2024年 3月 17日(日)主日礼拝(日曜礼拝)

2024年 3月 17日(日)主日礼拝(日曜礼拝)



大阪は、この日曜日は春のように暖かでした。
では、どうぞ。

聖書 ヨハネの福音書20章1-18節
宣教(説教)「主イエス様の復活」 谷清志牧師

宣教(説教)メモ
♰ ヨハネの福音書を続けて開いています。今日は、イエス様の復活の箇所です。

♰ イエス様が十字架に死なれた時、3日後に復活すると期待していた弟子はひとりもいませんでした。(異なる意見あり)
だから、墓の中からイエス様の体が無くなってしまったことに、みな驚きました。
 8節の「見て、信じた」は、9節「聖書をまだ理解していなかった」ので、亜麻布が残されているのに体は無いのを見て、ようやく復活を信じた、という意味です。
♰ マリアの気持ちは、イエス様が十字架に死んだだけでなく遺体まで行方不明という二重の苦しみ、さらに「7つの悪霊を追い出していただいた」(ルカ8:2)ので他の人と違う感謝もあったと思います。
 このマリアにイエス様が話しかけました。
♰ 「なぜ泣いているのか。誰を探しているのか。」
マリアは泣かなくてよかったのに、イエス様の復活を信じることができなくて泣いていました。大きな勘違いです。
 私たちも同じ時がないでしょうか。目の前で大きな素晴らしい出来事が起きているのに、悪いことだと思い込んで落ち込む。
 私たちにもイエス様は、「なぜ泣いているのか。何を求め探しているのか?」と語っておられます。
 イエス様に目を向けましょう。

礼拝プログラム
祈り
主の祈り
賛美
 喜びの声上げて(Jーワーシップ)
 主イエスの十字架の血で(ミクタム)
 よみがえりの主(その他)
聖書朗読
宣教(説教)
信仰告白  使徒信条
賛美
 イエスわが望み(吉田恵)
感謝献金
賛美
 主は今、生きておられる(リビングプレイズ)
祝祷
後奏
報告
ジョイミッション祈り

[音楽] えご一緒に主の祈りをお捧げいたし ましょう主の祈り天に増す私たちの父を皆 が崇められますように国が来ますように心 が天で行われるように死でも行われます ように私たちの事の糧を今日もお与え ください私たちのおいをお許しください私 私たちに追いのある人たちを許しました 私たちを試みに合わせないで悪からお救い ください国と力と境はえにあなたのもだ から ですえそれでは賛していき ましょう 私の罪のため 差しさ れ私の空のためつかれ た彼の十字が平安を もたらし彼の傷で私は癒され た たい喜びの声あげ て心から主に叫ぼう [音楽] ハレルヤ感謝の限り 尽し主イエスを褒めた えよ私の罪の ため私の罪のため差しと [音楽] され私のとがのため砕かれ た彼の十が平安を もたし彼の 傷で私は癒さ た さ喜びの声あげ て心から主に 叫ば ハレルヤ ハレルヤ感謝の限り 尽し 主イエスを えよう さ さ喜びの声あげ て心から主に叫ぼう ハ ハレルヤ感謝の限り 尽くし 主イエスを えよもう一度しましょう私の罪の ため私の罪のため さとさ [拍手] れ私のとのため砕かれ た彼の十が案を持 たらし彼の打ち傷で私は癒さ た

さ喜の声あげ て心から主に 叫 は ハヤ感謝の限り 尽し主イエスを えよ さ さ喜びの声上げ て心から主にさけ も ハハルヤ 感謝の限り [音楽] 通し主イエスを めえハレルヤ感謝の 限り ハレルヤ感の限り 尽くし主イエスを褒めたえ よあん感謝します え続いて本当にイエス様の十字を覚え ながら主エスの十字間の地でご一緒に賛美 していきたいと思い ます主 イエス の 十字の死 で 私 は 許さ れ 神 と 若いをし て 平安 を へし ただから 今だ から 今 全て の 悩み を ゆめ よ 主は 心 に 平和 を 満たし

て [音楽] くださる主エスの十字 の主イス の 十の地 で 私 は 許さ れ 神 と 若い を [拍手] 変いう あ 天魔し ただから 今だ から 今 全て の 悩 を ユね よ よ主は 心 に 平和 を見 たし て くださお座りくださいえ今皆さんの心は 平和でしょうか平安があるでしょうか イエス様は私たちの全ての罪重み痛みを 負ってくださるお方ですこのお方の前に 本当に今私たちの心の中にある罪傷主全て のものを主に委ねて今本当にご一緒にお 祈りを捧げたいと思います様は本当に 私たちが心を開く時にイエス様の愛と許し を持って私たちに新しい力を与えて くださる方です今主に期待し主の見前にご 一緒におり捧げ [音楽] ましょう あなたて私たちの思私たちの 輝 [音楽] SA [音楽] だから

今だ から 今 全て の [音楽] なやみ よ ゆめ [音楽] よ主は 心 に ヘ [音楽] は見 たし [音楽] くださだから今委ね ましょうだ から 今 全て の 悩 は よ よは 心 に [音楽] わ見 たし て くださる メッセージをいただく前にえ今月の賛美を ご一緒に賛美したいと思いますえ蘇りの主 蘇りの主に立ち合った本当に方々が心から 本当に喜びと驚きに溢れたように今日 私たちに本当に蘇ったその力を与えて くださる主を見上げてご一緒に信仰の告白 として賛を捧げたいと思い ます 弱い もので も 強いと 言える 貧しいもので も豊かだと 言える見えないもので も 見えると 言える それが主イエス

のなれ たはもう一度寂します弱いものでも 弱いもので も 強いと 言える 貧しいもので も豊だと 見える見えないもので も 見えると 言えるそれが主イエスのなされた身は ほ ほ神の恋 [音楽] 大 大読 がえ ほ ほ神の 恋 [音楽] 大大 えい 2番サしましょう命の川で 命の川 で 罪読め られ 救いの 恵天 から 注ぐ 救いの歌 をイスに 捧げる主はその みて自由に され 大 大神 [音楽] の 大大 読 ほ 神の 恋 お お 読み ほ ほ神 の [拍手] ほ

大読 がえ ほ ほ 大神の [音楽] 羊 ほ ざ えるを待ち望んでご一緒に主を待ち望んで お祈りを捧げ [音楽] ましょうおはようございますえ先週はです ねイエス様のま埋葬墓にホムという聖書 箇所を開きましたけどもえ今日はイエス様 の復活の場面ですねで聖書っていうのは 面白いものであの本当はそこにいる人他に も 人がいるえいたのにも関わらず話の筋で 関係のない人だったらもうその人がいない かのようにですね書くんですねですから あのすごく省略されているのでえいろんな ところでですね あの色々いろんな聖書のあっちやこっちや 読まないと本当のことは分かってこないと いうことがあります今日の箇所もですね ヨハネの印書だけ読むとえ墓に行ったのは ですねマグダラのマリア1人で行ったかの ようにえ思うんですけども えでもですね他の福音書を読むとえ墓に 行ったのはえマグダラのマリアとヤコブの 母のマリアとサロメ3人で行ったという風 に書いてありますでこの人たちは何のため に墓に行ったのかというとイエスの体に油 を塗るためにまこういうですね香りのする 油ですね油を塗るために行ったって言うん ですえしかもその墓の入り口は大きな石が 転がしかけてあって動かせないようにえ誰 も入れないようにしていてさらに言うと そのお墓の前にはですねローマの兵隊が番 をしていてイエス様の弟子たちがこの イエス様の体を盗まないように守っていた そういう場面 ですそこにこの3人の女の人たちは油を イエス様の体に油を塗りに行こうと思って え誰があの大きな石を開けてくれるだろう かって言いながら行ったってんです ね でそれを読むとですねああこの女の人たち はやっぱり日本人じゃないなと思うんです ねえ日本人だったらですねちゃんと計画 するわけですねえこのローマのところえ ピラトかどっかに行ってですね申し訳 ございませんがイエス様の体に油を塗り たいのでえこの墓の石を開けてくれない

でしょうかえ兵隊があの守っているよう ですのでえ開けてもらってですね私たちは イエス様の体を盗むなんてことは決して いたしませんからどうかお許しをいただき たいと思いますと言ってですね許可を もらってからえそれがちゃんとできると 分かってから日本人だったら行くと思うん ですけどえこの3人はですねえユダヤ人 ですのでと言ったらちょっとあの差別に なるかもしれないですけどえとにかくこの 女の人たちはどうなるかわからないけども 行ったていうんですねイエス様の体に油を 塗りに行きたいえその一心で行ったそし たらなんと石が取り除いてあったていうの が今日のこの場面ですね えで聖書っていうの面白いもので福音書 っていうのは4つありますからその4つの 福音書をですねこうやってこう合わせ ながら読んでいくとああこの場面っていう のはこういうことだったのかこういうこと だったのかこういうことだったのかって いうのが分かってくるのでえそういう意味 でもですね聖書読んでいくと面白いんです けど もさてその時にですねえマリアはマリア たちはえ見いが現れてそしてえイエス様は ここにはおられませんえ蘇てえごめん なさい蘇ると言われていたでしょう墓の中 を見てみなさいという風に言われてそして えこのマリアたちはえっとペテロとそれ からヨハネのところに行っ てそして報告するわけですねそしたら ペテロとヨハネはですね急いで走ってきて えイエス様の墓を見たえそしたらイエス様 の体がなかったというんですでえ今回です ねこの準備してる中でちょっと混乱した 箇所があったのでえちょっとそこだけ ちゃんと説明しないといけないと思うん ですが8節ですね8節と9節ですえお読み しますヨハネの福音書20章の8節と9節 えその時先に墓についたもう1人の弟子も 入ってきたして見て信じた彼らはイエスが 死人の中から蘇らなければならないという 聖書をまだ理解していなかったのであると 8節ではですねえ見て信じたという風に 書いていてですねえ9節では彼らはまだ イエス様が蘇らなければならないという 聖書を理解していなかったって書いてある んですねこれどっちだろうとえ信じたって ことはイエス様復活されたのを信じたん じゃないのかなでも9節ではですねまだ 理解していなかったこれどういうことなん だろうかなということでちょっと混乱し ましたあすいません次に行ってもらって いいですかねはいあであいいですはい次次

はいえそれでです ねえ9節はえヨハネの説明ですこの福音書 を書いたヨハネの説明なんですけども彼ら は弟子たちはまだイエス様が死人の中から 読蘇らなければならないという聖書をえ 理解していなかったのでイエス様が復活 するなんていうことは全く考えていなかっ たそこでえイエス様の墓の中を見 てそしてイエス様の体がないしかもがない ばかりでなくイエス様の体を巻いていた布 天布がだけは墓の中に残っていてしかもえ 体を巻いていた雨と顔を巻いていた雨が 別々のところに置いてあったの でこれは誰かがイエス様の体を盗んでった のではないイエス様が蘇られたのだという 風にようやくここで信じることができたと いう意味です ね えとよろしいでしょうかですから あのこの2人の弟子がイエス様のごめん なさいえ墓の中を見てイエス様がおられ ないあイエス様が復活されたんだという風 に信じたのは それはえそこを見るまで はイエス様が復活するということを全然 理解していなかったというえそういう説明 になります えよろしいでしょうかそれでですねはいで えマグダラのマリアも他のマリアたちも ですねまたえペテロもヨハネもイエス様の 体が墓の中にないということ をえ見てようやくえイエス様の言われた ことを思い出して信じるようになったわけ ですえまたえルカの福音書を見ますと他の 2人の弟子ですねえエマオという町に住ん でいた2人の弟子がエルサレムから自分の 町に帰って行く途中中でえこのイエス様が 一緒に歩かれてですねでえ話しかけられて えあなたは何を話してるんですかえあなた はこのエルサレムで起きた出来事知らない んですかえナザレという町のイエスという 人のことですえこの方をこの方はとうとえ ユダヤ人たちの手によって殺されてしまい ましたえそれでえそれ不思議なのがこの 2人の弟子はずっとイエス様の後に着いて いたにも関わらず一緒にいるのがイエス様 だと気がつかないで自分の町まで村まで やってきてそしてイエス様どうぞ一緒に ご飯を食べていきましょうえもう紐固いて きましたしえご飯の時間ですからどうぞ 食べていってくださいということでえこの 家に入ってイエス様がそのパンをこ咲いた 時にああイエス様だということが分かっ たっていうんですねそしてその時にイエス 様の姿が見えなくなったという風にも書い

てあり ますですからイエス様はその日色々な弟子 たちのところに現れてイエス様が復活され たということを教えられたわけですねえ 聖書の中にはその一部だけ書き残されてい ますけどもおえ手紙などを見ますとえ同時 に500人以上の弟子たちに姿を表された とも書いてありますのでイエス様はどうに かしてこの不思議な形でえ弟子たちの前に 現れてそしてイエス様が復活されたという ことをご自身でお示しになられまし た先週もお話しましたけどもイエス様は 不思議なことにですね弟子たちには自分が 復活したんだということを教えるために 現れたんですけどイエス様を信じな人た 反対した人たちにはご自身を表さなかった んですねこれについてこの理由は私も はっきりと分かりませんどこか聖書に書い てあるかもしれないんです けどともかくえイエス様はイエス様を信じ た弟子たちだけにご自身を表されたわけ ですそしてそれを見た弟子たちは ようやくイエス様が復活されたことを 信じるようになりましたではいえで私は ですねこのイエス様が十字架で死なれた時 3日後に復活すると期待して信じていた 弟子は1人もいませんでしたという風に 書きましたけどもえ人によってはですね いやこの弟子は信じていたんじゃない かっていう方もおられますのでまこれは もう私の意見ということになりますけども ま私が聖書を読む限りで はあこの人は信じていたなという人はどう もいなかったように思うわけですねそして イエス様が復活された後ご自身を表して くださってそしてああイエス様あ本当に 復活されたんですねという信じることが できたそのように思いますえさてえ次です けどもえマリアはと言いますとえマリアは えとペテロとヨハネのところに急いで行っ てそしてまたお墓のところまで戻ってきた んですねそして外で泣いていたマリアは まだこのイエス様がえ復活されたという ことに気がついていませんですからイエス 様が話しかけた時になぜ泣いているのです かと話しかけた時にえ誰かが私の主を取っ ていきましたどこに置いたのか私には 分からないのですと言って泣いています えイエス様が話しかけているにも関わらず まだえマリアは気がつかないでえそして イエス様の遺体を誰かが盗んでいったと いう風にえ思っているわけです ね そしてイエス様が最後にですねマリアと いう風に話しかけた時にようやくマリアは

えイエス様だという風に気がつくわけです あでちょっとここでですね えっとマリアなのかマリヤなのかっていう えこの翻訳の問題があるんですけども えっとギリシャ語見ますとマリあというふ に書いてありますところがま日本語って いうのはですねあの続けて読む時に前の音 がこう続いたりするわけでマリーマリーあ という風に言うとあが言いにくいので マリアという風になるわけですねどっちを 取るかっていう問題なんですけどもえ最近 はですねえ新しい本聖書の翻訳ではマリあ という風に翻訳されてい ますはもう別にいいんですけどえそのよう にしてえマリアはイエス様が復活されたと いう風にえイエス様によって教えられた わけ ですその後マリアはえ弟子たちのところへ 戻ってえイエス様が復活されたということ をお話しましたえさてうんと次に行って いただいてですねあちょっと戻って くださいあそうですねはいでえっと戻で はいあはいはいそこですねはいでえ実は ですね えこうマリアマグダラのマリアていうのは マグダラという町出身のマリアさんという ことでマグダラのマリアという風にこう 言われているんですけど もルカの福音書8章を見ますとえ7つの 悪例を追い出していただいたマリアだと いう風に書かれいます でま私がいろんな方の本とか体験談を読む とですねこの悪例に取り憑かれるといのは ですねかなりこううんこのま悪魔礼拝と いうか異境の中でえこの深みにいるという か え本人がこのそういう宗教ないしは悪魔に して心を開いてそしてこうのめり込んで いるもしくはその親がですね自分のま子供 息子や娘をそういった宗教のなんて言うん ですか道具というかえこのま生贄みたいな そういう風にまでしないとなかなかですね そういう 悪例にこう支配されるまいわゆる取り憑か れると言うんですかえそういうことがない らしいんですねです からマリアというのはもしかしたらこう 両親からそういうまひどい扱いを受けてい たかもしくは本人がですねそういうなんか 変な宗教にのめり込んでいたかえそういう 人であったんではないかとえ想像すること ができます でもう7つの悪例ということですからもう 大変な状況だったということですねえで 本人もまた周りの人もえこのどうにもする

ことができないそういう状況でえイエス様 があれを追い出された時えいろんな話が 残っていますけどもある 少年からえアレを追い出した時にえその お父さんと話したことが書かれてあります イエス様はそのお父さんと話していつから こういう風になったんですかでお父さんは 小さい時からですえこのこの子に取り付い てる悪例はあこのこの子をですね火の中と か水の中にえ飛び込ませようとしてもう 大変なんですという風にこうイエス様に 言うわけですねですからこのお父さんです ねもう疲れて諦め半分でもしこの悪例を 追い出すことはできるんであれ ばどうぞ追い出してくださいという風に 言うんですでイエス様その時もしと言うん ですか信じる人にはどんなことでもでき ますという風にそのお父さんに答えます そのお父さんはそれを聞いてですねえ信じ ます え私をこの子供を助けてくださいという風 に言ってえイエス様はこの少年から溢れを いすていうことをされるわけですねで え火の中水の中に飛び込ませ るっていうのはもう大変な状況だと思い ますで他のところを見ますとえ悪例に 取り憑かれている人がもう人をですね みんなが鎖でえ縛るけどもあその人は鎖を 引きちぎってえ逃げ出すので誰もその人を 繋ぎ止めておくことはできなかったという 風に書いてありますですかおそらくもしか したらこの少年もですねなんかもう危ない ことしないようにえ手を縛ったりとかです ね足を縛ったりえしただと思いますけど もでもそういうのをもしかしたら 引きちぎってですねえもう暴れ回るえそう いう毎日でもお父さんをですね疲れはてて いたかもしれ ないでイエス様のとことに来てえその時 イエス様はですね山の上の登っておられて 弟子たちが残された弟子たちがいたんです けども弟子たちはこの少年から悪例を 追い出すことはできなかったでイエス様山 から降りてきた時にお父さんはイエス様に お願いするわけですね弟子たちにはでき なかったんでもう無理かなと思うんです けどでもできるんだったら悪例を追い出し てもらいたいというような気持ちです ねま本当に 大変な状況だと思いますま私も直接そう いった状況になっている 人を見たことがないのでまたそういった 家族の方と話をしたこともないのでまどう いう辛さ大変さがあるのかってのはま本当 分からない正直分からないんですけども

このマリアもですねなんかそういう色々な 大変なところがあったと思い ますそこからイエス様によって救い出して いただいたということでマリアは他の人が 考える以上にですねイエス様に対する感謝 というかそういう気持ちがあったというの はえ想像簡単に想像できると思いますはい でこのイエス様えごめんなさいこのマリア にイエス様が話しかけられたわけですねで 次に行っていただいていいですかねはい次 お願いしますでえなぜ泣いているのか誰を 探しているのかとイエス様がこの問いかけ たわけですでマリアはですねこの大きな 勘違いをしていまし たイエス様は復活されたわけですねです からわイエス様復活されたと喜んだら 良かったの にそれを信じることはできなかったので マリアは誰かがイエス様の体を盗んでいっ たわざわざイエス様の体にこの行為を塗り に来ようと思ってイエス様に本当に感謝を 表そうと思っていたのにそれがもうでき なくなってしまったと言って泣いていた わけです大きな勘違いですね今目の前に 起きてる出来事は素晴らしいもハレルヤな あもう本当に喜ばしい出来事が起きていた にも関わらずマリアは勘違いをして泣き 悲しんでいたということです でえここ読んだ時にま思わされたんです けどもえっと次に行ってくださいはいで 私たちも同じようなこと時がないかなと 思うわけですで目の前で大きな素晴らしい 出来事が起きているのにこの悪いことが 起きている大変なことが起きた残念なこと が起きたと言ってえ落ち込む泣き悲しむ え そういうことがないかなと思わされますで 私は結構あの悲観的な人間なのでまそうあ 確かにそうだなという風にこう思わされた わけですえ自分の思ったよう に目の前のことが進んでいかないのでこれ はああ悪い出来事が起きているどうしよう 大変だどうしたらいいんだろうかえまある 時は泣き 悲しむこれからどうなっていくんだろうえ 落ち込むああドーンって落ちむっていう ですねえそういったことですけどもえ実は 私たちの目の前で起きていることは本当は 素晴らしい 出来事本当はイエス様が私たちのために 起こしてくださっている良い 出来事え人の目は悪い悲しい辛いことの ように見えてもそれをエとしてくださる イエス様がそれをわざわざ起こして くださったそういうことがないでしょうか

え私たちは目の前のことにですねえ嘆き 悲しみ泣くのではなくってえこのことを 起こしてくださっている許してえくださっ ているイエス様を感謝しますとイエス様は えこのことをさえも良いことのために用い てくださいますえ確かに私の目には悪い ことのように見えますけどもそれは私が 勘違いしているからえ気がついていない からかもしれませんイエス様このことを 起こしてくださってありがとうございます とそのようにえこのお感謝してえ目の前の ことを受け取っていく時にそれが良い方向 へと導かれていくことがないでしょうかと そのように思いますねですからえ聖書は ですねええっと手紙の中テサロニケの手紙 の中でえいつも喜んでいなさいえ絶えず 祈りなさい全てのことについて感謝し なさいえこれが神様がイエス様にあって あなた方に望んでおられることですとその ように語っています え自分の目に悪いことのように見えてもで もこれはイエス様の目には良いことだ イエス様があえてこのことを起こして くださっているという風に受け取っていく ならばえそれを喜びえそれを感謝して そしてえ祈りつつ進んでいくことができる ようになるとそのように信じますえまたえ このイエス様のの死と復活ということに 関してはこの死というのはですね本当に 悪い出来事ですえもうなんか全てがこの 終わってしまったというような状況ですね ですからえこの死というのはですね本当に 悪い出来事ですけどもでもイエス様はです ねえそれを良いことのために変えて くださる復活のイエス様であるという時に 私たちは例ええ色々な出来事がもうえ死で 終わるような何か悪いことで終わるえま 英語で言うとなんか自エンドとかあります けど もそういったことになったとしてもイエス 様はそこから復活させてくださるという ことを私たちは信じて受け取っていくこと ができますですからえっと有名な復活の ことを書いてある箇所ですね第1コリント の15章ですけどもえ第1コリントの15 章は非常に長くてでも復活について色々と 書いてある箇所ですけども復活はあるんだ とえクリスチャンの中信者の中でも復活を 信じていない人がいるけどそれどういう ことだということで復活はあるんだ必ず あるそして私たちはえこの弱いもので巻か れ強いもので蘇らされえくる体で巻かれ口 ない体に蘇らされるという風にして語った 後にえーこの おすいませんえーえくるものが口ないもの

をき死ぬものが節を切る時死は勝利に飲ま れたと記されている御言葉が実現します しよお前の勝利はどこにあるのかしよお前 のトはどこにあるのか死のトは罪であり罪 の力は立方ですしかし神に感謝すべきです 神は私たちの主イエスキリストによって 私たちに勝利を与えてくださいましたです から私の愛する兄弟たちを固く立って 動かされることなくいつも死の技に励み なさいあなた方は自分たちのロクが主に あって無駄でないことを知っているのです からという風に書かれています ねえ私たちはあ復活するものですとそして その復活によって私たちは勝利するもの ですだからどんな働きであったとしても どんなロクであったとしてもそれが無駄に なることはありませんえですからいつも死 の技に励みなさいという風に言われてい ますえ旧約聖書の中にもですねえこの あなたのパンを海に投げようと後になって あなたはそれをこの得ることができるえ これはえこのパンを海に投げ るっていうのがえなんか魚に餌をあげ るっていうことではなくてですねこれは あのえ投資をすることだあの仕事をする つまりえこの海ええごめんなさいえ船に 乗ってですねえどこか別の町にでで商品を あの仕入れて戻ってきてそれで商売すると いうようなそういうえ仕事をするという 意味でパンを海に投げるという表現が使わ れているそうなんですですからまえ神様に あってですね無駄になることはないだから えこの思い切ってですねえそういうえこの 仕事をしていきなさいえこの海っていうの は特に地中海というのはですねえ季節に よってはあの風が強くて嵐になって船が よく沈むえそういう海なんだそうですでも えそういう危険を恐れないでえ船を出して え仕事をしなさいそういう意味だそう ですですから私たちの働きっていうのは ですねそういう意味でもこのえ決して無駄 になることはないイエス様によって全てが が液とされていくっていうことをですね 覚えてえ働きを進めていきたいそのように 思うわけですねえあのま私もですね日本人 ですからよく思うわけですねこれをして 果たして本当にえ意味があるんだろうか 本当にこの効果があるんだろうかえ収穫が あるんだろうかというですねえ身を結ぶん だろうか色々考えるとですね何もできなく なるわけですねええですから私たちはです ねそれぞれま本当に思い切ってですね イエス様が導かれた働きえこれをしていき なさいでそう導かれたならばえイエス様が 導いてくださった信仰を持ってですね進ん

でいきたいと思いますえ最後になります けどもこのあるこのお話ですけどもこれ オーストラリアであったお話らしいんです けどこれは本当にあった話だそうですで あるえこの男性のクリスチャンの方がです ねイエス様のことを伝えようと思ってです ね そしてその時からそのオーストラリアの ある町のその街角に出て行ってですねいつ も同じ場所でえ通りかかる1人にですねえ イエス様を知ってますかあなたイエス様 知ってますかという風に呼びかけていっ たということなんですねえイエス様信じ ましょうイエス様知ってますかイエス様 知ってますかところがその方がえこの ええこのそこをずっと何年かちょっと覚え てないんですけど何年も何年もですね同じ 場所に立ってえそのようにしてイエス様を 知ってますかという風にえこの話しかけて いた時には誰1人としてですねその人の ところに えこの男性のところにですねえ私にイエス 様のことを言ってくださってありがとう ございますえあなたがそうやって言って くれたんで私はイエス様を信じましたと いう風に来た人はいなかったそうなんです ね誰1人ですそれでこの人はもうあの 落ち込んでですねえ自分はイエス様のこと を伝えようと思って何年も何年もですねえ この毎日だったか毎日のようにですねこの 町にあ街角に立ってイエス様を知ってかて いう風に言い続けたけどでもこれ本当に それで良かったんだろうかという風にです ね思っていたというんですえそして確か これこの方がえ入院か何かされてま病院に えこのいたそうなんですけどもその時に なってようやくですねえあなたはもしかし てあの街角でえイエス様を知ってますかと いう風にしていつも話しかけていた男性で はありませんかという風にえ言われるよう になってですねああ確かにそうですでも私 がずっとあそこで話していたんですけどま 誰1人として私のところにイエス様信じ ましたって言いにくる人いなかったんです よっていう風に言ったらいやそんなこと ありませんよねえあなたがあそこで話して くださったので え私はイエス様を信じたという人が私の 知ってる限りでも何人かいますよえという 風に言われたというんですねそしてえ色々 その話が広がっていくにつれてえこの男性 が話しかけたことによってある人はイエス 様を信じてそしてえ後に牧師となってです ねえその後ま大きな教会の牧師として働く 人が出たりまある人は選教師となってま

外国にイエス様も伝えていくようになっ たりえまとにかくです ね直接この男性のところには報告はなかっ たんですけどもでも実はたくさんの人が この男性を通してイエス様を信じるように なっていたということが分かったというん です ですから私たちはですねえあのそれぞれ 与えられた働きがあると思いますけども そして時としてですねえこの身が見えてこ ないえ何にもこのイエス様を信じますと いうような人が出てこない時にですねこれ 本当にやっていいんだろうかえ無駄じゃ ないだろうかもっと他のことをやった方が いいんじゃないだろうかと思わされる時が あるかもしれませんけど もまま時として本当にそういう風に導か れる時があるかもしれませんけどでもです ねイエス様が皆さんにえこのことをし なさいとかこの人にイエス様を伝えていき なさいとかこの人のために祈りなさいとか そういう風に導かれたならばえ信仰を持っ てですねイエス様がこうしなさいと言われ ましたから私はそうしますとそのように ですねそしてイエス様は必ずこのことに 対して身を結ばせてくださいますと信仰を 持って進んでいきたいと思いますそれが イエス様を信じるイエス様を復活を信じる え復活の信仰だとえそのように考えます ですから ええ私たちは信仰を持ってですね住んで いきたいと思いますそしてえマリアのよう にですねえ目のの前のことでえこう 落ち込むのではなくてですねこのことを イエス様は良いこととして今行って くださる行ってくださっていると信じて ですね感謝を持って住んでいきたいと思い ますお祈りし ますイエスは彼女に言われたなぜ泣いて いるのですか誰を探しているのですかえ イエス様今あこの中でまたこの放送を聞い ている方々の中でえこの自分が考えている のと違う状況でそれを泣いていたり悲しん でいたりする方があるかもしれません不安 になっていたりえ落ち込んでいたりえそう いう方もあるかもしれませんそのようなお 1人お1人にイエス様どうぞ声をかけて くださりそうではないとえこのことは私が 行ったことであってえ良いことのために それを今私が行っているとえイエス様 どうぞえ励ましと慰めと力と平安をどうぞ お与え くださいえまた実際に何か大変な出来事が 起きてえ え大変な状況の中にある方お1人お1人の

うちにどうぞイエス様天よりの助けを伝え てくださっ てそれが本当に体の体心の癒しが必要なら ば癒してくださりえまた何かのこの仕事や まだ学校での助けが必要ならばイエス様が その状況から助け出してくださってまた他 にも本当に人には言えないえそういう状況 があるとするならばイエス様がどうぞえ 救いとなり助けとなりえ力となって くださってその状況からお1人お1人を 救い出してくださいますようにお願い いたし ますえこの祈り主イエス様のお名前を通し てお祈りしますメンえそれではそれぞれで ご一緒に祈りたいと思いますお祈りし [音楽] ます ごいますてくさいごいます [音楽] くさい [音楽] ます [音楽] えまた教会まず教会のために祈りたいと 思いますえ教会のお互い強大姉妹のために なかなか集えない方々もいらっしゃいます からえ強められて励まされてえ共にこの 交わの中に歩むことができるようにまた 日本にはですねえ60007000えの 教会があるということですけどもその教会 それぞれの地域にある教会がイエス様の このことを証ししていく教会として用い られていきますようにイエス様が教会を 清めて本当にえイエス様のことを伝えて いくというこの第一の目標に向かっていく ことができるようにえ教会のためにお祈り したいと思いますお祈りし ますの様導のしてくださいさいますように お願いいたします父様どうぞまず クリスチャン1人1人が精霊に満たされえ 極められて思いも心も新しくせられて イエス様の前に歩むことができるように どうけてくださいえこの教会もこのように して多くの方々が交わりの中に与えられて いることを感謝しますどうぞお1人お1人 を強めて守り伝えてくださいえ体の癒し人 方は癒してくださいえどうぞ心が弱てる 方々をどうぞせてください平安を与えて ください体を強めてください入院中の方々 あなかなか来ることができない方々を どうぞ支えてくださいえまたこの長く休ん でおられる方々もありますそれな方々に主 を信仰をもう1度与えてイエス様の身元に 立ち回らせてくださいまたこの日本には 多くの教会がありますえ何10万人という

クリスチャンの方々がいらっしゃいますえ イエス様が皆救ってくったお方お1人お 1人ですどうぞこのようなお1人お1人が その場所その場所においてイエス様のこと を述べ伝えていくと本に精霊に満たされて 天よりの力に満たされてイエス様のことを 証ししていくものとされていきますように お願いいたしますどうぞまず教会を クリスチャン1人1人をえ励まし力づけ 本当に生霊に満たしてイエス様の祝福を 削ぎだす器とえ泉となしてくださいます ようにお願いいたします見ておいて くださいエス様の名前を通してお願いたし ますえまた今週はですね日本の都道府県で いきますと群馬県を覚えて祈りたいと思い ますえ群馬県えのためにえ祈っていき ましょう このええ群馬県にもですね120ぐらいの 教会があるということですえ群馬県覚えて お祈りくださいお祈りしますえ様皆感謝し ます軍馬のために乗りますこの120の 教会また多くのキリスト教の施設え病院え また幼稚園保育園えまたキリスト教主義の 会社えまた書店えまた学校ミッション スクールえ大学やまた中学高校そういっ たその組織がたくさんあると思いますえ どうぞそのキャンプ場色々なものがあると 思いますどうぞイエス様え励まして くださいえ必要を満たしてくださいそして 本当に力を与ええこの働き手を送って くださってえそのような働きがさらに さらに拡大していくことできますように この群馬県に住むえ100万200万の人 たちのとにイエス様のことを届けるえする その働きをなさしてくださいますようにお 願いいたしますこの年24年えこの年の うちにえ偉大な主の本当に伝動の宮がなさ れていきますように選挙の宮が積極的に なされていきますようにどうぞ導いて くださいイエス様がこのおをなして くださいますようにお願いいたしますエス 様の前通じてお祈りし ますえまた世界を覚えて祈りまし小世界中 の方々がええ教会がイエス様によって用い られるようにまた色々な大変な国地域も ありますけどもそういったところでも イエス様のことが伸びられていきますよう に特にまイスラエルにおいて今戦争状態 ですけどもこの戦争状態の中からイエス様 を信じる救い主と信じる方々がえ起こされ ていきますようにまたこの戦争も速やかに 終わりますようにえかなり長期しており ますけどもえ南のガザ地区それから北の レバノンとのこの戦いえこれが速やかにえ 終わっていきますように

え覚えて祈りたいと思います世界を覚えて 祈りましょうお祈りし ます藤様皆に感謝しますあなた皆くさっ ていてありがとうございますえこの世界を 覚えていおりますどうぞまず世界の教会を え励まし力づけてください清めてください 教えてくださいイエス様がえ教えられる 教えを受けてこの世の教えこの世のこのお 風に吹き回しれることなく人間の教えを 人間の教えとして教えるんでなくイエス様 の言葉を述べ伝えていく教会として主がえ 立てあげてくださいますように清めて くださいますようにもう一度リバイバル なさしてくださいますようにお願いいたし ますそしてえ色々な難しいところにあって もイエス様のを合ししていく述べ伝いて いくものとしてえイエス様どうぞ今日感 用いてくださいイスラエルを覚えて祈り ますどうぞイスラエルをお伝えてください 救ってくださいそしてイスラエルに与え られているイエス様のご計画がイスラエル の中に実現していきますようにどうぞ イエス様を救い主と信じる方々をさらに さらに起こしてください働き手を与えて くださいそしてイエス様イエス様のことを 述べ伝えていくものと鳴らしてください イエス様目開かれてイエス様救い主と 信じる人たちを起こしてくださいえガ地区 の戦争また北のレバノンとの戦いまた星願 地区のえ治安維持色々な問題が参席して おりますけどもどしよイスラエルを支えて くださいその政治を極めてくださいえ イエス様を救いの人信じる人たちを起こし てください今戦争の中でえこの働き手があ あの戦争に駆り出されていますけどもその 中で会社や農業やえまた経済え政治色々な ものがえこの えこの回っていくことができるようにえ どうぞそういったイスラエルの国の内部 事情も主が助けて支えてくださいますよう にお願いいたしますイスラエルの中にある 教会をクリスチャンを働き手を主がどうぞ 豊かに豊かに用いてください色々な困難の 中にも私が助けとなりえとなってください ますようにお願いいたします 感謝しますエス様通しておし ますえまたそれぞれえ心を注ぎ出してえ イエス様にえ見前に祈っていきたいと思い ますおりし [音楽] ます あ [音楽] え全ての乗り合わせて主イエス様のお名前 を通してお祈りします

[音楽] あめんえでは信仰告白をいたします今日は 第3日曜日ですので首心情を持って私たち の信仰告白といたします信仰告白私は天地 の作り全脳の父である神を信じます私は その独り後私たちの主イエス 信じます主は精霊によって宿り乙女マリア より生まれポンテピラトの元で苦しみを 受け十字につけられ死んで葬られ読に下り 3日目に死人のうから蘇り天に登られまし たそして前脳の父である神の右にしておら れますそこからら 生きているもと死んでいるもとさかれます 私は精霊を信じます清い行動の教会生徒の 交わり罪の許し体の蘇り永遠の命を信じ ます あンえでは3をしていき ましょう一緒に主は今生きておられるを賛 して祝福の祈いただき [音楽] ましょう主イエス [音楽] は ばか た 十字 に かけ られ [音楽] み はが に 墓 より読み がられ たは 主は 今引きて おれる 我がお [音楽] なれ 全て は主のみてに ありすの息を主がおら れる主は 今主は 今聞きて おれ [音楽] 我が に られる 全て

は主の命に あり あも息 主がおられ明日も行きよ主がおら れる もく よ主が [音楽] 祈りしますどうか平和の神ご自身がが あなた方を全く聖なるものとしてください ますよう に主イエスキリストの来臨の時責められる ところのないようにあなた方の霊魂体が 完全に守られますように主イエス様のお 名前を通してお祈りします メン he

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