【松本清張研究】明治史に残る疑獄事件「藤田組贋札事件」に松本清張が挑む!|第一部「相模国愛甲郡中津村」

【松本清張研究】明治史に残る疑獄事件「藤田組贋札事件」に松本清張が挑む!|第一部「相模国愛甲郡中津村」



こんにちわ【松と森】です。
【松本清張研究】の第3回目は、明治史に残る疑獄事件『藤田組贋札事件』に松本清張が挑んだ二つの作品『相模国愛甲郡中津村』と『不運な名前』です。
今回は、その第一部『相模国愛甲郡中津村』です。

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近代日本人の肖像

〈使用音源〉
DOVA-SYNDROME
【時の残影】 written by のる

こんにちは松戸森です松本成長研究の第3 回目は明治市に残る義国事件藤田組監察 事件に松本成長が挑んだ2つの作品相模の 国愛軍中村と不運な名前です実際に起こっ たある事件に対する松本成長の2つの典型 的なアプローチをこの作品で見ることが できます相模6国愛軍中村は1963年 昭和38年1月婦人高論臨時蔵官号に掲載 された短編で個人的にかなり好きな作品 ですまずはあすを紹介し ますくも迫ったある日物語の語り手である 小説家の私は行きつけの書店で度々顔を 合わせる老人から言葉をかけられますこの 老人は古書というよりも古い石徳それも 明治期のいわゆる偉人と称される人たちの 筆跡に興味があるらしく私はガラスケース すれすれになるくらい目を近づかせて筆跡 を眺めている老人の姿を度々目撃してい ました老人は私が今ある雑誌に連載して いる明治初期を扱った小説をを知っている ようで話題は明治11年に起こった藤田組 監察事件についての話になり ます藤田組監察事件とは明治11年12月 頃から大阪京都兵庫岡山広島山口熊本 鹿児島各地の税金の中から眼蔵された二円 札が発見された事件でありその元造紙幣は それまでの元造紙幣よりもはるかに成功な もので図案の中のトボの足が1本立たず そのトボの足も400倍の顕微鏡にかけて やっと分かるという風に言いはやされた ぐらいでしたこの元造紙幣を製造したと 世間に噂されたのが朝終発との癒着から 成南戦争によって膨大な利益を上げた 藤田組でし た当時の政府は大久保俊道西郷高森を続け てた殺派は意沈としており伊藤博文山形友 井上などの朝罰が抜こしており1人第3 勢力として肥前の大く茂ノムが長州派に 向かって小群奮闘という状態であり世間で は警察方面に固まっていたさの残存勢力が 監察事件を後期として徴集系の政治家と 淵田組との草炎を暴こうとするサハによる 長終発に対する巻き返しだと噂されました 捜査の中で藤田組の反抗を証言する密告者 が現れその教育をもに明治12年9月15 日の未明藤田組の藤田伝三郎中野五一らは 捕獲されますしかし藤田組からは神殺に かかる証拠はなら得ることができず同年 12月20日証拠不十分のため釈放となっ たとという事件ですその後監察の新犯人と して神奈川県下に在住する学校熊坂長安が 逮捕されましたしかし警子局による藤田組 への取り調べの内容はほとんど世間に 知らされないまま依然として徴集罰との 癒着を疑われている藤田組に対する世間の

疑惑は晴れずその後も色々と噂が高く明治 士における1つの謎となっています 老人から未だ大になっていない大く茂信の 石徳を見に来ないかと誘われていた私は 神奈川県愛光軍相川町の老人の元へと 向かいます老人は所蔵している石徳の中の 1つを差し出しその古い封筒の裏を私に 見せますそこには相模の国愛光軍中村6番 地熊坂長安と記されていました老人は監察 事件の犯人熊坂長安は老人の祖父中村 清太郎であることを告げ熊坂長安犯人説が 成立しない防止を判決分の不美や事件の その後に起こったいくつかの不思議な事実 をもに示します私はこの老人の言うことに 頷かないわけにはいかなかった確かにこれ だけの大事件に熊坂長安1人が犯人として あげられたのはおかしいまた聞いてみると 判決分の不も何か糸が隠されているように 思える老人は私の迷いを知ると初めて さっきの手紙の表を見せたするとその封書 の表の文字が大くさぎ様としてある私は目 を向いたこれがこの事件の万事を解決して くれますよそう言うと老人は今まで私の目 から遠ざけていた古い石徳類を全部私の前 に押し出した老人の話は次のようなもの でした大く茂信は三菱の岩崎八郎とは修正 濃い関係にあったが成南戦争によって長 終発に深い繋がりのある藤田組が勃興して きた大くは岩崎の三菱紹介を盛り立てる ため神殺事件に引っかけて藤田組を競争 相手から引きずり落とそうと考えた神殺の 本当の犯人は時の大倉教大熊茂信である 通説では藤田組からワイルを受けている 井上香ら朝月が伊藤博文や山形有友らと ともにこの事件を抑え込んだとされている が裏には大く茂の暴力があった大くから すれば審議はどうであれ世間に藤田組の 悪業を宣伝すればよかったのであるそして 事件の消し役として選ばれたのがその時 大くの元に使えていた老人の祖父熊坂長安 であっ たそうしますとあなたの秘婦の方は随分 苦労されたわけですねとんでもないとまた 老人は交渉したあれは裁判記録だけですよ 本人は監獄なんかに行っちゃいません熊坂 長安などと芝居の熊坂長problを もじった本当にふざけた名前をつけたもの です しかし大くさんはやっぱり人情化ですな ヒフを利用したことは心に咎めたの でしょうそれからというものは絶えず親切 な手紙をよしほれこんなにその手紙が 溜まっているんですよ文章を読んで いただくと私の言ったことが分かるはず です老人の話に興奮した私は大金を払って

これらの手紙を全て譲ってもらいます しかし それから1か月ばかり経った頃私は老人が 議KHの専門家であり明治元軍の書を偽造 して各方面に売り付けていたことで逮捕さ れたことを新聞で知り ます私は立ちまち10万円を失ったことを 知ったしかし老人から聞いた話は面白かっ たしことに最後の公文書の資料ほど歴史の 罠になっているものはないという言葉は いつまでも私の心に残った私はその偽大く 文書を鎮ADDして いるここからは相模の国愛光軍中村の中核 となる藤田組神殺事件について詳しく見て いきたいと思います松本成長は前週版にし て22ページ中10ページを使って淵田組 監察次元を説明しています本文中にもある 通りその大半は1929年昭和4年に発行 された小竹武市の明治被義国南国の引用と 当時の新聞基地とからなっています藤田 天郎は1841年店舗12年5月長州犯萩 現在の山口県萩市に手相家の4男として 誕生爆には能上位運動に加わり新作が創設 した騎兵隊に参加したと言われています 今回この動画を作るにあたってその確証と なるものを探しましたが見つけることが できませんでした昭和56年4月後の歴史 読本に掲載されている徴集犯騎兵大使名官 に藤田伝三郎の名前はありませんしかし 公爵山形有友に近定されたこの大使名は 明治2年11月の騎兵隊解散時の原因を 載せたと考えられているもので藤田三郎の 名前がないのはそのためだと思います しかしどちらにせよこの頃から藤田伝三郎 は木戸高井上香山形有と関係があり本文中 義国南国から引用された人文長所には旧来 のであると記されています藤田郎は後の 明治2年12月兄の藤田鹿太郎久原小三郎 と共に軍製造業藤田電郎勝者を設立これが 後の藤田組の始まりです明治6年5月井上 香が小沢道山汚職事件によって辞職その 翌年の明治7年1月には井上香が設立した 貿易会社先週会社に藤田伝三郎は参画して います 明治8年12月井上香が関係に復帰すると あ年の明治9年7月には先週会社東京本社 を母体として三井物産会社が発足9月には 藤田組が先週会社大阪死者の事業を 引き継ぎ先週会社は解散同年12月元山口 県令の中野5一が藤田組に参加しますこの 齢というのは現在の県知事にあたり中野 5一を建礼として抜擢したのが大倉シ時代 の井上香です明治10年1月成南戦争が 勃発するとこの戦争で軍の需要は増大し 結果巨大な利益を得た藤田組は三菱と肩を

並べるほどになりますこれは長州出身の 藤田伝三郎と元山口県令の中野五石とが 伝三郎と友人関係にある伊藤山形井上調圧 の体感と結託したための営業発展と世間の 目には移っていました特に自由民間運動家 が藤田組の急激の発展の裏には懲罰玄関と の集関係があると唱えていました成南戦争 が終わった10月自由民間運動を 取り締まっていた大士川俊義は彼らの口 からこのことを聞きその真相を確かめる ため佐藤史郎権代警部に藤田組藤田伝三郎 危険の交換と愛結託して商法をAの件を 持って探索を命じますこの頃から大阪異性 の各地の税金の中から元造紙幣が発見され ます11月27日大倉省水藤局長伊藤武は 印刷局長徳介の鑑定をえて局へ探索を依頼 時の大倉大茂信は機密費の中から捜査費 3万円を大士川路俊義に渡しています明治 12年1月警視局は捜査活動を開始前年の 12月に欧州への出張を命ぜられていた 大士河俊吉は捜査主人に中継士安藤匿名を 担当させます当時の大阪府知事渡辺登りは 藤田伝三郎と密接な関係があったためこの 捜査は大阪府警察部にはら知らせること なく極ヒのうちに行われました6月23日 クアの海春繁治穂が光国者木村新三郎と 会見その密告の内容は藤田伝三郎は井上香 と図って井上がヨーロッパ純友中に フランスとドイツの2国の業者に紙幣を願 させ日本に送りそれを藤田組の営業の資本 としたというものでした井上香は明治9年 6月から明治11年7月までアメリカ イギリスドイツフランスなどを外遊して おりその時期も密告に矛盾しない桑野半事 保はすぐに東京に行き中継士安藤匿名に 報告します同年9月15日未名権代警部 佐藤史郎のにより藤田藤田組支配人で大阪 商会議所副でもある元山口県中野5一 藤田組売買長で伝三郎の実淵田鹿太郎手代 で伝三郎の追いである藤田達之助手代大阪 鎮台詰の新山幼児横浜店長野 長一郎の合計8名を捕獲堺県南州事内に 設けられた臨時取り調べ書へと連行し同時 に藤田組本店関係銀行の大加捜索が行われ ました10月13日陽光中に山井にかかり 帰国した大形士川俊吉が死去河俊義は元殺 半市で母神戦争に出世規範後は兵器業に 昇進し明治4年には東京府大属となりその 後司法省の初代大士後の警視総官に昇進し 日本警察の父と呼ばれた人物ですが藤田組 の捜査が始まるや欧州の警察制度取り調べ のために出張を命ぜられ藤田組事件捜査の 校長期に日本を離れイギリスで病にかかり 地を吐き帰国してすぐに死んでいますこの ことについて表面ではヨロの警察制度調査

ということになっているが本当のところは 井上が外国で元を製造させた疑いを調査 するのが目的だったとかあるいは井上や 山形といった徴収罰が川路を捜査から 遠ざけついに毒を持って殺したと世間に噂 されました10月16日藤田伝三郎と中野 五一は東京へご19日橋の警視局別館に 入れられ小形士別府陰道はめ2名の警視保 と2人の検事の立ち会いのも取り調べが 始められましたこの間の問答について松本 成長は小竹武の明治比し義国南国をほぼ そのまま引用しています12月20日一同 証拠不十分のため借方この結果中継士安藤 匿名は責任を問われて面となり以を上権代 警部佐藤史郎は海面官密告者である木村 新三郎は議商罪に問われて懲役70日こう して結果は藤田組の圧勝となり警子局側の 惨敗に終わりました明治13年1月には 東京日日新聞に藤田組総代久原小三郎の 名前で藤田組無罪御礼広告が出ています3 月如として元兵犯人として熊坂長安が謙虚 12月中野5一が藤田組を代謝明治14年 1月淵田連座郎勝者が従来の勝者を組合 組織として控訴して淵田組に組織がえ同年 10月明治14年の編によって大茂が明治 政府から追放明治15年9月20日坂長安 が元造製造同行子容疑で逮捕12月8日 神奈川駐在裁判書において熊坂長安は無期 時計に処せられますその時熊坂長安は38 歳でした明治16年熊坂長安は控訴するも 大新院で上告が棄却され10月24日判決 が確定しましたここからは老人による熊坂 長安冤罪説の防Proを見ていきたいと 思います最初に明治15年12月8日 神奈川駐在裁判所における裁判言い渡し書 を引用し ますその法義明治10年2月頃より内国 通用二円兵を偽造戦と発意しついてこれを 偽造し再来優等に万遊にその他諸々行使し て本年に至りたる事実は司法警察官の長所 予係りの長所座軍田村平民鈴木熊五郎が 始末書及びその方の自宅に現存接し偽造 紙幣並びに偽造のように教子またはその ように共すべきものと認めたる器具容姿等 の十分なる商標により認定せられたりよっ て刑法第182条諸行に照らし無き時計に 処すただし犯罪のように強したる器具は 警報第43条により2円偽造紙幣815枚 は同第43条第44条により没収し要し その他16品は カプス防止1偽造された紙幣の原盤は銅板 に彫刻されたものを使用しているがその ためにはまずは銅板を掘りその銅板から 原盤を取ってサパを作りそれを機械にかけ て印刷しなければならないその技術が成功

であればあるほど技術は分離されていか なければならない400倍の顕微鏡にかけ てトボの足が1本足りないということで やっと偽札と判別がつくというくらい成功 なものを熊坂長案1人で全ての作業を こなすことは不可能である防止2加えて 熊坂長案は学校と言っても何がの絵かきで ありとても成功な銅板を掘るような技術は 持っていなかった防止さ判決分には紙幣を 製造するためのいたの機械や陰気のことに は一切言及されずただその他16品という 曖昧な表現になっている同様に紙幣の容姿 にしてもただ容姿と書いてあるだけでどの ような紙質なの 全く不明であるまた元は京都大阪異の各地 で発見されているが判決分には優等に万遊 にその他所書行使したと書いてあるだけで 熊坂長安がどこを回ってどのような場所で 何円使ったかということには一切触れてい ないこのような判決分の不には何か意図が 隠されているように思える防 4前の暴だけでも熊坂長安が犯人でない ことは明白だが藤田組神殺事件には他にも 不思議な点が存在する大阪の半事保クアの 海春に密告をした木村新三郎は明治9年 10月に藤田組に雇われ藤田組の中で かなり重要な位置にいたにも関わらず成南 戦争後の12月に突然解雇された人物で あるその木村三郎は後義象罪として懲役 70日に処されているが出てからはなぜか 警察関係のところを回っているするとどこ でも彼を狂人扱いにして追い払っている つまり片方が避けているこれには何かの 理由がありそうであるまた藤田組の中心 人物である中野五一は明治13年12月に 藤田組を代謝後熊坂長安の刑が確定する1 月前の明治16年9月19日大阪の自宅で 謎の良住自殺を遂げている衣装は ない相模の国愛軍中村は個人的に全ての 成長短編の中でもベスト5に入るほど好き な作品ですがその魅力の1つは語り手で ある私が松本成長自身とダブることです まるで松本長によるエッセのように始まる 本編の最初のところにある雑誌に明治初期 に材料を取った小説を連載しているとある のは相模の国愛光軍中村発表の前年昭和 37年に文芸に連載していた象徴の設計が 当てはまりそう ですちなみに象徴の設計は明治11年から 明治20年までを山形有友の地点から描い た歴史小説ですが藤田組監察事件について は触れられていません他にも私のような 職業の常として何か世間に知られない資料 を使ってみたいという気持ちが動いている とか明治11年から156年の間と言うと

大くの生涯でも重要な部分である明治士の 上でもこの辺が最も面白いなど松本成長の 素の部分がさりげなく挿入されている ところも魅力の1つですそして 物語冒頭のきっかけ部分から歴史的背景の 説明に入っていくという構成は前回の動画 の立遂行と全く同じで歴史的事実を元にし た作品における松本成長の18番と言える と思いますこの導入部の面白さと結末の 落とし方が気が効いていてあまり有名では ないですが天田の成長短編の中でも傑作だ と思い ます長は作家になる前朝日新聞西武本社 広告部に務めていますがさらにその前昭和 3年から昭和12年2月までの期間松本 成長は印刷書に努めており印刷に関して 人波以上の知識があったはずです昭和49 年発行の松本成長全集38巻の後書きには はっきりと熊坂長案は事件の犠牲者だと 思っていると記しています老人による暴 Hiの中で語られたその技術が成功であれ ばあるほど技術は分離されていかなければ ならないというのは松本成長自身の経験 から当然に導き出された確信的なもの でしょうすると誰がもしくはどのような 組織が成功な監察を作ったのかという疑問 が残ります相模の国愛光軍中村では大く ノムがその黒幕とされていますがこれは もちろんクションで新相の裏にもう1つ 仕掛けがあったという松本成長のトリック であり本作の山場でもあります相模の国 愛光軍中村が収録された婦人高論臨時蔵官 号が松本成長責任編集推理小説特集号で あることを思うと今作は事件の真相追求 よりも話の面白さに重点がれていたのでは ないかと思います昭和39年の単行分化に 際しても大きな過失や訂正がないことから も婦人行論臨時増官合掲載の第1項は松本 成長自身完成系に近かったと思われます ここで松本成長全集第38巻の後書きを もう1度見てみたいと思います相の国愛軍 中村は明治11年に 有名な藤田組殺事件を背景の材料にした この事件には前から興味を持っていて本格 的なものを書こうと思いながらも結局は こういうことになった熊坂長安というのは 村では小夜の家柄らしいが事件の犠牲者だ と思っているこの事件はさバが淵田伝三郎 中野5一の背後にいた山形友井上らの長罰 に対して大士川路俊義を使っての攻撃で あった最後高森が滅した直後に起こった ことに意味がある山形は最後討伐の軍資令 官だったがこの事件で一時は危なかった 事件中の川路の外遊と休止を山形の陰謀に 結びつける噂があったがまんざら理由の

ないことではないここで熊坂案はの犠牲者 であり事件は山形友井上の長罰に対して 大士川俊義を使っての攻撃であったと松本 成長は自身の結論を描いていますしかし この淵田組監察事件についての松本成長の 関心はこの後も続いていて次にこの事件に 触れられたのは昭和39年発表の昭和市 発掘の第1話軍密問題の次の1節です山形 有友も藤田伝三郎という長州出身の正勝と 結んでいた明治9年に有名な藤田組神殺 事件が起こっているが山形が背後にあって 藤田を助けた今日山形定跡であるメジの 金山層に国宝の5の塔が観光用に強制られ ているがこれは山形没後その屋敷を買った 藤田伝三郎が持ってきたものである今金山 層が藤田観光の名になっているのもその 因縁からだここでは山形が背後にあって 藤田を助けたと記してい ますそして相模の国愛光軍中村から18年 後の昭和56年藤田組神殺事件についての 本格的な交渉が展開される作品風雲な名前 がオール読み物に掲載され ます最後までご視聴くださりありがとう ございました次回藤田組監察事件第2部 ふー7名前でお会いしましょう松と森でし [音楽] た DET

23 comments
  1. 面白い!とてもクォリティの高い動画ですね!
    しっかりと「人」がナレーションをしており、読み間違いもない。題材も素晴らしい。
    今後も応援しております。また見に来ますね!

  2. 当時の大蔵省が作ったかも。
    幕末ー明治は偽造謀略お盛んでしたから。錦旗の御旗は西陣で作られた新物とか、作ってなんぼやけど、薩長土肥は天下取りに利用しました。

  3. この作品は 知りませんでした、なんか雰囲気ある語り口で 楽しめました。

    後半も 期待します。

  4. 松本清張の小説は、かなり読んだつもりですが、この事件の事を書いた小説を初めて知りました。西南戦争の裏話にこんな事があったんですね。しかし、昔の政治家の写真を見ていつも思いますが、目つきは厳しいですね
    😅写真を撮影する意味が違うかも知れませんが😅
    現代の作り笑顔の写真より、いいですね。

  5. 面白い話ですね。国の機関にまだ「川路」姓の人たちがいます。恩人を殺しに行った、川路の罪深さ。

  6. 「淡々とした語り口で視聴者の興味を引く内容を語る」というミステリー解説にふさわしい動画ですね。

  7. 山田風太郎の『警視庁草紙』の下巻にこの贋札事件が出てきます。ネタバレになるので、その先は本編をお読みください。松本清張は読んだことがないですが、動画がやたら面白かったです。

  8. 中津村に隣接する愛川町は、旧陸軍の飛行場があった所です。

    1960年代になり、高度経済成長期にこの地に工業団地が造成

    されました。私の周辺には、物語に出て来る名前の家系の人が居ましたが、

    同姓の人が多いため屋号で呼んでいるケースが多いようです。

  9. 面白かったです。松本清張はその昔母が大好きでした。次回を楽しみにしています!

  10. いやはや、素晴らしい構成ですね。
    あの藤田観光が🎉
    そうでしたか!
    それはそうと、表紙の別嬪は、松尾嘉代さん?

  11. 曾祖父 ひそふ ではなく そうそふ です.この読み違えの場所から,こりゃダメだと思い,聞くのをやめました.

  12. 「藤田組贋札事件」のFBによる解説は格調高く、素晴らしい、の一言です。明治以降の政商の成立動機と政府との関わりの一見不条理な構造を、順々に腑分けして行く、松本清張の筆捌きは、読み手として、胴震いを感じます。今更ながら、清張の文筆力に驚嘆、物書きの根性を感じました。

  13. 大変詳細な解説をありがとうございました。私も松本清張の作品解説をしていますが、次回の参考にさせていただきます。

  14. なかなか興味深い内容でした。今も昔も権力争いは醜いものですね。しかし、昔から長州者は嫌われていますな(笑)

  15. 中津は今でも多いんだよね、その苗字の人。
    〇〇さん、というと「何処の〇〇さんだよ?わかんねぇよ」と言われるくらい。

  16. 素晴らしい動画でした。清張ファンを自認してますが知らない作品でした。図書館に全集があるので第2段が出る前に「不運な名前」を読んでみようと思います。
    続編楽しみにしてます。

  17. 非常に興味深い、動画ありがとうございます!
    次回もお願い致します。😊

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