり良くなかった子供であっても やっぱり会いたくないんだなみたいなね そのすごくこう傷つくような正直さがある んですけどそこを理解するうんていうのが いいケアの手立てですよねもうそういう話 はね本当にいっぱいありますここに いらっしゃる方はみんな関口さんのように あの介護保険を使い倒したら介護保険は もう1年ぐらいで破綻すあ す思うけどあのそのご家族にしろねえっと ケアをしてくれる人にしろ看護にしろはい あの自分のやってることを楽しいと思わ ないとそのそうねそう僕に向かってね先生 はその治らない病気見てて何が楽しいって うん あで実際若い頃はねあの認知症の病棟その
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うんえっと徘徊して食事中にきちんと とまれない泊まれない人にあのマラソンの ドリンクの中継所みたいなの作って 通りかかる時にはいとか言って渡飲んで 帰ってくるねそうおかしなことやってたん だけどそれは ねそうそうするとさ作業が面白いっていう かねそれ看護師のうやることかとか医者の やることかとか言われたらそれは違うかも しれないんだけどでも看護師だからしかだ から分かる視点っていうのがあるしうん そのソーシャルワーカーが相談室から出て 患者さんと家族を見てればあこの家族に どういうケアをすればいいだろうかうん うんいう風にこう広がってくるとあの 面白いですよ ねくさんの施設を作らなくったって いろんなことができるうんだその松田病院 よりずっと医な1/3しかいない和工病院 の病棟のパフォーマンスは松田病院の認知 症のパ病棟のパフォーマンスより僕は おそらく高い高いと思ううんだからなんか そうなんていうかなその楽しんでできるか ですよねそうそうでそういう施設をどう やって増やしていくかいう全くもうそこは 本当にあの同 そうすると何をしてるのかていうとそのご 利用者さんそれから認の人のやっぱり心の 安定ですよねうんで自分の思いが叶う話が 聞くあのイギリスに行った時におばあ ちゃんが行ってもちろんそこに入所し てらっしゃるんだけど自分は働いてると 思ってらっしゃるでそれをあのなんて言う のかなやらせてあげている郵便を取りに 行ったりとかで私にももうね今日は忙しく てとかえそうなんだとか言ってそうそうで でやっぱその話の中に私が入っていくと すごく心を開いてくれて旦那が何時に迎え に来るからあの終えないといけないのよと あなんか手伝手伝えることだったらやると か言ったらさ大丈夫大丈夫とかね普通の なんて言うんですかね会話っていうかで それをすることによってそのその人のなん かこう忙しさとかは私がちょっとでもね あのビジターですけど理解するっていう ようなことがこう要するにんどうやって 平等な人間関係を気づけるかっていうこと なんですよねうんあのこれは何回も言って ますけど母をお風呂に入れてくれた看護師 さんにそれをお願いした時にすごくいい 看護師さんであのあなたもそんなに働いて 大変ねとか母が言うじゃないですかそう するとうちの亭主にね稼ぎがなくてとか 言ってだからそういう世間話を2人で ずっとやってるわけだから看護師としての
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みたいな公約を並べてるわけねただ並べ てるだ介護保険をどうするとかねうんここ のお金をてこっちしようとかねそういう風 なことを具体的にあの区議会議員は言う べきだしそしたらその中からこっちも 真面目に選んでいけばねこう地元を変え られるんだよねこう自治体が変わらないと うん あのなんかパーティーやってどうやって 達成しようかみたいなことばっか考えてる やつに何言ったってさうんうん話が通じ ないと僕はですよね私あのすごい手前みそ で申し訳ないんですけどあの去年から ラジオ番組をやりましてインターネットの ラジオなのでスマホでも聞えるんですけど もちろん斎藤先生にもご出演いただいてで 初めて会議員と繋がったんですようんで 県会議員の人に出てもらってあの今年最後 もまた県会議員の方出ていただくんです けどこういう繋がり方もあるんだあの すごくまともななんていうのかなあの考え ている人自分ができなかったらやっぱり そういう人間と繋がってその思いを伝え るっていうねことはすごく大切だなって いうのねあのまた違うやり方うんですよね プランCぐらいなんですけどでもそれを 使ってやっぱりあのこの介護のね状況を皆 さんも含めてご家族の方のねこの苦労を なんとかねあの救ってで本人にとってもい いっていうねものをあのやっぱりなんて 言うんですかね小高にやっぱり言っていき たいなとは思ってますけどねはいうん だんだんなんかだんだんなんかこう締めに 入ってきねまだまだまだまだ まさ 失礼ですがくつもうねババーですよ66 66ねそうですよだけどさ66と僕71 でしょもうすぐ72になるだけどさはい 70になって思うことは僕はいつボケるか なってことはいうんだっ てあの僕より若い患者さんが僕の診察地に 来て あの台所に行った途端に何取りに来たんだ か忘れるんですよとか言われるですがああ 僕と同じと思うわ思うわけですよねでそれ からオがあるタイマだっていうのは僕に とっては1つの遺伝不ですねそれからあの 僕は52歳の時から市型糖尿病とイシに 打たなきゃいけない武になってうん アルツハイマーのことを3型糖尿病という ぐらいアルツハイマーと糖尿病ってこう 密接に繋がってるわけだ僕ものすごく リスクがあるうんでしかもこうやって今働 てるでしょとりあえず働いてるで僕がボケ たらさ偉い迷惑じゃんみんなに奥様はどう
ですか奥様 はどうですかてどいう意味僕のボケを心配 してないかてこといやケアを最初はして いた僕の僕の奥さんあの本にさ1回だけ出 てくるの知ってる母のケアのね知てはい あの施設を探して探してたのねあちょっと 読んでらっしゃい方のために解説をいたし ますがアルツハイマー病院なった母が見た 世界という本を僕が書いたんですでそこに は僕の妹や弟の嫁さんが出てきて母と色々 絡み合って介護するんですが僕の妻は1回 しか出てこないそれは何かて言と僕が施設 に入れようかなと思って悩んでる時にあの もうすでに見学を済ませていてあここにし てくださいってそれ1回しか出てこ ないででもね妻もあれはとっっても傷 傷ついたみでなんだこと書くの言っており ますがまそういう妻ですかはいはいあ何の 話だっけ僕ボたから先生がボケたら困る なっていう話でしょいい施設を探して くれるんじゃないかいやいやあそういう話 じゃないですいやまそれ探してくればいい んだけど僕思うのはね呂よりは上手にボケ られるだろうと思うのうん同じアル タイマーでもうんうんうんお袋はねあの よく似てるんだけどもんねそうそうそう 戦うんですよあの本当に えっと ボケていながらっていうか自分の認知機能 がこう交代してくなと思いながらそれまで やっていた生活を維持しようとするわけ うんうんうんうんだけど僕ならやらない うんあのね頭は使わないからボケるなんて 嘘ですよボケ始めたら使わない方が仲ばち するんですよここが大切なとこなんですよ そうなんですよねね算数とかやらせるん じゃないそうそうそうそうそうなんで 1007なんかどうでもいいとどうでも いいです私もそう思います うちの母怒ってましたもあんなバカな質 あんなバカな質問しやがってとか言って いやだからさあの同じようにボケてもね うんでも母には僕がいて弟がいて妹がいっ てでしょだ僕には何もないわけうんうん うんうんいや妻い奥様がとかそう そう当てになんない妻以外はいないわけ ですよ子供があまあねねいないよそしたら さあのそれこそあのつまじゃない母の老人 ホームのお金だってね僕と弟と母の預金と でやってたわけようんで僕誰も払ってくれ ない1人でやだけなわけねうんでいろんな 意味で母よりハデが大きいうんなるほど 大きいんだけどごめんなさいだから さっさと戦いをやめてうんうんそれって すごくでも大切ですよねやっぱりなんか
あのうちあの私たちの親の世代って戦って ますよねなんかねうんすごく嫌だった まだ誰にもこうそんなに周知されてなくて 恥ずかしいとかできないことはもう 恥ずかしいみたいなうんうんそういう道徳 感がとても強かったと思うんですよねで お母様はもうほらいろんなことをうんこう 解放されてねお父様亡くなってすごいやら れたじゃないですかでもあれはね私は すごく良かったなそうですま10年ぐらい はできたのでね父がなくなって10年 ぐらいは そう幸せだったっていうと起こると思う けど思うけどでも解放されたねそう そうそう解放されて幸福だったんだと思う けどそれをボケても続けようとしたから 日々できないということに直面しちゃ すでにねそうですよねだ けど僕は母から学んだことの第一はそう いう風にしないってことあできないなと 思ったらさっさとやめて仕事やめてうん あの好きなことがないわけではないから うちでゴロゴロ暮らしましょうとうちで ゴロゴロ暮らす際に妻がなんというかん です よそれは大きなハードルかもしれない ハードルですよもう散歩してきなさいとか さね言われちゃう迷子になんないように GPSつけねそうGPGPSつけられて ああそれはちょっと惨めだけどでもうん それでもねあの今さだって僕はまだ70 ですけど8090の人がすごく増えてる わけうんうんあの日本のアルマーがね 400万近いって言うけもあの300万 近くは85歳以上なんですようんね でそうなるとそれ は病気かってうんねそこでそれそのだから 考え方もすごく大切だと思います今のなん かこう社会的なそういうスティグマを外し ていくっていうねうんそれはあると思い ますよねそうなんですよだから母がの世代 と僕の世代はその同世代の人がどれだけ いっぱい生きてるかて僕のの世代の方が よっぽどいっぱい生きてるわけうんうん うんで今90代の方が200万人いるん ですよ 200万人のうちの100人はアルタマ 認知症と診断されると言われているだけど じゃあみんなが困ってるかって言うとうち のじいさんちょっとボケちゃったよねって 言われながら普通に暮らしてる男の人は女 の人いっぱいいるわけですようんでそれ こそ簡単なアシストがあればうんうん えっと若くてね関内さんのお母さんもそう だしうちの袋もまあ80の初めぐらい70
代の終わりぐらいねから出ちゃったから体 は丈夫なのに認知機能はま言ってみれ車の エンジンは動いてんのにハンドル切れない から困ったけどうん85とか90になっ たらハンドル切れないかもしれないけど エンジンはさアクセル踏み込んだっ てスパスカスカってなるわけうんそしたら 認知ケアより多少なんていうか能力が 下がっても上手にこうフェイドアウトし ながらダウンサイジングして暮らせるよう なんうが大事でそういう人のアシストって さ別にそのこれまで話してたようなあの いわゆる認知症のケアと言わなくったって うん私もうん住むでしょソーシャル ワーカーさんとかそういうねそういいん ですよねだからそうそうそれが大事なそう いうことですよねそうあの認知症はね えっと本人の努力が足りないからなるとか ね生き方の問題だとかそれから予防できる とかまあねあのねなんか予防呼ぼって言う じゃんね うん 予防ってさ予防呼ぼうって言われるとなっ ちゃった人は落ちこぼれかってうんねうん 思うけどそうではない あのだからその呼ぼ呼ぼうってのがくら ないとは思わないですよそれ健康に通し とった方がいいんだから運動はした方が いいだろうしうんそれからあの閉じてない であのラゴでも聞きに行くとかなんかどっ か行って冗談言うとかそう頭を動かすこと は大事ですよ必ずしも算数しなくてもいい けどそういう努力は大事だけどそういう ことしてたって認知症にはなるんですよ ねでね23年前かなランセットっていう 国際的にとても権威のある雑誌に アルツハイマー病は予防できるっていう 論文が出たんですよあでそれは あの年数を長くすることそれからその済と か糖尿病とかねそれま要は生き方を変える うんというのがあってこれで8%これで 2%これで何%合わせて 35%そしたらねそれに厚労省は飛びつい たああで労の役うんやってきて先生 アルタマ病は35%予防できるんです よでさ何の論文の話をしてんが分かってた からうん何言ってんじゃいと思ったけどさ 一生懸命熱弁を振るうわけうんでその何年 かやったんですよで今どうなったってうん どうなりました 全然全然だめでしょあの予防できないです よえっと ねアルイマ病の治療ってね僕その若い人に ついてはできるようになったらいいと思う そのうん若年40代50代になる人それは
健康の人はの能力はこの辺にあって アルイマ病の人はこの辺なんだからそれは もう明らかに病気なんですよ正常と違うだ けど90代の人200万人のうち100万 人がアルマーだって言うんだったらもう差 はないわけも続きあのたまたまこの線の こっち側だったからあなたアウトねって いう程度のもんでそれを病気だということ が何セス何セスなんですよだむしろさその さっき のおふみたいに戦わないっていうことと 一緒なんですけどおふは病気だと思った だろうしアルマーというでしかもなんか 送ろが非常に微妙な時に僕はNHKか なんかでアルマーの話をしたんですよそし たら日記見たらお袋それを一生懸命見て見 ていてあ私と同じだってうん思っちゃう わけでうんでその頃はしかもそれから僕 もクに対してその認知症というアルイマ病 という病気をね考えていただろうと思うん だけど自分が年取ってくると さ自分が認知症だと思いたくないっていう 性もあるかもしれないけどこれから物忘れ てもボケだよなって認症じゃないよね廊下 現象だよねっていう風にかなり完用になっ たで世の中全体がもう少しそういうこと 障害を持つということその認知に限らずね あの障害を持つ人に診断つけてそうなね そうですよね工事の工事のない あの子供のさ発達障害だって最近もやっ たら多いのようん多いですね発障症とかね すごく多いですねそうでは障害軽いは障害 なんてこの頃増えたのかちゃそんなこと ないよね昔から色んな人いたんでしょだ からそのうん バラエティーがあるもんだって人間にそう いうスタもちろんそのそれをどうするか 政治の問題だけど人間にはすごくこう バラエティがあって健康に90になっても なんか100m走る人もいれば70でも 歩けない人もいるっていうそのうんだから そういろんな人のねあの社会が完用にな るっていうことですよねそれはね私10年 年ちょっと前にオーストラリアから帰って きてその時本当に初期の認知症のブームっ て言ったらおかしいですけどもうね認に なったらえらいこっちゃみたいなうんで 医者も来てあのそういうあの地区センター とかねでみんな集めて認の勉強なんて口座 っていうのはもうすごく流行ってたんです ねでももうね絶望するしかないみたいなね そういう状況でそっから見ればやっぱり 少しあ改善しましうん明るくなってきまし たしまゆっくりですけどねあ本当に今先生 おっしゃってくださったように制度をどう
しどうねどうよく変えてであの家族なり それからやっぱりその介護をする人をね もうちょっとなんと言えばいいんですかね あのやっぱ支えていくっていうことは すごく大切だしそれからやっぱりその生徒 の新しさみたいなねあの家の中でもっと こう暮らしていけるっていうねそれはあの 本人もすごく望んでますしねうんねだから それをサポートしてくれる えやり方とかねもう色々やっぱり認証に 関してはすっごくやることありますよね あのなんていうかそのすごくこうそういつ やっぱり私は家族の味方なのでもう いろんなところで家族の会とかもあの皆 さんにあれなんか大丈夫です かお父さんから電話ですよとか 言っいってくる みそうだからそういうそういうのをすごく やっぱり今こそ感じますよね然ね我々の ためにもあるしそういうことではやっぱり すごく大切だし絶望しないで欲しいですし それからやっぱりね家族としたらできない ことは恥ずかしくないっていうねうんもう そこですよねあの自分でやらないといけ ないとかしっちゃわないでできないって いうことはねあの映画を見ていただくと 分かりますけどもうキラキンもきっとな なんかお医者さんの先生が来てくださった 時になんかすごく生活感のある場所ですね とかそれ汚いってことですかみたいな感じ なんですけどそんなあのヘルパーさんが 来るからそその前に掃除しちゃうとかね それやめた方がいいです本当にうんもう ぐちゃぐちゃでそうえり僕やりそうやり そうあそうだよねボケたらやりそうですよ ねなんかねいやボケなくてもやりそう なんかヘルパーさん来る掃除しそうっぱり そそうその心理ってあれですかやっぱり こうあの自分はきちんとしていないって いうのが見せられないいやいやそんなこと ないですよどういう心理ですかそれはあ 申し訳ないなと思うからあ申し訳ないな ああなるほどね私はなごめんなさ話のこし っていやいやすいません私はなんか逆に今 ヘルパーさん実は来てるんです1週間に1 回うんあのお願いするやっぱこう曲がっ たりとかお風呂の掃除とか難しいのでで それもほらあのなかなかいろんな条件が あるんですよで一緒にやらないといけとか ね言われたりしてだから一緒にできない からお願いしてそそう勘でできないからお 願いしてるんですけどみたいなで本当に ヘルパー事務所も10か所ぐらい変わり ましたオーディションやったわけそう オーディションでやっぱりねそれぐらい
自分にあって自分に共感してくれるうん それはねあのすごく大切だと思うただ変ツ じじみたいになっちゃって怒鳴っちゃっ たりするとだめなんですけどやっぱりこう 説得っていうかこれこれれこういう理由 でっていうことでお話やっぱうん今 すっごくいい子が来てます素晴らしい本当 に本当ですなのでやっぱ諦めなくて良かっ たなみたいなそれはすごくあるんですよね なのでやっぱりその制度の使い方それから あの助けをやっぱり求めるっていうねそれ はね本当に大切ですよね先生ねそうです あのできなくて当たり前っていうねそれは もうイギリスでも言ってばもう家族はでき なくて当たり前認知の本当のケアは やっっぱりこううんなんだて言ってます もんあのほらうんちしちゃった時とっさに あらま悪いわんちゃねとか言えないとだめ なんですよ何やったのとかじゃなくてねだ からそういうことなんですよねそこだから 是非ぜひ皆さんが楽になるようにあの 手立てをぜひぜひあの相談するだけでも いいんじゃないかなって私は思いますはい はいありがとうございますちょちょまとめ をしていただいたにまえてますけれどもい 私ね1人ね先生にお話しましたっけ映画 技師の方がいて地方だったんですけど お母様と2人暮らしでものすごいいい息子 なんですよお母さんも認証ですようんで もうあんまり喋れなくなるぐらいなんだ けどお家で見てらしててですごいあの全部 皆さん書いた後後に相談を受けたんですよ ねでそん時にそのお母さんと一緒にお風呂 入っちゃうわけうん1人で入れられない からそんでそうするとお母さんが喋れない んだけどものすごい嫌あんだっそれはだっ て年取ってもね女性ですもんね息子に体 洗ってもらったりとかねあそこも綺麗にし てもらったりすごくね蹴っ飛ばされたり するのすごく悩んでるそれやめた方がいい んじゃないですかやっぱお母さん非常に 単純に言って嫌がってらっしゃると思うの であのそれは息子さんのあなたではなくて あの誰かにそうそうそうやってねやって そうしたらそれで分かったことが1つある んですよやってる自分が好きなの ああそれね1番気をつけなきゃいけない ことですよねだからやっぱこんだけやって るっていうご自分があそっちかと思って それは気をつけないとねあの本当に本人 じゃないんですよだから自分のね中心に なっちゃってるのでうんうんあとねあの これそれはあの東北の方でしたけど宝塚の 方ですごいちょっと若年症でまだ50代 から発症してすごくお元気だ奥さんがうん
で次に来た時にグズグズになってもう車椅 になってどどうしたのとか言ったらその 資金が多くなるんですよねやっぱりねそう するとそのご主人はすごく清潔な人なので 出勤のためにお風呂に入れます綺麗にうん で奥さん結構体格のいい方だったので 落としちゃったで骨折いやもうだからね その全員が もうケアとしてはよくないで私のお話を 聞くために奥さんに薬飲ませ て私もう困っちゃってええちょっと ちょっとちょっとみたいなでそれでほら 騒がないのでていうねだからなんかね すごく悲しい気持ちにうんでみんなね一生 懸命なんですそれ皆さん一生懸命やってる んです一生懸命なのにやっぱり方向性が違 うっていうのをだからそれはか周りのそれ こそスタッフの人が教えてあげないといけ ないんですけどそういう話はね日本全国 いっぱいあります本当にそうですねあり ますはいはいありがとうございましたいい もういいんですかおっちゃって皆さんいい んですか なんかありがとうございましたご清聴 ありがとうございましたなんか質問がない と寂しい気もするんですけどはいはいそう ですそれじゃああああの監督さんそれから あの斎藤先生どうもありがとうございまし たあの忖度のないノンストップなあのこう いうトークセッションすごくねあの考え させられるしあ元気にもらえたんじゃない かと思いますであのごご質問ちょっと受け する時間は考えてなかったのですが せっかく監督さんからはいどうぞと言って いただいたのでもしフロアからご質問あっ たらあのどうぞあの一件か2件受けられる かなと思います何でもなんでもだあおお人 方いらっしゃいましあうごあ今ちょっと マイクを伸ばしていただいてるです出てき ていいたいいですかお出になれたらお願い しますごめんなさいすいませ んよろしくお願いしますえっと今87歳の えっと父と84歳の母え隣同士に住んでる んですけども父がもうだいぶ認知が進んで えっと紙パンツとかをもう常時履いてる 状態ででもそれはいし方ないことだと 私たち姉妹は思ってるんですけども母は それが受け入れられない部分があってで 特にそのゴミとして出す時もそのご近所の 方にそれを見られると恥ずかしいからって 言ってこう新聞士に何十もくるんで捨て たりとかしてるんですねでもうそれはもう ごそれ新聞の使い方は正しいと思いますご 近所の方ももう父がで足も悪 までもんんですかその間をにしなくていい
んじゃないのて言ってるんですけどそこが いまいち母は理解できないっていうか うんうんそこがちょっと悩みいう私はね母 がねあ大丈夫ですガムテープガムテープに 凝った時があるんですなんでもガムテープ でわなんでもテでそん時に私は何をしたか いうとガムテープをガンガン買ってきまし た使いくださいそうだからお母様も新聞を もうどんどん使ってそのお母様変えること はできないのでああすいませんお母様はい はいお母様どんどん新聞使ってあのあの 捨ててあげてくださいそれそれでいいと 思います私は全然問題ないと思いますで そのご自分の価値観こうあって欲しいって いうのが多分辛くなっちゃうで私はもう お母さんいいです新聞どんどん使ってこう やてていけそれはそんだけお母様やっぱり 気を使ってらっしゃるわけだしあのお母様 の気持ちを納得させるっていうのが私は 一番大切だと思います新聞士足りなくなり ませんかとか 言もうねあのそれがパーソンセンターのケ なんですでやっぱ皆さんはほらもういいよ 気にしなくていいよっていう価値観があの 終わりになってそれはそれはそれで正しい と思うんですけどそれによってお母様が 変わるんであればいいけど変わらないんで 私はもう新聞が足りなくなったらもう買っ てきてあげるガムテープの時はガンガン 買いましたよでそのうち本に飽きたんです なんでもう一生懸命こう何でもガムテープ で修正しておお上手上手みたいな感じでだ からねその今言ってきたように私たちが 思っている価値観から解放されるってのが すごく難しいことでお母様には何の問題も ないと思いますはい大丈夫ですお母様 頑張って くださいあのね お父さんは僕の患者様なんですで毎週1回 ねメモリートレーニングという認知機能の リハビリテーションに通ってらっしゃる はいであのとてもお幸せに生活し てらっしゃるんだっていうのがねお話をし てると通じるわかるうんだ からだから周りで色んなことがあったとし てもお父様をお幸せうんにしてらっしゃる んだから あのもうそのことに自信を持って いらっしゃればいいんだろうと僕は思い ますはい全くそう思い ますありがとうございましたもう1件 ぐらい大丈夫あお願いしじゃあ恐れ入り ますが前の方にお礼になっていただけます でしょう かあの日の介護職をしておりますけれども
あのま私でもあの利用者の方って言ってる んですがまラジオでこの前ユーザーってて すごいかっこいいなと思ったんですけれど もでまあの先ほどお話色々聞いてあの確か に楽しんでいただこうということを心がけ て日々やってるつもりですがまあとは1つ あの認知症という言葉を新しいネーミング を何かないかなという風に今お話を聞いて てま地方症とかっていうとこから多分認知 症ということに至ってるんではないかと 思いますがま効果不岡小学生の子供たちが あまり認認知ということを使ってるのは 聞いたことがないのである年齢以上のま あの人が認知症特にで僕もあまり日々の 業務の中では使わないんですけれども やはり一般的なもので認知症認知症という のはこの一般化してる中で何かちょっと そういう意識を改善するための何かいい アイデアがありましたら教えていただき たいと思います先生です か僕は診断をする側なのでね診断をする 立場で言うと地方症という呼び方が認知症 になったのは本当の救い救いでした患者 さんに向かってあなたは血管性の地方省で すっていうのはねうん あの地方って緩和時点で調べてみればバカ で愚かってことでしょうんそんなことない ですよだけど認知症になったら少し ニュアンスが柔らかくなったそれから この頃はすごく早くその認知症 なんて言うべきではないぐらい早い時期に 診断がついたのでそうなったらアルイマ病 って言えばいい病気の名前だからねアルマ 病という病気で えっと力障害が起こってますという風に 言えばいいんだでやっぱりその時代と共に 少しずつは知てると思いますがさらに認知 症という言葉を変えるとなると大変そう ですねなんか考えていやもううちの母親 あんなことあるわけねえだってこう自分で ね怒ってましたからあのななんて言うん ですかねネーミングっていうのは本当に 難しいですよね使う人があのそれを差別的 に使えばどんな言葉でもあの差別用語に なっちゃうと思うんですねで今先生 おっしゃったように私も地方の時代をあの あさんのねうんあのうんちをこうこに入れ ちゃったとかねああいうイメージがすごく 強かったのであの認知をっていう言葉に なって私はちょっとやっぱりちょっと認知 障害ねいろんなことを認知する障害がある んですよっていうことで私もちょっとね ほっとしてした方なんですねなので私自身 はやっぱり使う人間がどういう風にその 言葉を思っているかっていうことも大切な
のかなっていう風に今思いましたはい あんまりお答えになってないんですけど はいありありがとうございます僕のお書 さんというかね僕の先生でま松田病院でも 僕のより前に委員長だったんですけどあの 松本ま松下正って東大の名誉教授があの 晩年えっとま今でもお元気ですけどあの ある年を取られてからね認知症っていう 診断をめったにしなくなったんですようん でなんて言うかっていうとその年のせいだ モロだっていうんですよあ でそれで住むんだって85の人に認って 言う必要ないもうあの年取って暴力しまし たねって言えばそれで住むんだという風に おっしゃってて松下先生が所長だった 研究所はやたらの正常カレって保険病名 正常カっていうのが増えんで松田でやって いただいたらその徐々に徐々に増えてくる 正常カあなるほどだけどその言葉もある時 ですねその松下先生が公演であのばいいっ て言ったらですねそのフロアにいた若い者 が手をあげて先生が前の公演でそう おっしゃったから僕も暴力だって言ったら ひどく怒られましたわかねそれはお前の ような若道にもって言われたがないよって 言わだからその言葉ってねとっても難しい ことだと思いますよねだけどその認知と いう言葉になんとなく後ろめたさを感じて いるセンスっていうのはすごく大事なん だろうなと思いますうんねはい はいありがとうございましたあの残念です がちょっとお時間となりましたのであの これにて終了させていただきますあの長い 時間皆さんありがとうございましたあの 講師の皆さんに拍手お願いします ありがとうございまし たはいであのスタッフとして1つ訂正し たいのがあの斎藤先生は共済化ではなくて ものすごい相化 であんな風におっしゃってましたが本当に あの鏡のような方ですはいですいません あのそうしました最後にあのお手元にあの お配りしてますアンケートへのご協力をお 願いしますあのお帰りの際にあの出口で あのおしくださいませでお忘れ物なきお 願いします次回は1月30日はいあの第5 回認知症講座あの先生と一緒に組ん でらっしゃるあの心理のあの常智大学の 教授の松田先生のご講義ですまた是非お 入れください今日はありがとうございまし た