国立国際美術館で2023年6月24日から9月10日まで開催された「コレクション1 80/90/00/10」の関連イベントとして、8月20日に行われた村上隆氏と篠原資明氏による特別対談のアーカイヴ(後編)です。
登壇:村上隆(アーティスト、本展出品作家)、篠原資明(哲学者、詩人、美術評論家)
撮影・編集:越智正洋
制作:国立国際美術館
コレクション1 80/90/00/10
https://www.nmao.go.jp/events/event/collection20230624/
なかなかいいね力強い言葉でここでま じゃあスライドそうですね言ってもらった じゃあこれのスライドはいどうぞえまず これ今日今日のトークのあれですけどあの まこの作品をあの修造していただきまして あの感謝しておりますと日本以外の世界確 のアート会でのと日本のアート会での 気ぶりとの落さには苦しんできましたので 今回の件はこさ考え深いこれ本音なんです よありがとうございましたあの修造して いただくことを決定してくださった方々 ありがとうございますねはいでですねえ どうぞ今回その購入していただいた作品の 説明ということでえまそこに至るまでの話 をスライドでパラパラっとまとめました はいこれがあのさっき言った新幹線から 見える看板なんですねこれ多分あの新幹線 乗る人はあの東京までの間に20枚ぐらい あると思うんであの東北の方に行く時も 大宮にでっかいのがあるんで新幹線を マーケティングにしてる多分だからあの ちょっとこうなんて言うんですかねえそう いう一般人じゃなくて あのパーマ屋さんとかそういうこう発点 みたいなところのプレゼンテーションなん で独特なマーケティングがあるんでしょう ねこれはいえまプロジェクト護を制作する ために大阪に新学さで通ってたことがあり ましてはいこれこれこういうのをま大阪の 海洋道っていうところで作ったんですね はいま廃線後の昭和のリアルアメリカへの 強すぎる統計を感じたとまその多分ボー イングっていう飛行機会社の747である とかそういったもの の数字から多分タンを発してああいう多分 ハからなネーミンググっていう風で社長は つけたんじゃないかなと思ったんですね はい えそうですねあこのあはいはい次 どうぞでですねえっとえそれを感じてはい ましたけどその前に遡ることでえ僕大竹 新郎さんの展覧会を見て えそれまでは日本が大学の日本がにいてえ 将来は宮崎さんの下で働こうと思ってえ 背景の仕事でもするかと思って修行してた つもりだったんですけど大竹新郎さんの 展覧会を見ても気持ちがガラっと変わり ましてこれ現代美術面白そうだなと思った んですね多分これだからその年にも1年 発起してやった展覧会だと思うんででえ 当時自分の現代美術の先生はですねえ今え 東京芸大の教授の中村正斗さん僕より年が 1個か2個下の方なんですけどその人と あと岩手の方の美大の教授の祝茂明さんで あとミラノに住んでる広瀬哲さんとこの3
人がですねえ立川美術学院って予行で同僚 だったんですねえ全員年下なんですけど その人間たちからま彼らは現代ビーをやっ ていたので現代美術って何なのっていうの を聞いて色々これを読めあれを読めってっ て全部色々読んだりえそれであの毎週1回 か2回ぐらい飲み屋にみんなで行ってあの 色々質疑を通してで勉強していくうちに どうもその自分が思ってる個人的な思いっ ていうのがま1番大事ででそのそれをこう イラストレーションするのが現代美術なん だよっていうのをだと思ったんでそれを やった1回目なんですねで最初の段階でえ もう最初のそのポリリズムに通じるような えタミヤのプラモデルをメキした作品それ を名の板に貼ったりしてで下の方には絵が 書いてあってなんか水平線があるんです けどあのままだ見ぬこう不安なあの海の 向こうみたいなイメージでえ表現してたん ですけどねあのちょうどえっとこれ使った え兵隊がアメリカ兵のノルマンディ上陸 作戦のあのコの兵隊だったんでそういう 意味でロールマンディ上陸作戦の時の海の 水平線みたいなことも自分の頭の中であっ てそういうのをま実験的にやった作品で 作品だったんですね はいでえっととま芸大の博士家庭ま先生に お世話になるなり始めた頃かなにやった 展覧会をその芸大の中の展示室でやらして もらいました はいま あのまこういう展示その発表店の時に展示 したことないととろを使わせてくださいっ て言んで学校に色々交渉したりしてやった んですけどま置いてるもんはプラモデルな んであのみんな巨とした感じでえなんか 対応してくださいましたけど はいあのまま本当にえ当時からもう スタッフたくさん使ってお金も使ってえ 作品作ってました はいまこういうタミアのあのプラモデル メーカーのタミヤの兵隊ノルマンディ上陸 作戦の時の米兵ですね はい このあの船の上にポカリスエットをビっと こうぶちまけてあの何がしたかったのか よくわかんないですけどあのなんか現代 日本の社会とはなんぞやみたいなことを 言いたかったんでしょうねはいでその ポカリセットがですねこれ全然あの 全部これ底がちゃんと防水になっておらず べちゃっとこう全部透けちゃってこの館内 の床びちょびちょになってあの2階の方 まですごい大きなができてすごい怒られ ましたはいまこういう大きいあのFRPの
ま当時でもあの世の中はバブル経済まった た中で僕もあの芝浦ゴールドドっていう クラブとかであのエラインターナショナル ていう会社に雇われて本当にあの 267歳の僕に何千万もお金を預けてくれ てそれであの内装工事とかをやらしてたん ですよねそういうことをまみみでやってた 時期だったんでまそういったこうなんて 言うんですか外壁を作るのにはま ディズニーランドもちょうどできてたこ だったんですけどディズニーのバイトも やっていてあの政策の岩とか全部FRPで FRPっていう合成樹脂で作ったんでその 合成樹脂を絵画に見立てた作品っていうの を作ったんですねはい次どうぞでちょうど この当時まUてもですねえ外に出ていけ ないなっていう思ってたらワタリウムが ですねえゲトミュージアムのドクメンタを キュレーションしたヤンフードさんを連れ てきたんですねはいで連れてきてえま あのワタリウム美術館もできたばっかりで あのヤンフートのキュレーションの展覧会 をやっていてそこに若しと呼んで何人か 選んでえヤフトが選んだ作家店みたいの どこだったか日本海岸のどっか金沢かどっ かでやってくれたんですよねでそれでま 言ってみればあこれで僕デビューしたよう なもんだと思いますこれであの色々な人に 知れ渡ったような感覚でした はいえでまヤンフートに選ばれたあの前後 してちょっとどっちが先だったか覚えて ないですけどでも今回スライドまとめてて 思ったのは多分ヤンフートに認めれたんで これ自信持ってやったんじゃないかなと 思うんですけどあのちっちゃい銀座の ギャラリーアリエスていうところでえその 兵隊の作品のジリとタミヤのマークだけの 作品ってやったんですねさっき72なと 同じでやっぱりアメリカの国旗とか アメリカをがやっぱり追いつけ追い越せな まあ太平洋戦争でも負けた国でもあります しアメリカっていう自分たちをはるかに両 がする国に対する同形だったりま愛蔵だっ たりっていうのはえ当時の日本の僕らの前 の世代の日本の文化にはすごく強くあった と思うんでそれをまあの自分の方にり 取り込んでえ自分がまなんか楽しんできた あの戦車のプラモデルにもそういった政治 的あと そのま戦後配線を体験した人間のま日合 みたいなのがあったのかなっていうので こういう作品を作っておりました はい はいまそれでえその戦争と日本っていう ことを考えていてえそういうのをテーマに
してたんですね最初はでランドセルって いうのもえちょうど明治心が起こった時に えオランダからそのまいろんなものを輸入 してえオランダっていうかドイツと フランスから戦術を輸入してたらしいん ですけどその廃のに関してはえオランダの 廃のっていうのがランセルっていうこと だったのかななんかそういうのでそれで ランドセルになったんだよっていう話を なんかで読んだ今だったらウィキペディア とかで色々パッと出てくることでしょう けどでそれにインスパイアされて えまランドセロ その 当時ワシントン条約っていうのがま結構 取出されていたいた頃でえ新宿駅にいた時 に駅のホムにですねいっぱいビラが置かれ ていて えパンダ えと虎何でも川ありますっていうチラシが いっぱい置いあったんですよそれでその チラシ持って帰ってあの電話してパンダの 川くださいって電話したんですけどあの もう売り切れたって言われたんですねほん であのじゃああの何があるんですかあの ぜひやいたいっつったらバチって切られ ちゃったんであのなんかあんまりガッツの ない業者だなと思ってでそれで色々調べて たなんとあの比較業者まあの変な話 やっぱりこう日本の社会の中における ヒラルキーっていうのがまだあって やっぱりこうそのこういう比較業者って いうのはま首脳交渉得た日にはあるとか ないとかって色々意見はありますけれども でも再下村の人たちがそういった顔を なめす事業をやっていたとやっていると そういうのでえ調べていくとですねなんと 驚くべきことに芸大のすぐ隣がですねその そういったゾーンだったんですねあの比較 屋さんがありましてえそれは言ってみれば その戦後敗戦後にえあのあの辺がドヤが ドヤになっててそのどどうやって言うのか ななんかそのまドサさでにそこについた人 が土地を持っていてそれが比較業者として 芸大のあの音楽島のすぐ隣にあったんです よ今もあるのかもしんないですけど立派な ビルが立っていてでその方たその方にえ 色々その日本では手に入らないような ワシントン条約の違反してる川は手に入れ たいんだって言ったらあるよって言って それであの色々出してきてくれたものと パンダないんですかパンダはないねって 言われてでなんかクジラのあの川とかどう ですかたらクジラの川はあの我々使わない んでないけどいいとこ知ってるって言われ
て埼玉のなんかすごいオチですねえっと なんかそのクジの川を日本でなめして中国 に下ろしてるっていう業者を紹介してくれ てそれであのその業者にに買いに行ったり ま色々そのこういう作品1個作っててあの アイデアはすごくシンプルだったんです けどなんか社会の裏側を色々体験できて 面白いなと思ったようなのはこのアザも なかったアザもありますはいアザはあの 合法でしたね当時は当時は合法でした コブラとえっとえっとカバカバあが違法 でしたねカバが違法だはいあと像も違法 だったと思いますゾ像もあのネズミ色のは 像だったかな ああでそういう違法なものを売っていいん ですかつったらえだって流通してるしって そのおっさんが言った言ってたりしてま そういう社会の表と裏みたいなものをこう このこういう作品を作る時にま学んでいっ たんですねはい次どうぞこれはまあ牛皮の カです次どうぞでそん時にえまこん時に ですねえ日本の芸術と言うたらそれは漫画 やろうと思ってでで特にそしかもその漫画 の中で1番アグレッシブなのはお笑いお 笑いの漫画だろっていうんで赤塚男さんの え天才バカボンの賛成の反対なのだって いうのをテーマにしたんですねつまりあの でもこれをまそのイラストレーターの末画 さんていう方に書いていただいたりして マイクケリーのマイクケリーっていう アメリカのアーティストが日本のウルトラ マンのケロニアっていうのを書いてたのを え当時セゾミュージアムがアメリカの 西海岸店っていうで持ってきてたんですよ それと同じサイズそれと同じフォーマット に吸ったんですねでもあの誰も気がつかれ なくて寂しい思いをしたんですけどあのま 要するにそういう海外から来ている現代 美術のフォーマットを載せて日本の リアリティを表現しようと思った作品と そのさっきの比較の作品を同時に並べてま とにかくなんかこうあの自分があの日本の 現代美術会で立目立たなきゃいけないって いうことを必死にやっててたこだったん ですねはい次 どうぞでこれそのわずか3ヶ月後ぐらいか なあのレトゲ芸術研究所っていうのができ てそん時にやった作品なんですけど ちょうど篠原先生にあの注目してもらった のあっちにあるこうカーのピピピピって アクリルのやつ次のどうぞこのあのあそこ のアクリルの作品のシリーズを先生に チョイスしてもらってさっきのベリーにの おかしたっけうんベリーのオカギャラリー で展示していただいたかと思いますこれ
うんこれをはい展示してレイチェルと書 そうですそうですそれもあのこれカタリナ フリッチの作品のパクりなんですけどそう いうカタリナフリッチとかをまみんなその 僕の先生であったあの東京芸大の現代美術 先行してる連中はもう神様みたいな感じで うって言ってたんですよねで僕はいや言う てもそんなあの片のフレッチなんか知らん しみたいな感じで自分がでも色々培ってき た情報っていうのはアメリカのま映画だっ たりとか日本のオタク映画だったで レイチェルっていうのはあのブレード ランナーのレプリカントのあの名前なん ですけどちょうどデビューの展覧会の時に やったあの作品の1個に6っていうのが あるんですけど6っていうナバーがこれ ネクサス6でまブレードランナーのその サイバーパンクの世界っていうのが当時は 自分にとってはすごく大事だったんでま そのブレードランナーのなんて言うんです かね1つのアイコンとしてレイチェルって いうのをやってで中心にあるそのメンタ みたいのはその映画からキャプチャーして レイチェルのメンタをコピーしてピッて シルクスクに吸ったんですねで放射場の ものは何かって言うと当時あのえアキラっ ていう漫画があってそのアラの出てくる う進行宗教 の後ろにあるのが結構放射場のアデコ調の あのデザインだったりしたんでそれをま 載せたりしてまよくわけのわかんないこと やってましたまでもこれにま先生が ちょっとねあ引っかかってくれてまこれ あのでも当時からも爆売れしてあの初めて 1000万以上のお金を得たんですねはい 次 どうぞあのこの大きい作品そのものは売れ ずにあの破棄しまし た次どうぞで中村と村上っていうのはあの さっきっ中村斗さんと一緒にやったりし ました はいまあの色々サブカルチャー日本の サブカルチャーオタクカルチャーと現代 美術の文法っていうのをミックスさせる ような作品を作ってたつもりです はいでこん時にまさっき言ったドボちて ドボておしまべっていうそのなんかこれは バーバラクルーガーだったりとかジェニ ホルツの作品をですねえ多くの日本の現代 美術作家が真似してスペルを間違えて いっぱい英語を書いた作品が随分あったん ですねでそれをま僕も意味は分かりたかっ たんで辞書調べたらスペル待合がたくさん あって恥ずかしいなと思ってそんな 恥ずかしいことするぐらいだったらユリ
とるや田舎大将のバカなロゴでもやって 外人に煙にも巻いた方がよっぽど効果が あるんじゃないかっていうんでやったのは これなんですね はいまこうパフォーマンスもやったりして その現代美術を辞退するってこやってまし たけどまここに全部だから当時のあの自分 がやったヒロポンであるとかヒロポンはま あのヒロがポンと飛ぶ配線後のまえなん でしょうねドラッグですよね黒沢明とかが 上用していてそのヒロポンを打ちながら 映画を作ったっていうのが日本の文化の やっぱりま戦後の文化の発症だったりした んでまそれ も色々と詰め込んだつもりでしたはい次 どうぞでこれがさっき白先生が解説して くださったdoobの1番最初の頃のもの ですね はいでえこのさっきのあれはね名古屋でて なやったんですけどスコブル評判が悪く みんな何がなんだかさっぱり分かってくれ なかったんでえ当時僕はなんかとても評判 が良くですですねあの合唱さんたちから 引っ張りだこであのこっちでやってくれ あっちでやってくれって言われてえ後に 小山富男ギャラリーのオーナーになる小山 さんがあの白テンポラリアで働いていて そこで古典やらせてもらいましたそん時に 今につがるドブ君の日型を全部配置しまし た はいはいまさっきね先生も可愛いっつった けどこんな感じでたねどこが可愛いん じゃっていう感じですけど はいであのこれだから727のあの1番 最初に書いた作品こんな感じで アシスタント23人雇ってやってました けど本当手書きで時間もなくてえこの77 の1番最初の作品は1週間ぐらいで 作り上げたと思いますはい次どうぞこれが 完成したやつでこれは小山富男ギャラリー でえ展示した風景ですねこの時にあの マイロンサムカウボーイもデビューさせた かと思います次どうぞまこのえっと右に ある黄色い頭のあのマスターベーションし てる男の子は僕の作品の中で1番高額な 165億円ぐらいでえオークションで落札 したもんなんですがえこちらのヒロポンと いうものに関してはえ当時はあ4800ま で僕の1番高い値段だったんですがえそこ その時にですね えま立ち回ってくださったのがえ フィリップセガロっていうフランスのえ アートコンサルティング今は結構います けど当時彼ともう1人ぐらいしかいなかっ たんですねアートコンサルタントってのは
そのアートコンサルタントの方にえ僕でえ なんかその一発当ててやるみたいなそう いう感覚でヒロポン拾われて表しになった のが僕のまキアメリカでのキャリアの 始まりみたいなもんでした はいこれは727ですねだから727と ヒロポンとマイロンサムカボイっていうの はま一緒の時期に全部作られたもんです はい次どうぞでですねこれはじゃどういう 風に作られたかていうとま資産演技巻き これあの当時さっきのドブ君の展覧会をえ スカイザバスハウスでやった時上野でやっ た時にえ岩波書店の方が展覧会を見て くださってで辻の坊先生を紹介して くださったんですねでその辻の坊先生のえ 本を読んでいると四産エえきがま巻き物と して初めてえのもんじゃないかっていう ことでえ説明されてたんであじゃあま言っ てみれば漫画の原料の原料はここにあんの かなっていうでこの頭を使うことにしたん ですね次 どうぞでこれ今次いいです かこの煙次どうぞはい次どうぞこれ足すと こうなはい次どうぞこんな感じですねで ちょっと戻していただきますもはいこれ前 これ前 はいこの産巻きでえご法同時っていうのが えま前寄りててえちょっとストーリー忘れ ちゃいましたけどなんかしでかすんですよ ねでまでもあのこれ僕見た時にこれUF じゃんとか思ったんですねこれだから当時 の人もやっぱり天辺チとかに神であるとか 超絶的な人間の人地の及ばないものがあ るっていうのを感じておりそれが世の中を 全部ひっくり返すていうことをま今の僕ら よりもはかに理解してたと思うんでそう いうものがこういうこう神様の形状して 降り立ってたんだなっていう風に思ってで え自分がえアメリカにえ日本の芸術とは こういうもんですよっていうのを説明する 時にこのご法同時が乗っかってるえ煙を 使って自分のキャラクターをその上に 乗っけてそれをプレゼンの道具としようと 思ったわけです次 どうぞ今あのさっき先生に質問されはい モマにありますねモマによく展示されて ます あの9月の上旬からサンフランシスコの アジアンアートミュージアムっていう ところでも古典あるんですけどそこでも これあのモマからお借りしてえ展示する ことになってます はいでこの作品がこまもう1回戻して もらっていいですかもこの作品って非常に 僕にとっては恥ずかしい作品なったんです
ね理由はなぜかというとコンセプトは非常 にいいとだけどなんかじわじわじわっとし てなんかこうも戻してもらいますなんか こうじわじわしてるのがあのごかしてる わけですよこれ絵をで予備この技術と全く 同じで目線の誘導を誘発させてるだけなん ですねで大きい絵を書く時に僕的には ジェフクーンズとかシェリーレビュー みたいにアメリカのシミュレーショズム アーティストみたいにフラットなもので 勝負したかったんですよそれができなかっ たんですねなんならカタリナフリさっき 言ったカタリフレッチもフラットな ペインティングたくさんありましたしなん で俺はフラットなもんができないんだで これも日本人なのに結局絵画を書くとなる となんか美大受験の技術にかなんかこう 頼らざるを得ないのかと思って非常に 悲しく完成させた思い出なんですよで大変 あのだから自分としてはもう恥恥ですよね これでもこれ評判良くて売れたんですけど でも売れたところで恥に感じてたんですで ちょも1回いいですかモマのとこまで戻し てもらっていいですかでですねモマに入っ ちゃったらですね世界中のコレクターが 欲しいって言うんですよねなのであの当時 会社作ったんでお金に困ってるんで常に次 どうぞえはいどうぞこんなに作りまし たあのどんどんどんどん作ってまちょうど 修造していただいた作品も2017年に 作ったうちなん1つなんですけれども とにかくこう え自分のその地図だと思っていたあ背景を こう呼び子のその受験会が精査の作法と 同じやつでえ仕上げたものがでも実はです ねえその日本日本のえ油特に油イのえ画法 画病法っていうのはえ基本がどこにある かっていうのも僕も大体目星がついたん ですよ海外色々渡っててボナールだったん ですねボナールが誰がそれを言い始めたか 知らないが当時の油の技法のその ベーシックになってたんですよでその ボナールを引き継ぐその芸術絵画の体型 っていうのが全世界で絶滅していたのが 突然僕がリバイバルさせちゃったような もんなんですね次 どうぞでこういう形態でもまあ頑固が作り ましたはいでこれこれになってるんです けどえっとこれまファットマンリトルボー イってこれ日本に落ちた原爆で727で さっきのまこれもう最後の方なんで全部 説明してる んですね文字でもでその作画のその じわじわしたのでその大きい画面を持たせ るっていうことではなくてえ当時馬鹿にし
ていたようなあのえメッセージアート みたいなも真似事までしてで作品を成立さ せるってまかなり自虐的な作品ではあり ます背景のキャンバスはえっと自分の工房 でま本当に え数前作品作ってんですけどその時に出て くる歯切れがんですがキャンバスのその 歯切れを全部 えとパートのおばさんに全部縫い合わせて もらったリサイクルのキャンバスなんです ね次 どうぞでこれはあの当時えうちで マネージメントし始めてた正木さんていう えグラフィティアーティストにえこの作品 をに書いてもらったえものでま自分がこう 文字を書くっていうよりもお誰かに書いて もらってそういうグラフィティ アーティストみたいな人に書いてもらって 入れることでま自分なりのテレ隠しみたい なのしてたような気がします戻してもらっ ていいです かはいまこんな感じでござい ますはい次お次これ正木さんってこういう 方ですねえ正木さんは正木さんであのまあ うちうちでマネージメントするべくしてし てるのは彼9歳の時にえアメリカの ニュージャージーに親の仕事の都合を連れ ていかれて え29歳あ違30歳32歳ぐらいまで ずっとアメリカで暮らしたんですけどま 非常に過酷な差別を受けてあの ニュージャージーでねでやっぱり本当に ステレオ日本で理解してるぐらい ステレオタイプないじめられ方あの イエローモンキーであるとかあお前あの色 が違うくせに文字かけるんだとかそういう ことをま本当に現代でもまだ行われている ましかもニュージャージってニューヨーク の隣の州でもうまだ行われているそういう 体験を持ったアーティストの方ででま やっぱりそういった国の国と国の間にこう 挟まれて非常に大きなコンプレックスを 抱えたアーティストだっていうことでま 大変あの自分に近い え心情かなっていうんで今もえ取り扱って ますけど彼に書いてもらいましたはい次で これ今ちょ展示してるあのねあの修造をお 決めくださった方々ですありがとうござい ますあの本当にえ国立では多分ちゃんと 修造しあのお金を出して修造してくださっ たの初めてなんじゃないかなと思いですね はい東京ちょっと詳しくは知らないです けど小山さんが入れたのはま僕にはお金来 なかったんで小山さんお金受け取ってるか もしれないですけどでもそんな高くなかっ
たと思います随分高額だったと思うんで あのまでもその工学であるあその自分自身 はあのさっきし先生がおっしゃってくださ 最近はその仏教的な文脈だったりとか宗教 的な文脈の作品ありますよねって言って くださったんですけどあのあいう作品に 移動したのは えっと東関東在震災の事件あの大きな震災 があってからなんですねその前までは僕は 資本主義と芸術っていうのがテーマだった んでその品の価格であるとか売買する ルートであるとかまそういうものもすごく 大きな自分のテーマだったんでえ作品の 価格が高額であろうが何であろうがその 部分には全くあの恥ずかしい意識もなく むしろあのそういう西洋の文脈に乗れ なかった今までの僕らの前の世代の人たち のま恨みはさで置くべきかっていう感じで あの高くなるんだたどれぐらいでも高く なった方がいいと思ってるぐらいなんです けどまそういうもので日本の館には なかなか入らないっていうこともあったか と思うんですがまそういったいろんなもの を乗り越えて修造してくださって大変感謝 しておりますがまそういう作品でござい まっていうんでこれがスライドで最後です あそうはいなのでこここまでっていう ロード2今展示してる作品ということで ございましたなかなか新鮮 でありございますなねあの村上孝志の解説 付きでっていうのはないですからね あんまり出てきてくれません からはいありがとうございましたはい ありがとうございましたえっとあじゃ 明るくしてくださいあの最後に本当に 詳しいこの作品に至るまでの村上さんの あの色々なお考え歩みをお聞きできて本当 に良かったなと思うんですけれどもえっと 今日ちょっと時間がもうすでに押しては いるのですがせっかくなのでえっとご質問 を受けたいと思っておりますで多分皆さん あのお聞きになりたいこと本当にたくさん あると思うんですけれどもできるだけあの 今日のお話に直接関係するようなことで あのご質問がある方は挙手いただければ マイクをお持ちしますのでお願いいたし ますなんかお1人目のハードルが 高いという感じでしょうかあの私から じゃあ村上さんにあの作品のことで具体的 に1つだけちょっとお伺いしたいんです けれどもあのリズムの作品のあの要は 茶色いこうあの箱の部分と言いますか キュブ上の部分ですけどもあの部分って いうのはどういう風な構造って今お作りに なっているのかちょっと教えていただいて
もいいでしょうかこれじゃあスライドの 前半にあるんでちょっと見していただき ますえっとこのそうですねもこの前か なこの前この前か な次次がいいかな 次これあれちょっと分かんなくなっちゃっ たまいいやこれでもいいやあの えっと合成樹脂はA液とB液があってで それ混ぜるとこう固まるんですけどあの 混ぜるとこういう色であの例えばあの ガンダムの大きい彫刻とかは同じ素材なん ですねだけどあれは塗装してるんであの こういった素材の色が見えないんですけど あとそのあの人によってはタルクっていう その灰色のもうちょっとえ量が増えるよう なものを入れたりとかするんですがこう いう使い方をする人はほとんどいないと 思いますあの非常に えっと本当生の樹脂そのもんなんでえ高額 になってしまうんでえしかもこうやって板 にするっていうのも非常に理屈上あまり 良くないんですねあの必ず熱を持って歪ん でしまう素材なのであのもしこういう平面 のものを作るんだとするならば板をもう 業者から買ってきてやるのがいいんですが あの自分的にはえデズニーランドで見た あの岩も全部合成樹脂で作 るっていうことをもう1回再現するって いうのがテーマだったんであのその素材と あとそういうディズニーランドのえ造作物 を作ってる業者さんにお願いしてあの作っ たっていうことでしただからこの色が 欲しくてこの色にしたわけじゃなくこう いう素材のの上にえアメリカの兵隊しかも タミヤっていうタミヤというメーカーはえ 表語としてファーストクオリティ アラウンドザワールドだったっけな世界一 のクオリティを提供するっていうような こと書いてあってそれが意宿も第2世界 大戦の兵隊たちや戦車だったりするのが 非常にこう歪んでるなと思って日本の兵隊 とか戦車もう発売してましたけど全く売れ ずにあのすぐ取りやめちゃってたりしたん ですねそういうこうねじれみたいなをま 表現したかったっていうのがこの作品の 土台でありま全部のあのこなんて考え方 でしたあありがとうございますあの いわゆるこうプラモデルの方はよく解説で 触れられてるのも聞いたことがあるんです けど土台の方のコンセプトについて今 はっきりお伺いできたので本当にあの 良かったと思いますすいません私が聞いて しまいましたがその間にどなったかお考え の方いらっしゃいましたかあはいじゃあ えっと向こうでお1人上がっているのでお
願いし ますあのリトルボーイのあの作品について の質問なんですけどよく村上さんはその シルクスクリーンでいろんな作品を作って るっていうのはあの知ってるんですけど あの垂れてる表現っていうのはあのシルク スクリーンなのかそれとも実際に垂らし てるのかっていうあの表現についての質問 ですはいじゃちょうどあのである下にある 作品の写真いですかま見てあの現物見て いただけるとあこれですね あの答え的にはですねこの作品は全部 シルクスクリーンですあの最初のえっと僕 はあ芸術の1つのあり方まあなんて言うん ですかねマナーてあるんですよ芸術には マナーえ例えば歌舞伎を見る時であっても 落をあの干渉する時であってもマナーが あるじゃないですかあることを理解してる とよりその世界が理解できるマナー現代 美術のマナーの1つに反復っていうのが あるんですねその反復していくうちに やっぱりそのそれこそあの養老天面判定地 じゃないですけど前後不になっていくって いうのがあってですね僕の作品の中の テーマのいくつかに反復っていうものと あと渦巻きっていうのがあるんます渦巻き を見ているとやっぱりこうその方向感覚が ちょっとこう揺らいでくるような感覚にな ていくんですがこれは えっとこの作品に至るまでま先ほど スライドでもお見せしましたけども全部何 枚も前も作品を書いてるのでその過去の 作品のものを写真でもう1回撮ったりえ そこだけデータでもう1回抜き取ったりし てでタレみたいなものをシルクスクリーン でするとあのまそこに関心持っていただい て大変あのありがたいんですけどもただ あの一部こっちの方で黒いタレっていうの はその場でえエアブラシシュってやって 垂らしたようなもんだったりしてそういう ものがミックスしてますでもこのこの作品 も完成した直後にえ写真を撮影してえこの タレっていうのは別の作品でえ反復されて い ますありがとうございますよろしい でしょうかねありがとうございます ちょっとさっき前であの手が2人上がって たのでちょっとそちらの方にマイクお願い し ます すいませんえっと質問させていただきます 先ほどNFTの話を少しさせえして いらっしゃったと思うんですけどもNFT ってすごくま注目されてきたところでま 当期の対象とかともなっていてまそういう
技術的なところとあのまアートっていう ものに関してまどういうこう関係性が今後 こう発展していくべきだと思われています かえっとですねクリスノーランのえ映画 監督の作品でテネットっていう作品があり ますテネットを見たことある人あんまい ないと思うんですけど是非見てください あのテネットの最初のロシア人の結構 マフィアの えまちょっとこう秘密のある事業を行う 場所がですねえスイスのえフリーポートっ ていうえ税金を免税できるようなえそう いった中間的な倉庫が舞台になるんですね えでそこであのその主人公の嫁さんがあ ロンドンでクリスティとかサザビーズ みたいなものをモデルにしたオークション 会社の おまなんて言う鑑定士みたいなのやってい てえその鑑定士をやってるんだけれども その鑑定士っていう役を利用してえご歩と かゴだかのえ岩作を書いてる彼氏の作品を えオークション会社に滑り込ませ るっていうそういう設定があったりするん ですねで今僕はNFTの話はしてません けどえっと芸術のビジネス芸術の認知のさ れ方って日本人が現代の戦後の日本人が 考えてるよりもはるかに複雑に経済とそう いったこう取引えあとその政治的な ネゴシエーションにえものすごくリンクし て使われていますでえNFTの話になり ますけれどもNFTとは何かって言と NFTっていうかNFTアートですね NFTアートとは何かというと仮想通貨の 新しいえ発明的なデザインされた パッケージなんですねえ仮想通貨そのもの はえ国をま超越してえ国を関与しないよう なあの加平構造を作ろうとしてい るっていう意味においてあのまこれこの 解説1番分かりやすいのはホリエモンえ NFTもしくはホリエモン仮想通貨って いう検索ワードはYouTubeには出て きますホリエモンさんがすごくよくあの 詳しく説明してるんですぐ分かると思い ますけれどもその仮想通貨 を世界的に流通させるでかいキャンペーン の1個なんですよなのでえNFTイコル 仮想通貨なんですねでもそのそのじゃ仮想 通貨とは何かっていうと国家を両がしよう としているムーブメントがあるとつまりえ 国に縛らえているがゆえに人間っていうの は自由が あ束縛されてしまうっていうま1つの考え 方があってそういう流れの中でえま資本 主義であるとか共産主義であるとか いろんな主義市長が出てきますけれども
そういうものを軽く乗り越えようとしてる 動きとしての大きなレボリューションがえ 仮想通貨がビットコインなんですねその ビットコインからの発明の後にいろんな 仮想通貨が出ていてその1つの イーサリアムとえ非常に神和せを持ってえ デビューさせたのがNFTアートででその キャンペーンであったのが1つがその ビープルっていうアーティストの作品が 70数円でオークションで落差されたとま これで全世界の人間ま僕も含めてですけど えっとNFTとはなんぞやっていうことが みんなに認知されたと思いますでそので今 ですね僕もその自分のNFTを発行するに あたって非常にたくさんの勉強しました けど1番の問題何かって言と えっとNFTを本気でやると日本国 もしくはま世界のどの国もとなんですけど 国家とえマッチングしちゃうんですね貨幣 は国家が発行する権利を持つものじゃない ですかそれをNFTとは作家個人がを発行 するようなことが可能になってしまうと いうようなそういった概念なんですねま それが1つあるとでそれででもそれと共に 所有しないえ芸術要するに所有するんじゃ なくて要するにデジタルのデータそのもの をすごい高額で取引するっていう概念それ はえいかがなもんかっていうのが結構日本 のNFTアート業界での1番のテーマだっ たりするんですけどそれも含めるとえ国家 を両がしようとしている貨幣2貨幣のあり 方じゃあ貨幣って何だであるとかえじゃあ 芸術におけるコレクティブもしくはその 芸術の価値とは何だとかもう本当にその 1番大事な えもう確信の部分にNFTアっていうのは 定職してるんですよなので究極の コンセプチュアルアはNFTアトだって いうのは僕は発見したんですねしかし驚く べきことにえ世界中の特にアメリカ ヨーロッパの現代ビーツの業界はこの NFTに対して大きなえ反発をしています というのはえ現代ビーもですねえ僕が80 年代に非常に大きな反感を持っていた え平山行雄さんが作って平山幸雄さんたち 作っていた日本画と同じように今も何兆も のでかい既得権益が発生してんですねそれ をぶっ壊さるぶっ に足るというかま全然それを関係してない ゾーンにできてしまうマーケットなので これはま潰すかもしくは無視続けるかしか ないとその意味においてえ無視を決め込ん でるのが現状ですしかしえ先ほどから言っ てるようにえ例えば受賞にしたって何にし たってそうですけども
あのそれまでの価値観を見事に100%を 破壊し尽くすのが芸術のあり方であるなら ばNFTていうのはえ現代突然現れたえ 全てをはにはいとかすような驚くべき発明 だと思うので私はそこに参戦しましたし今 も僕の作品はものすごく下落してますけど まそんなの屁でもないのであのある日ある 時え今のえ15歳くらいの子たちが30歳 あと15年もあったらですね世界がその その連中によって全部くり返されるので その時にあん時に馬鹿にしてた人っていう のは今の日本画の業界と同じように誰も 知らないただ本当に世の中から消えで なくなるんですよなのでNFTだけが残っ て今の現代美術の業界そのものが全て なくなる可能性を秘めた驚くべき発明だっ ただと思いますなのでえ現状においてあれ がどうだこうだって批評は全部チプにしか 思えませんしでもそのチプな理由は背景に 国がそれをえ応援する立場にないっていう のもあると思うのでその辺はちょっと さっき言ったあのYouTube掘り絵門 であの調べてもらえると皆さんよく理解 できると思い ますありがとうございますちょっともう 時間が随分押してしまったのでもし最後に どうしてもという方がお1人いらっしゃれ ばあじゃあ最初に上がってたのではいお 願いしますあすいませんマイクを前にお 願いし ます先生ありがとうございます色々いいお 話していただきましてえっと簡単な質問 ですけれども今日のスライドの中で私の 大好きなキャラクタードラえもんは出て ませんでしたけどもちょっと先生にお聞き したいんですがドラえもんのその キャラクターはどういうきっかけでえ自分 の作品の方でえ使われてるんでしょう かっていうことです はい あの 今あのもういなくなっちゃったんですけど えっと178年前にえ 当時藤子プロえ藤子F藤男先生がお亡くに なってえ藤子プロダクションっていうのが できたんですねその時に伊藤さんという 当時え藤子F藤男さんのえ小学科の担当者 だった方がその会社の社長になられたん ですよでその方がええドラえもんをどうに かして次世代につげていかなきゃいけな いっていうことでやったプロジェクトの いくつかの中に劇場用映画があったんです ねでそれと共にえアート店っていうのも彼 は立ち上げましたその時に僕やら奈良さん などがに声がかかってえアーティストの方
に自由にドラえもんを表現してくださいっ ていう形でえオファーがあったんですねで 最初の展覧会が167年前にありでそれ からまた45年前も1回あってそん時も また改めて作新策作ってくださいっていう 風にお願いされてで作らしていただいてで そん時にえ僕らからはハガを作らせて いただけないかっていうことでハガを作ら せていただいたりしてそれを販売させて もらったりしましたなのでえ私の方から アプローチしたというよりは藤子 プロダクション伊藤さんの方からお声がけ いただいてそれでコラボレーションのタイ ミングっていうかえそういったご縁を いただきたんで えっともちろん作品するにあたっては いろんなコンセプトありますけれどもえ 自分の方からアプローチしたわけではあり ませ んはいありがとうございますすいません まだまだ今お手が上がってたんですけれど もちょっともう時間がいっぱいになって しまったのでえっと今日の回はこれで 終わりにしたいと思いますあのかなり 幅広いお話をあのいただくことができて 作品理解もそうですが村さんのお仕事 あるいはその1980年代から続く現代 美術に対するまいろんな意味での批評が 行われたのではないかなと思っております えっと村上さん篠原先生長い時間本当に どうもありがとうございました皆様拍手お 願いし ますどうも先生ありがとうございました ありがとうございまし た JA