靖國神社崇敬奉賛会主催 第24回公開シンポジウム『生きるということ~志を未来へ』

靖國神社崇敬奉賛会主催 第24回公開シンポジウム『生きるということ~志を未来へ』



靖國神社崇敬奉賛会では安倍昭恵氏、参議院議員山谷えり子氏を講師としてお招きし、
崇敬奉賛会主催第24回公開シンポジウム 生きるということ「志を未来へ」を当会公式チャンネルにて配信致します。

靖國神社崇敬奉賛会では、設立以来「生きるということ」をテーマに公開シンポジウムを開催しております。
このシンポジウムは、家族や故郷を想い、我が国のために尊い命を捧げられた先人たちに思いを致すとともに、
『先人たちの思い』を受けて現代社会の中での『私たちの生き方』を見つめ直していくことにあります。

詳細は下記の通りで御座います。
皆様の御視聴を心よりお待ちしております。

一、日 時  令和6年1月21日(日)午後2時 ~ 午後4時頃
       YouTube崇敬奉賛会公式チャンネルに於いてライブ配信

一、演題   「生きるということ 志を未来へ」
一、出 演  ・安倍昭恵氏 ※基調講演、質疑応答
       ・参議院議員 山谷えり子氏 ※質疑応答
       ・髙橋史朗氏(麗澤大学特別教授)※質疑応答コーディネーター

一、日 程  午後2時 開演
       第一部 安倍昭恵氏基調講演 (約60分)
       小休憩
       第二部 15時20分頃~16時 座談会 
       安倍昭恵氏、山谷えり子氏、コーディネーター:髙橋史朗氏
       午後4時頃終了

■靖國神社崇敬奉賛会への入会・継続入金・寄付の御案内■
https://www.yasukuni.or.jp/sukei/

🌸靖國神社崇敬奉賛会『靖國神社の桜を守る‐衰退する樹々を手入れし次代へ繋ぐ』クラウドファンディングの御案内🌸
https://readyfor.jp/projects/yasukuni-sakura-01

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#靖國神社 #山谷えり子 #安倍昭恵

本日は安国神社通計法山会主催第24回 公開シンポジウム生きるということ心出し を未来へご視聴をいただきありがとう ござい ます開始に先がけてらせがござい ます本日のシンポジウムは安国神社通計 法山会の主催でござい ます通計法GU会では広く会員を募集して おり ますまた安国神社では無料のメール マガジンを発行しており ますどちらも放送の概要欄にリンクを貼っ ておりますので是非この機会にご覧 いただきご加入 くださいまた通計法3会では今回の シンポジウムを始め各会の著名な方々にご 講演をいただく勉強会などを開催して まいりました神社のこと歴史のこと日本の こと他お伝えしていきたいことを YouTube通計法3会公式チャンネル からネット配信できるよう今後も経画して おりますこちらも是非チャンネル登録をお 願いいたします それでは開会まで今しばらくお待ち ください お待たせいたしまし たただいまより安国神社数法3会主催第 24回公開シンポジウム生きるということ 心ざしを未来へ開会いたし ます本日のシンポジウムは第1部として 基調講演を行いました後第2部は座談会 形式で進めて 早速ではございますが第1部貴重公演と いたしまして大東亜戦争全戦没者慰霊団体 協議会会長安倍昭恵先生にご講演を いただきます安倍先生どうぞよろしくお 願いいたし ます [拍手] え皆さん こんにちはえご紹介をいただきましたえ 現在え大東亜戦争全戦没者慰霊団体協議会 という団体のえ会長をも務めさせて いただいております安恵でございますえ この回はえ後からご登壇いただく谷えり子 先生のえ強い えご推薦によりまして最初はまそんなえ会 の会長私は引き受けられないわという風に 言ってたんですけれどもえこれから戦争の ことをえ語れる人がだんだん少なくなって いく中でえ恵さんのようなえたくさんの 若い人たちえにま影響力があるというか たくさんの若い人たちを知っているけさん がえ話してくださることがえその戦争を 語り継ぐことになるのでえ是非お引き受け

いただきたいということで え引き受けさせていただきましたえ今年 は本当に1月の初めからえ震災があり飛行 機事故がありまた主人のえ講演会長で長年 お世話になった方が1月1日に亡くなっ たりえ悲しいことが続いております今 先ほどえこの開会を前にえちょっとえ メールのチェックをしていたらえ大変私が え親しくしている方がやはりさっき なくなったという え連絡が入っていてえ生きるということ え改めてえま突然をなくしたということも ありますけれども え日々大切に生きていかなくてはいけない んだなという風に感じているところで ございますえ震災で亡くなった方え飛行機 事故で亡くなった方え改めてご明服をお 祈りするところでございますえでも日本人 はやはりえますぐに何度も震災を経験して いるということもあって私の友人たちもま すぐに駆けつけてえ何か自分がたちが できることがないかとえ今一生懸命活動し ているところですのでえ私がすぐに行く ことが逆にご迷惑になるかなとも思います けれどもえそのうちまたあの現地にも張り たいと思っていますし今はまできる限りの えま募金活動であったりということで え何かしらお役に立てればという風に思っ ているとこですえ昨日は日帰りで山口県に 行っておりましたえ主人が一昨年亡くなり ました後ま主人の後え私がえ出ないかと いう話もあったんですけれども私はとても 政治家にえなるような支出もないですし そんなつもりもないのでということでお 断りをさせていただいてその後え補欠選挙 にどに出ていただこうかという風にえ考え ておりました時にえ司会議員の吉田慎二 さんという方があのまお願いしたところ え本当に悩んだ末に決断をしてください ました昨年の4月に補欠選挙がありまして え今年の1月に亡くなった主人の講演会長 が講演会長を引き受けてくださってえ無事 に選を果たさせていただきました昨日は その吉田慎二さんのえ講演会法則式があり ましてえ私も下関に帰っておりましたえ その伊藤テロさんという前の会長の後私が え吉田慎二講演会長を引き受けさせて いただきましてえ最初はなかなか主人の 講演会の方たちもですね えま安倍さんが亡くなったらもう選挙の 応援はせんって言われて え講演会が無事に補足できるのだろうかと 心配だったんですけれどもえたくさんの方 にお越しをいただきましてえ昨日無事に 吉田慎二講演会が補足いたしましたま現在

ま国会で色々なことがありますけれどもえ ま真っさらなえ吉田さんがこれからえ若い 力でえ自民党の改革をしてってもらいたい なと大いに期待をしているところでござい ますのでえ皆さんも是非注目をして いただければ嬉しく思い ます安倍の父が亡くなったのは え 1991年え平成3年でございましたえ 67歳で えもう目の前に え総理大臣がま 狭も生きてさえいれば総理大臣になれると いうまそういうところにおりましたけれど も残念ながら水道癌になってしまいまして 山には勝てずに67歳で亡くなってしまい ましたえ私も毎日のように主人と一緒に 病院に行っておりましたけれどもえ病院 からえ母が作ったこう綿の入ったえ下着 などを来てえ少しでもこう体格が痩せ ものすごく痩せてしまっていたので体格が よく見えるようにしてえ仕事に行きえ仕事 から戻ってくるとえ順での大学の病室に もう本当に倒れ込むようにしてえまた病人 に戻ってしまってえ政治かというのは 命がけの仕事なんだなというのを私はえ 間近で見て 感じておりましたま残念ながら え総理目前という心ざし半ばでえ亡くなっ てしまいましたけれどもまその後主人 が父の後を継いでえ国会議員になりました え父が亡くなった時にま主人は男がこんな に泣くのかと思うほどえ涙を流しており ましたまそれ以来主人の涙見たことがは ないんですけれどもその時に主人がえ書き ましたえ追悼の文章本当に一生懸命書いて たんですけれども私はそれをえずっと 忘れることができませんでしたそれはえ 主人が大変尊敬していた え吉田商人先生の流行6の一説でござい ました え吉田員は本当に若くしてま亡くなりまし たけれども流録の中で20代には20代 30代には30代ま50代60代それぞれ の え春夏秋冬があるんだとえ吉田正員にも その春化首頭があったというような流行録 だったと思うんですけれどもそれを引用し てえ安倍の父の67年というのは えまだまだまだ短くえそして心さし半ばで 人は残念だと思うかもしれないけれどもえ 父にとっては春夏秋冬に飛んだ本当に豊か な人生であっただろうということを書いて おりまし たすいません

まさか父が父と同じ67歳で主人が 亡くなるとはその時は思っておりません でしたけれども私は 主人が亡くなった時にそれを思い出して そしてえ女児でのえ葬儀の時にご挨拶の中 でその1説を引用させていただきました 主人の67年というのは本当 に多くの方たちからえ信頼され多くの 出会いがあり え多くのえ政治的なえ成果も上げさせて いただく中でえ大変 え彩りのある春夏秋冬で ありそして豊かな人生であったに違いない と主人は多くの種を巻いてきたのできっと その種が えみんなの中で育っていくことをえ期待し ているのではないかとそのような話をさせ ていただいたと思い ますそして え父が亡くなった後主人が初当選したのが 38歳でございましたえ今回え当選した 吉田慎二さんも昨年え補欠選挙で当選した 時は38歳ま偶然ではあると思います けれども67歳で父が亡くなり38歳でえ 主人が初当選できたその若くして初当選 できたからこそあれだけえ長く総理大臣を 務めることができたとするとえ吉田さんは 38歳で司会議員からまさか国会議員に なるなど夢にも持ってなかったかもしれ ないですけれども 今主がくたから慣れたその国会議員という 立場をえ是非ま大きく実らせていってこの 国のためにしっかり働いてもらいたいなと いう風に思っていますえ立派な国家国家感 をあ持っているえ若者ですのでえま選曲で はないですけれどもま皆さんの手でお育っ ていただければなという風に思っている ところですえ私はえ安国神社にえ度々参拝 を実はさせていただいておりましたえ主人 はあの参拝したくても総理大臣の立場で 参拝することができない参拝することが できないこと自体えなんなぜなんだろうと 私は大変 え不思議にも思っていましたけれどもでも えそのこと自体が えま他の国を刺激することにあるのであれ ばえ総理大臣としてはえ控えるべきという 判断であったんだろうと思いますえ私は 主人のそんな気持ちがよく分かっていたの でま代わりにはならないですけれどもま あの本当にこっそりと度々参拝をさせて いただいておりまし たしかし戦争のことも実はよくわからない え私のま両親はえその清掃は経験してい ますけれどもまそこまでのえ戦争に行って

いるわけでもなく母はまだ小さな子供だっ たのでえあまり記憶にもなくえそれほど 関心があったわけではなかったんですねえ でもえチラに行ったりこちらの優秀化を 見せていただいたりあ戦争でえ命を落とさ れた方があるからこそえ今の私たちの平和 な世の中があるんだなということはえ ずっとえ心のどこかでま感じてはいました けれどもえそれ以上のことはあまり考えた ことが実はありませんでしたえそれがま 最近になってからえまこの大東亜戦争全 戦没者慰霊団体協議会の会長をさせて いただいたりまたえ先日はえま親しくして いる方がえ爆弾になったえヒジちゃんと いう絵本を送ってくださってまこれは計 さん是非読んでくださいとでその絵本を 書いた人はのみさんという私の知り合い だったのでえのみさんにも連絡してえ ちょっとのみさんの読み聞かせの会みたい なのもさせていただいたんですけれども その彼は300冊ぐらいでしょうかすごい たくさんの絵本を描いている人なんですけ も今までは若いお母さんたちは戦争のこと え好きじゃないしそんな話は書かないで くれと戦争のことは話題にもしたくないと ま言っていたので戦争に関する絵本は一殺 も書いたことがなかったとでも今急にこれ を今書いとかなくてはいけないと思ったと 言って1冊のえ爆弾になったひちゃんと いうえ絵本をれました えチランの え あのとさんのえっとひごさんですかねから 聞いたえお話でえま最後の最後の最後はま 戦争をしちゃいけないよねという話では あるんですけれど も多くの方たちにえまこの絵本を私は読ん でもらいたいなと思ってまたくさん買って えそれを配ったりえその読みきかせの会を したりしていてえ私なりにま何かできれば いいかなっていう風に思っているところ です で私は あのミャンマーにずっと関わっていまして でえ何度も何度もミャンマーにもう柔軟回 行って子供たちの支援をしてまいりました で最初えなんでマに関わろうかと思ったか というとえアフリカにまその子先生に連れ て行っていただいたんですけれども え日本財団の会長であのその子先生があっ た時に えま え若手の え霞関の官僚の方であったりとか ジャーナリストの方に実際の貧困の現場を

見てもらいましょうというのでえま1ヶ月 ぐらいかけてえずっとそのアフリカの現場 を見て回るというまツアがあってで私もえ お願いして慈悲で行きますから連れてって くださいと言って連れてっていただきまし たで初めてその貧困の子供たちの現場を見 てえ何か私もしたいとでアフリカは遠いの でえできればアジアで何かしたいなと思っ た時にま主人がえだったらミンマがいいよ という風に言ってくれてまミンマに関わる ようになりましたえなぜ主人がミヤン マーって言ったかというとえ安倍外務大臣 時代に主人は秘書官だったのでま一緒にえ アジア歴訪について行ったんですねで当時 え中園総え安倍外務大臣でえずっとアジア を回りそしてまだ保証のえ交渉をしていた 時だったようですえ他の国はですね色々え ま交渉に手間取ることもあったらしいん ですけれどもミャンマーは最後え全くそう いうことがなく日本側の分を全部聞き入れ てくださってそしてえこれからはアジアの 中でえ日本とミンマが手を取り合ってえ 平和な世の中を作っていこうというような え非常にこう平和的なえ会談をえ中園総理 がお借りになった後の外務大臣とえの会談 が行われたということでしたでその時に 日本の軍intoを歌ってくださったりえ 大変な歓迎をしてもらったとミヤンマーっ ていうのは真実的なすごくいい国だけれど もえ今あの日本との関係がえその滞って しまっているのでえもし学校作るなら ミンマに作ってあげてという主人の意向が あったのでえ私はえすぐにミンマに飛んで 行ってどこに作ったらいいのかとえそして えま色々な方たちと知り合う中でテラコで テラコヤというえお坊さんがやっているえ 子供たちの学校の支援をし始めまし たま今はミャンマーの状況も大変悪くなっ てしまっているのでなかなか行くことが 叶いませんけれどもミマの子供たちはま 本当にえ勉強したくて目を輝かせていて そして私がお菓子とかを持っていくの え独り占めしないでこれを家に持って帰っ て家族で湧いて分けて食べるというような また本当に家族や先生をう え日本の昔のようなま大変いい国だなって いう風に思っていましたただ私は貧しい 子供たちのえ支援をしているんだとまどこ かこう上から見せでやってあげてるんだて いうような感覚で多分最初のうちは ミャンマーの学校と関わっていたんだと 思いますえそのうちにえジャパンハートと いう えミャンマーの子供たちのま医療支援を 無償でしているえ団体の吉岡秀先生という

先生に出会ってでその生先生と話している 時に如先生はえ自分はこの目の前の子供を 本当に助けたいで えなぜそのミャンマーに関わっているかと いうとえ戦争の時にえミャンマーの人たち が日本兵を助けてくれたからその恩返しを しているんだという話をされていましたえ 日本の兵隊さんたちはもう本当にこのえ 食べ物もなくてえ病気になってえ苦しんで いるえそんな中で食べ物や飲み物を湧き あえてくれたりまた多くの方が亡くなって いたのでえそのえ遺体を手厚くホて くださったりしてたという話を聞きました えその時にえ見つかってしまったら殺さ れるかもしれないという状況の中であって もえその日本のためにえ手を差し伸べて くださったビルマの人たち私たちは恩返し をしなくてはいけないんだとまそんな話を 吉岡先生にえ聞かせていただいた時にああ そうなんだとえ私たちはえ恩返しをさせて いただいてるんだなっていうことがなんと なく腑に落ちましたえそして え10数万人 えそのビルマだ地で亡くなっている方が いるという風に言われていますけれども私 は何かその方たちから力を頂いているんで はないかとなんかそんな風にいつも思って いましたしミマを通して多くの方たちに 知り合うことができたのもその縁をついで くださっているのはそのえ英霊の人たちの おかげなのではないかと思うようになり ましたま主人もよく え英霊と共にえ自分は仕事をしていると いうような言い方をしていましたええ主人 は朝起きると必ずですね朝とバントであ あの仏壇には手を合わせるんですけれども えそれとは別にえ感謝の祈りをえ口に出し てしておりましたそしてこの国のために 働くことができること本当に心から感謝を し自分ができる限りのことをしていきたい とえまそれが神様なのか何なのか私は何に 向かって祈っているのかえよく分かりませ んでしたしそれを聞いたこともなかった ですけれども本当に声に出してその感謝の 気持ちを え表し ておりましたのでおそらくその声を 聞き届けた英霊や神様が主人の倒しをして そして えおそらくま長い 間総理大臣を務めることができたんだろう なという風に思っておりますまそんな中で まなんであのような形で亡くなってしまっ たんだろうかと本当に神様は何を主人にし たかったんだろうかとま亡くなった直後は

私も本当にやることが参席していて国 bilがあったり県民層があったりでえ こんな風に泣いてることもなかったんです けれどもまだんだんとまいないことを実感 して そして多くの方たちから主人をおし声を いただく時にまた主人が政治家として総理 としてえやってきたことえいろんな方から 教えていただく時にいや本当にえこれから ま私はそれをどう受け継いで何をしていけ ばいいのかとま私の中にもう種が巻かれて いるとするとま私はどう繋いでいったら いいのかなっていう風に思っている時にま まこうしたお役をいいたりして え主人が常にその英霊に対する村数の念と いうような言葉を言っておりましたので それをついでいくのも私の1つのお役割り なのかなという風に思ってい ます私は非常にあのスピリチュアルだと いう風に言われて批判をされることも多い いんですけれど もスピリチュアルというのは私の中では 当たり前であって神様がおられてその英霊 の魂や先祖の魂がおられてそして見えない ものを大切にするというのは今までの日本 人は当たり前にしてきたことであるという 風に思いますまいつでしたか森そが神の国 ということで大変批判されたことがあり ましたけれども私はまさしくこの国は神の 国であるという風に信じてい ます日本の精神こそがこの今の大変な 世の中を救うんだという風に私は確信をし ていますえま一心教私はキリスト教の学校 で育ちましたのでキリスト教の神様もせに してきましたし教会でお祈りもしてきまし たえイスラム教徒の友達もいますしえ他の 宗教を批判するつもりは全くありません けれどもまたうちの早祖父私の母方の宗祖 はその昔キリスト教不教していたような人 でもありましたで も この一神教になる前は世界中どこの国も アニミズムだっったのではないかなという 風に思いますなので本当は世界中の人の DNAの中にえそういうものが私はねいて いるのではないかっていう風に思ってい ますえ先進国の中でこのような野王ヨの神 を大切にするというこの新党というえま 宗教なのかむしろ文化なのではないかと 思いますけれどもそのようなものを抱いて いる国は日本しか ないのではないかとまそれがずっと長い間 続いてきてえそして私たちは大切な え天皇陛下え皇室をえ抱いているという もう本当にケな国であるとえそれを私たち

日本人は本当に誇りに思いそしてその軍事 力を整えることを否定するつもりは全く ありませんけれどもまそれと同時にえ日本 が力ではなくてこの日本の精神性によって え世界を平和にしていくというそういう 責任があるという風に私は考え て何かが何ができるんだろうかという風に え今え若い人たちとこう話をしている ところ です え後来の趣旨というプロジェクトをえ若い 人たちが作ってくれましたえそのえ先輩方 が巻いた種を自分たちがいかに育てていく かえ主人 が講演した内容やえ色々なとこで書いた ものを膨大な数ですけれどもそれを いろんなとこから集めてえプリントアウト してえ若者たちがそれを読み込んで自分は どこのえ部分に感動してえどこで人生が 変わるような思いがあるのかというような ものみんながえ書いてくれています今70 人ぐらいの人たちがえそれを書いてえ もっともっと500人ぐらいに増やして いきたいとえもっと増やしていきたい全国 に増やしていきたいしえ英語でもやりたい とみんな大きな希望を持って20代30代 が動き始めてくれていますまた え全国のあの神社のお掃除をしているまた えま割と若い人たちのグループがあって 先日私もある神社に行かせていただいてえ 一緒にお掃除をさせていただきました多分 安国神ちゃんのお掃除にも越させて いただいたことがあるのではないかと思い ますけれどもえ一生懸命 えみんなお掃除をしてそして非常に 清々しい顔でえぐじさんの話を聞いて帰っ ていきますえその人たちはまあの特別な人 たちではなくて本当に普通の若者たちも たくさんいますけれども え私はそんなえ日本人がえ増えればいいな という風に思って えそしてそれがま世界に広がっていけばえ きっと平和になるのではないかなというえ 今もう世界はどうなってしまうんだろうと 暗い話がすごく多い中でえ希望を抱きたい なという風に思っているところ です私は主人と一緒に世界中をもう話が 飛んですいませんあの私はあの本当に講演 するのがあんまり得意ではなくてこう今日 もあの被室でえもうお受けしたことを非常 に後悔してすごく緊張してたんですけれど もえ本当にこの取止めのないお話しかでき ないんですけれどもまいつもこんな感じで あの講演とかではなくてもまあのいろんな ところで私の感じたところをお話しさせて

いただいてるのでま今日もあのこの 取り止めのない感じであっちこっち行く話 をまお許しをいただきたいと思います ねえあのま総理夫人という自覚がま本当に ちょっと足りなかったのではないかなって いう思う時もありますけれどもまあ70 カ国ぐらいですかね回らせていただいてま いろんな経験をさせていただきましたで私 はまよく話す話なんですけれども私がま 最もあの感動したことの1つを があのえ第1次政権の時に2007年だっ たと思うんですけどアメリカに主人と一緒 に行ってアメリカのえ物資大統領ごサイト の有職会での話ですで私の隣がブシ大統領 でえ本当に8人か10人ぐらいのあの 小さな丸テーブルを囲んだえ夕食会でした でそこでプッシュ大統領がお隣だったので 私はま子供のような質問ですけれどもま何 がえ大統領として1番大変ですかという 質問したんですねやはりあの初めて主人が 総理になって日々大変そうな姿を見ていて え大統領はいやきっともっと大変に違い ないと思ったので何が大変なのかなと思っ て伺ったところえで戦死した若いえー兵士 の家族に会う時が1番辛いって言われたん ですねで私 はま本当に自分で戦争を決めて若い未来の ある若者たちが戦死していったとその家族 に会う時はどんなに辛いのかなと思ってえ 本当にこういう今みたいな感じでちょっと 涙ぐんでしまいましたうんそしたら物書 大統領がその私のその目を見てですね本当 にポロポロと涙を流されたんですね え私はその涙を見てまた涙を流してしまっ てで武春大統領とま手を取り合ってえー 2人で泣いたというなんかそれが私にとっ てはなんかすごく思い出深いえ印象的な 出来事でしたまあのそれを反対側から見て た主人はま2人で手を取り合って何を泣い てるんだとえ思ったと言っていました けれど もあのアメリカの大統領で も国のあのことをを思っ て戦争を決断してもま本当にそうした辛い 思いをしていたんだなというえしかし 大統領が泣いたというのはですね国にとっ ては非常にマイナスであるという風に思っ たので私は文守大統領が原職の間にはその 話は一切いたしませんでしたけれどもえ 終わった後にまこうした何かの時にはま アメリカの大統領もそうした人間身があっ て本当に辛い思いの中で決断していたと いうことを分かっていただければなという 風に思ってえお話をしてい ます日本においてもま多くのえ若者たち

が戦争によって命を落としてしまった えまそのことはもう本当に え残念であると思いますし え亡くならない方が良かっという風に思い ますけれどもで もこの国のことを祖を思い家族を 思いそしてその人たち は未来を思い描いて散っていたわけだと 思いますでその先ほど申し上げた爆弾に なったひじちゃんの中にもありますけれど も本当にその人たちが思ったようなこんな 未来になるために自分たちは死んでいくん だと祖国のためにと思ったそんな国を今 私たちは作れているんだろうかとその絵本 の中で語りかけているそれを子供たちに 読んで欲しいなっていう風に思ったんです けれども えー戦争が悪いということではなくて戦争 で本当にこの国のために命を落とした人 たちがこんな風にえこんな風な国になって もらいたいとこんな幸せな未来がくれば いいと思っていたとすると私たちはそれを ま作っていく責任があるのだろうとま ずっと主人はおそらくそれ をま見えない英霊たち からおそらく頼まれてた だろうと私は思っています私 はスピリチュアルと言ってもその英霊の声 が聞こえるわけではありませんけれどもで もそのま声を聞ける感性をこれからもえ 磨いていきえこの国のためにえ何かしらし ていきたいなという風に思っていますえ 戦争というのは1回始めてしまうと終わら ないものなんだなというのえーロシアと ウクライナを見ていてもそうですしまたえ パレスチナのえイスラエルを見てても本当 にそう思います主人と一緒に えいろんな国に 行き え代統領にも私もお会いしています ウクライナにも行きましたしイスラエルに もえパレスチナもえネタニヤフ大統領国際 とも食事しましたアバス代表ともお話もさ せていただく中 でみんな人間としてえ普通にお話ができる 方たちなのにどうして戦争になってしまう んだろうと本当に私も子供のようにその 疑問を抱いてしまうんですけれどもまそう ならないようにえこれからえ日本もえ しっかりと国を守っていかなくてはいけ ないんだなという風には思っているところ ですプーチン大統領と主人は26回か7回 首脳会談をしまし た多分プーチン大統領は主人のことも 信頼をしてくれている部分もあったんじゃ

ないかなという風に思いますえ主人の地元 の長都 市において首脳会談を開催をさせて いただきましたえすごい寒いえ雪の降る日 だったんですけれどもえブチナトルは だいぶ遅れてこられてうちの地元の方たち が外に出ていたのでえなんでこんなに遅れ てくるんだろうとま最初ははちょっとです ね私もむっとするところもあったんです けれどもまお帰りになる時 に人大統領は あのあ主人はあのそのお見送りができずに 先にちょっと東京で準備をしなくちゃいけ ないので先に出てしまって私だけがその朝 えプーチン大統領をえその大谷山頂という ホテルの入り口までお見送りをしたんで ですねでその時にえ一緒にその入口の ところまで行ってプーチン大統領はこう パッとこう振り向いた時にそこにこうそこ のホテルの従業員がずらっと並んでいるの に気がつくんですねそのまま変られるのか なと思ったらそのとそこではまたさささっ と戻られてその従業員の方たち1人1人に ありがとうて日本語でえ声をかけて変られ ましたでその姿が私はとても印象に残って いてえおそらく首脳会談もようまくいった というかすごく和やかな雰囲気もえ一部 あったんでしょうしえお食事もねえきっと お気にしていたのいたのかもしれないです しこう日本に対するえ信頼もあったのかな という風に思いますえ普通はあのの国では お酒を飲まないえプーチン大統領がえ日本 酒をすごく飲まれたとえ東洋美人というま 山口県のお酒なんですけれどもえ本当に 美味しいお酒ではありますけれどもそれを え買って変えられたという話もあってえ きっと日本のこととても信頼してこれから 日ロがいい関係になるのかなという風にえ 思っていたところでえ本当に今このような 状況になってしまってえ残念だなという風 に思っているところですちょっと時間とか 大丈夫なんですかねあまだ大丈夫ですね もう少し一応なんか450分っていうこと だったらねまじゃもうちょっと話させて いただきます え私はあの去年ですね え8ぐらい実は あの出張を兼ねていろんなとこに行かせて いただきましたえどこに行ってもあのま 主人のおかげで皆さんに 温かく迎えていただきましたで1つはあの ポーランドという国に行ったんですけれど もえポーランドに行ったのは私は疲労に ある副田会という児童横施設の公演会長を していてまそこの皆さんとえ行きましたで

ポーランドの えま約100年前にですねえポーランド からまほとんどが多分おそらく政治犯だっ たと思うんですけれどもシベリアに送られ ていた人たちのま孤児の人たちがえ シベリアに残っていましたまポーランドは あの非常にま大変な ええ歴史があり え何度も国が亡くなっている中でまその頃 ポーランドは国が回復してえその古事たち を取り戻したいというえことでま他の国に 依頼をしていたらしいんですけれどもえ 当時えロシア革命で大第一次戦争ですかね 私もちょっと歴史がよくわからないので すいませんロシア革命があり非常にその ロシアの中混乱している時で他の国はま 受けてもらえない中でえ日本政府に頼んだ ところえもうすぐにえそれは取り戻し ましょうということで え日本の陸軍がまあのシベリアに駐留して いたのでまその日本軍がえ各地を回って ですねえその子供たちを何百人も日本に 連れてきてそしてポーランドにえ健康を 取り戻した後にお開始したという歴史が ありますであまり日本ではこう報道もされ ないんですけれどもそれをポーランドの 方たちはまとても感謝をしていてでその 子供たちを東京と大阪でお預かりしてえ ポーランドにお開始したんですけれども 東京でお預かりしたのが私が講演会長をし ている副田会というま児童養護施設当時ま 個人だったと思うですけもそこに何百人か の子供300人ぐらいの子供たちがえ滞在 をしましてで全員健康を取り戻してえ ポーランドに帰りましたま1人だけ 亡くなったのがえ赤十字の看護師さん21 歳の若い看護師さんがえずっとえその子供 たちの看病をしていてえ子供たちの病気が 映ってそのまま亡くなったという風に言わ れていますけれどもえ子供たちは無事にえ えみ帰国をしましたでその帰国した子供 たちはもう今は亡くなってしまっているん ですけれどもその子孫の方たちがみんな 集まってそして えその記念の式典をいたしましたえその 事実というのは え一部報道されたりドラマにもなってるん ですけどもま私が言いたいのはですねその その陸軍がそこで え決めてそしてその陸軍の力で取り戻し たっていうことはそのメディアの中では ほぼ語られていないんですねで あの事実は事実としてやはりそこは きちんと報道していただきたいとえ戦争を しているだけではなくてえそういうことも

していたと戦争がいい悪いというのはその 時代ですから今から考えるとそのひどい ことをしたこともあったかもしれない けれどもでもその当時はその戦争してその その日本軍があったわけででその人たちは そういうあのえ人道支援もしていたとそう いうこともまきちんと伝えていただきたい なていう風にえ思っているところですえ 先ほどま返してもちょっとお話してたん ですけれどもま広島にもその え回転ではなくて本当にベニアで作った ような小さな船でえ出ていく特体が秘密 部隊としてえ駐留していたという風に言わ れています私は先日江田島に行った時に 初めてその日のところに連れて行かれてえ 全く事実を知らなかったのであここから出 てた人たちがいたんだとえーま手を合わせ させていただきましたけれどもほとんど はまあなかなかその小さな船でその相手の ところにまで行きつけなかったというよう なこともあるらしいんですがしかしえそこ にたくさんのえ若い兵士が駐留していた人 たちがあ原爆が落ちた時にえすぐさま助け に行ってえそしてま色々いな活動をしたと いう風に言われています食料やえ衣服の 提供はもちろん多くの死体の処理であっ たりとかえま瓦礫であのえ撤去であったり とかまたくさんの仕事が多分あったと思う んですねもちろん民間の方たちも入ってい たと思いますがその中でそのえその軍にい た若い人たちの活躍っていうのもえ決して 忘れてはいけないことだと思うんですがま そういうこともなかなか広島はえ語ること がないという風に言われているのでえ 私たちは本当に亡くなっていった英霊も そうですしそして え軍隊の中でこの国のために働いて くださった多くの方たちのことも決して 忘れずにま語り継いていかなくてはいけ ないのかなという風に思っているところ ですパプはニに行った時もですねあの上枠 っていう週に行ったんですけどそこがは もうその日日本の総理が来られ るっていうことで1日休日にしてくださっ たんですねそしてもう その週の人みんなが出てきているのでは ないかというぐらいま車でずっと行くん ですけれども遠藤にずっとパパ ニューギニアの方たちがこう立ってそして こう花を巻いたりえまちょっとあまりあの 上手ではないけれども日本語でようこそっ て書いてるこうえオーダーマークを掲げて くださったりして歓迎をしてくださいまし たでそのあのえそこの周知時は前の初代の 首相だったと思うんですけれども

え日本軍が中流している時にええっと私が ちょっと今ど忘れしてしまいましたけれど もそのある中将がえここには学校がない から学校を作りましょうと言ってえーその 子供たちのために学校を作ってえそしてえ 教育をしていたとで自分たちはそこで え学ぶことができたのでその学ぶ楽しさを みんな覚えて え本当にありがたかったというようなお話 をされていましたそしてえ オーストラリアの軍の人たちは決して自分 たちと一緒にえ新色を共にしなかったのが 日本軍の人たちはわけ下手なくえ一緒に 食べたり飲んだりその寝ることもあったと えそれが本当にやはり日本の素晴らしさな んだろうなとえ差別なくえまそういうこと ができるというのがま日本人であろうと いう風に思いますま国連に対してえま差別 撤廃を日本が最初に申し出た時に他の列 ochはあそれを えま受け入れなかったという話もあるので 日本というのはま本当に海洋でありえま 改めてま素晴らしい国であるということ 誇りを持ちながらま生きていきたいなと いう風に思っていますし日本人として 生まれて良かったという風にまたこのえ 日本に生まれてよかったという風に思える ようなえ国を え作っていけるようにそしてえ子供たちに そういう風に思ってもらえるような何か 活動これからもしていけたらいいなという 風に思っているところですも大変あの 取り止めもないお話になりましたけれども まあのまこれからもですねえそのま主人の 意をまついで えこの安国神社に本当は あの参拝したかったま主人の魂と共に今日 は来てると思うので あのすいませんねこれから あのま主人の魂との英霊の皆さんとそして 今日もあのお集まりの皆さんやこのオン ラインで見てくださっている皆さんと共に え本当にいい世の中を作っていきましょう ということ申し上げてえ最初の私の講演と させていただきますなんかすごいグダグダ になってしまって申し訳ありませんがご 清聴いただきましてありがとうございまし た 安倍 先生貴重なお話をありがとうございまし たそれではこれより20分間の休憩とさせ ていただき ます he ここ

で安国神社通計法山会からのお知らせ です現在安国神社通計法山会では経題の桜 を維持管理するための資金寄付を集める 初めてのクラウドファンディングに 取り組んでい ます大の桜はセで霊やその戦友たちが再会 を誓い合う場所としてまたそれぞれの木々 に特別な思いが込められ安国の桜と呼ばれ てい ますしかし時の流れと共に桜は追いが進み そのほとんどが一般的な染め吉野の寿命を 超えていると言われてい ますさらに追い打ちをかけるような近年の 異常な暑さや長年地面の踏み固めにより 多くの桜が東北の危機にあると言われてい ます現在の景観を保っていくためにはこれ 以上にえこれまで以上に丁寧に桜の木を 支え世代交代を徐々に進めていく必要が あり ますクラウドファンディングの心ばかりの お礼としてご支援をいただいた皆様に限定 の例品もご用意しており ますのご院を始め神社の桜の花びらを入れ たキーホルダーや通常ではご覧になれない 平文語の経題で夜桜をお楽しみいただける コースなどがござい ます詳しくはこのYouTube チャンネルの概要欄に貼ってあるリンク からクラウドファンディングのページを 是非ご覧になって ください皆様の温かいご支援をどうぞ よろしくお願いいたし ます う 休憩の間に安国神社通計法山会よりご案内 をさせていただき ますこのシンポジウムを主催しております 安国神社数法会は安国神社を大切に思う 人々約5万人の会員で構成されており ますただいま広く会員を募集しており ます年会費は3000円1時に5万円以上 めいただきますとその後の年会費が不要と なる就寝会員もござい ますまた特典内容が限られますが25歳 以下の方を対象とした年会費1000円の 優秀間ともの会もございます 会員になられますと様々な特典がござい ますご祭人のご異やご異品貴重な指料を 展示する優秀感を常に無料で配管できるほ 優秀間内の喫茶店や売店での 割引き春と秋に行われる霊大祭へのご算 列毎月の車長安国をお届けするなど滝に 渡り ますまた年末には新年用に安国神社のお札 もお届けいたし

ます本日の公開シンポジウムの他にお子様 と一緒に親子でお楽しみいただける親子の 集いも年に4回開催しており ます毎回5点での神楽舞を間近に体感し5 本殿に参拝し ます参拝した後には季節おりおりの日本の 伝統文化に触れる様々な体験をご用意して おり ますまた18歳から45歳までの会員有志 による青年部朝は東日本と西日本の両市部 合わせて約400名の部員がおり年4回の 開放朝の発行を始め戦友さんをお招きして お話を伺う勉強会や神社での清掃奉仕 公共や京都後所での勤労 奉仕8月15日には参拝者への麦茶接待所 の運営など自主的な活動を行っており ますこの機会に是非通計法山会へのご入会 をご検討いただければ幸い です です まもなく再開いたします今しばらくお待ち ください もう初めていいです か 皆様大変お待たせいたしましたただいま より第2部座談会を行います座談会の メンバーは安倍昭恵 先生参議院議員山谷えり子 先生 そしてコーディネーターとして冷宅大学 特別教授高橋史郎先生のお参方 ですそれでは先生方よろしくお願いいたし ます はいえ皆さんこんにちはこんにちはこえ あの第1回からえ24年間 この安国数法3会の公開シンポジウムの コデタ役ををさせていただきましてえ今 確認をしましたら え50歳の時に安倍元市長がこの シンポジウムに登壇いただいておりまして え改めて今あの控室でその内容を確認させ ていただいたところでございますがあの 山谷先生はえ第2部から加わっていただき ますけれどもえ安倍政権時代に教育再生 担当の首相補佐官もされてその後え拉致 問題担当大臣とか様々な役職をされまして 今日のお子供家庭庁にも尽力をされたと 伺っておりますえそこでまず最初にですね あのたくさん皆さんからご質問いただき ました えまこれぐらいの人数だとこれの半分 ぐらいかなと思ったんですがえかなりえ たくさんの数が寄せられましてただ読んで みますと大体共通してる点があるかなと 思いましたのでえ少し集約する形でお答え

をいただくようにしたいと思っております で控室で話をしておりましたら私と山谷 先生は一緒にえ昭和25年の稀で虎年です え昭恵さんは一回り下の虎で虎トラ虎と いうことになるないかまそんな話になり まして今日は山谷3とこれからはあのお話 させていただきますがえ最初に山谷さんの 方から基調講演をお聞きになった感想と それからお父様が安国神社に祀られており ますので安国への思いとうとうお話 いただいてそれから談会に住んでいきたい と思いますじゃあ山さんよろしくお願いし ますえ皆様 こんにちは本当にあの昭恵さんの貴重公園 は素晴らしくてもう魂に響くそしてまた魂 がこう繋がりながら広がっていくような あのお話でしたあの祈りのの心それから もう愛の方だなという風に思いましたし もう安倍総理は本当に昭恵さんのことを 大切に大切にされ てお2人はま同士であり戦友でありそして 夫婦としてとても素晴らしいあのお互い の魅力を引き出しれてきたんだなという ことをまた改めて感じているところであり ましてなんか私のようなものがなんかお 話ししていいのかしらというこの場にいて いいのかしらという気持ちであのいっぱい でございますでま本当に昭恵さんも おっしゃれたように今年は野半島の地震 そして飛行機 事故 もう今日もきっとノ半島冷たい雨や雪え 亡くなられた方のご冥福を祈りそして被災 された方お見舞い申し上げたいと思います ま海外関連士も防がなければなりませんま インフラの整備え水や電気や道路一国も 早く復旧させてもうとにかくあのお金の ことは心配するなと岸田総理もおっしゃら れているのでもう本当に一刻も早く復旧 復興をえ被害の最初家に務めていきたいと いう風に思いますあの本当にあの日本海と 美しい棚田五国法条のお祭りを大切にし ながらこの思いやりあれるその土柄県民性 をあの作り上げてきた場所なんですね私も あの北陸のあの育ちでございますのであの ノト半島だけで440ぐらい神社がござい ますで今あの私あの自民党の文化関係の 会長をしておりますののでえまずはあの 復旧復興そして成生活を取り戻すであり ますがぱ文化の方もですねえ国と地方の 文化財え先週段階で253が被害を受けて えおりますしやっぱり文化というのはま 祈りの心であります日本というのはその 長い長い歴史の中でですねあの京神スソ あの土の組に感謝しながらみんなで

思いやりあってえ勤勉でチャレンジ精神を 持ってえ歴史を紡いできたあ国柄であり ますので本当に一国も早くあのあの しっかりしたえ現状復帰とさらに 素晴らしい復興の街を目指していきたいと 思いますそれから今はあの政治不審でも あの謝らなければならなくてですねあの 本当に安倍え先生は偉大な政治家でえ日本 をですね本当に新しい自画像と言いますか 日本は日本としてあの素晴らしいんだよと いうことをま昭恵さんもあの日本に生まれ て良かったと思える国をま作っていきたい し子供たちもそう思えるようにあの務めて いきたいというようなお話がございました けれどもあの今回あの私のノートに いっぱいいろんな安倍先生のあの言葉が 書いてあるんですけれどもあの日本には 世界に誇るべき国柄があります息を飲む ほど美しい田園風景日本には朝早く起きて 汗を流して田畑を耕し水を分かち合い ながら母国法条を祈る伝統があります日本 は正当な自信を持つべきですそれから1番 成功する可能性が高い人間は1度失敗した 人間です失敗した人間は何を改めるば良い か分かっているからですなんていう言葉を あのおっしゃられていましたけれど も本当にあの新なば立たずでありますので あの政治不信えこれを払拭しながらですね え美しい国柄の元にえ発展していけるよう にえ勤め抜いて行きたいという風にあの 思っていますの安倍先生はですねあの もちろん派閥の仲間を大事にしては くださったんですけれどもそれだけでは なくて本当に本当に広いお心であの例えば 1度目のえ総裁戦では再チャレンジ議員 連盟というあのとにかくチャレンジできる ように日本の皆さんがですねえそうした 政策で頑張ろうじゃないかえ経済を大臣に しようじゃないかということでえ総理に なられそして2回目の時もですねえ創生 日本というま中川正一先生が会長になられ ていらしたんですが亡くなられてえ安倍 先生が会長を引き受けられて本当に派閥 横断でもう日本の国柄を元にしたあ様々な 経済政策安全保障政策様々なあの科学の 発展等々ですね国土の狂人家まいろんな ことをやっていこうということを大きく なさられたなという風にあの思い返してい ますえそしてまたあの国内だけにとまらず ですねやっぱ世界のリーダーでいらしたと 思うんですねえあの自由で開かれたインド 太平洋構想ということでもう太平洋と インド洋とそしてアフリカロッパまでつげ て自由と民主主義と法の支配普遍的な人権 まこうしたもので繋がって世界をよく

しようよと言うだけではなくてそれを実現 させたと枠組を実現させたま明治以来です ね本当にあの最長の内閣 3188日在職されましたけれどもそうし た中でま米同盟の進化とかあるいはG7で もリーダーでしたよねもうこんがらがって くると心臓はどう思うっていう風にお聞き になるぐらいあの世界のリーダーとして えー元々日本は平和を祈る国家であり そして元々日本はチャレンジ精神溢れてえ 不屈の魂を持った国柄ですからだからこそ あの世界平和に対してリーダーシップを 取る責務があるんだよていうようなあの ことをやっぱりあの姿を見せてくださった なという風にあの思っていますあの長い 長い有給の歴史とこの国柄この時間軸と 空間軸をこう広げてえ1人1人に使命の 自覚というものをあのか呼びかけてみんな で頑張ろうよっっていう風におっしゃられ たという風に感じていますが昭恵さんのお 話を今お聞きしてあそこの部分は本当に 共通するものをですねお持ちでいらしたな ということをあの感じてい ますま私と安国神社のあのまご縁と言い ますかま父があのあの山谷新平って言って 第1号の日本のパーソナリティで山も谷も あるが神兵すんな山谷に神兵なんてあの ラジオ放送をしてましたけれどもあの実は 先日中はあの加藤はやぶさ戦闘隊64戦体 のパイロット戦闘機のりだったんですねで 激もされてま玉はもう病院ですからそんな 手術もできなくていっぱい玉の破片が体に 埋まったままであのあっちこっちがま関節 が富由でしたけれどもあのお釣りの人生 泣き戦友たちに申し訳ないということは よく言っておりましたであじゃあ私おつの 人生で生まれた子なのねなんてあの言って ましたけれどもそのお釣りの人生なき戦友 たちに申し訳ないっていうその思いでそれ は父だけではなくて多くの日本人があの 占領時代そして戦後の復興に向けてですね みんな心合わせてこの日本の発展のために あの尽くしたまその歴史の上にですね 私たちは今生かされているんだなという ことをあの感じますまですので学生時代は 日本部を習っておりましたので三玉祭りの 時なんかあのお外のあの舞台で日本部を ですねあの感謝いっぱいあの込めて舞わせ てえいただきましたし あの国会でも安子に参拝は本当に大事に 考えていますま今年もですね1月1日お 正月とかあの成人の日とかああの商談参拝 あのさせていただきながらですねあの若い 人がご家族連れがたくさんお参りされて いるんですねやっぱりツト入れっていうの

は本当に国家としての根っこですしそれ からやっぱり先人への村数のねというのが やっぱり国国民の品位というものをあの 決めていくんだろうなってそして大事にし たいし脈々と繋がれている実感があります し今恵さんが大東亜戦争前線墓地者慰霊 団体協議会の会長としてですね本当に昭恵 さんらしい形でまた広げてえ深めて いただけるんだろうなというのはま感謝で なりませんあの昭恵さんあの謙虚な方で いらっしゃるから私がお願いにあのうに富 のお家に行った時にですねまだ安倍先生の ご骨があったんですでそこにちょうど春で 大きな桜の枝がそのご骨の上にこう かぶさるようにですね飾られていましたで あの本当に私のような物がはおっしゃって くださっていてもいやどうしてもお願いし ますとあのいうことで会長引きくださって ですねまありがたいなという風にあの感じ ていますあの父はそうですね あのあの うんそう上期限がマナーとかですね苦しい 時は痩せ我慢とかあの家族が1つ屋根の下 で食事ができる回数は案外少ないよとか よく言ってましたけれどもやっぱり戦場で ですね倒れた戦友たちを見ながらいちご1 への思いで1日1日そして家族と言っても 甘えないで上機嫌をマナーとしてあの そしてみんなでやってこいよというような ですねまそういう心があの時代には育まれ ていったのかなという風にあの思ってい ます本当に昭恵さん今日は素晴らしいお話 ありがとうございましたありがとうござい ました え貴重行為の中でもですねあのプーチン 大統領のエピソード皆さんも興味深く動き になったんじゃないかと思いますが あるいはパパニュニアの話ミャンマーの話 色々とあったんですが皆さんのご質問の中 に え70カ国を安部本首相と一緒に訪問され てどんなエピソードがありますかもう少し 紹介していただけませんかと特にその ユーモアのあるエピソードはありませんか というような注文もあったんですがあの あらかじめご質問いただいた中にえ トランプ大統領との進行についてもお話し いただきたいという質問もありましたので えその辺も含めて少しお時間をいただいて え昭恵さんよろしくお願いいたし ますいや先ほどは本当にあのつい話を聞い ていただきましてありがとうございました えトランプ大統領と主人はあの非常に仲が よく見えていましたえ私はなんとなくこう えすごいあなたトランポ大統領と仲がいい

のねて言ったらあの主人はいやこれでも すごく努力してるんだという風に言ってい たので えまトランプ大統領と親しくするためにま 主人なりの努力は重ねていたんだろうなと いう風には思います えオバマ大統領とはですね割とこうあって すぐにえ仕事の話になるらしいんです けれどもえトランプ大統領は雑談が好きな 方だったのでで主人もスポーツとか大好き なのでですねえ電話会談であっても永遠と えま通訳が入ってはいるんですけもえ雑談 をし続けていたとえそんなことはあまり他 の首脳とはあの日本の総理大臣がえ アメリカの大統領とずっとあのえ雑談を するってことはないらしいんですけどま そんな関係でしたでえそんな中であの ゴルフをえお互いが趣味なのでえすること になって日本でやった時だったと思うん ですけれどもあの主人がバンカーに入れて しまってですねあのご覧になった方も いらっしゃると思うんですけれどもえ バンカーでこう1回転しちゃったんですね 主人がでそれが非常にうまくいってえ高い バカから出ようと思った時に出出られなく てゴロンて1回転してまたでもすっくと 立って何事もなかったように出てったとで 主人が家に帰ってき今日ちょっと大変だっ たバンカーで転んでしまったんだけどもう 深いバンカーだったから誰にも見られて なくて良かったよと言ってたんですけれど も実はあの上からあのヘリで全部取られて いたので後でそれが流れてしまってでその 後にトランプ大統領った時にえ心臓は体操 も上手なんだねってゴルフだけじゃなくて 体操も上手なんだねて言われたっていうま 話がありましたなるほど後で編集する段階 でその映像が出てきれば面白いかと思い ましたがそれはまたご相談しますあの山谷 さんもですね安倍元首相と一緒によく海外 に行かれましたであのその関係で関連の 質問なんですけども特にあのアジアの子供 たちに学校を作る議員の会の会長も総理し ておられましてえにもれたと伺っており ますアジアの学校に19校小学校の校舎を 建てたという活動をされてるようですがま その辺のことも含めてちょっとエピソード を紹介していただけませんでしょうかあの 国会にはたくさんの議員連盟があります あの自民党だけのもあるし長頭派の議員 連盟もたくさんあるんですがその中であの アジアの子供たちに学校を作る議員の会 っていうのがありまして回避が結構高いん です月に1万円でもそれを集めるとですね 1年で1つアジアの学校作ることができる

んですねで今19校目でであのこうその国 の政府も作れないようなもう本当に返品な 場所にですねま恵さんもミャンマーとの 関係深くていらっしゃいますけれどもあの いろんな国々のもう本当にあの返品な ところにあの作ってきましたでタイの方は ですねチェンマイからも56時間 ものすごい山道でもこれ崖から怒ったら 私たちみんな死んじゃうねっっていう ぐらいのあの道でですねあの花連族山岳 民族の花連族の人たちが住んでいるところ にあの同定式に行きましたで安倍先生は 安倍会長はもうあの綱引きのツを思って ですねいらしてえ日本式の運動会をみんな であのねあの楽しもうよって言っても すごく夢中になってえいコラエイコラ引い て子供たちも夢中なんですがそのうち村人 たちがみんな入り込んできたものすごい 勢いで運動会があの始まりましたで運動会 が終わってあのまさらにあの車でその像の 保護地区がございましてその時私たち野党 だったんですよね野党だでおそらく安倍 先生はすごく傷ついた部分っていうのは 終わりになったんだろうと思うんです けれど もみんなで像に乗ろうって話になってもう 安倍会長が真っ先にあの戦闘で像に乗って くだすてこう振り向いて心臓が像に乗っ てるぞって あのその笑顔がもうなんか子供のような 少年もやんちゃですねあの本当にみみし もう本当に不正出の大政治家で いらっしゃりながらすごく水々しいあの 少年のようなまそこがやっぱりみんな いろんな世界中の指導者も含めてですね たまらなく好きになってしまうというよう な部分なのかなっていう風にあの思います でもその後またですねこっからまたあの インパール作戦の場所が近くにそれなりに あるんだと1万8000人も白骨海道と 言われたインパール作戦過酷なあ戦いの中 で命を落とされた日本兵あの追悼に行こ うっておっしゃられてあの夏で暑いかった 日ですけどももうしっかりとですねスーツ をパシッとこう整えられてですねでなんと そこにあの佐賀県から大きな本章が送られ ていたんですねでその花連族の高校生たち が私たちが行くと言いましたらあのスバル とかあの上を向いて歩こうって日本語で 歌ってくださいまして朝の5時と夕方の5 時にですね今も金をついてくださってるで そうやって追とチコをですね今もあのその 人たがしてくださっているっていうですね もう安倍総理は本当に何とも言えない表情 で感謝の思いをお伝えになられてですねで

その姿をま拝見しながらああの安倍先生は 本当にアジアの平和のリーダータラン そして歴史を背負ってですねぱ世界の平和 のリーダータランというこう覚悟を本当に こうやって1つ1つあの体を通しながら こうこう思いをですね深めていらっしゃる んだなってことは感じましたねありがとう ございますあの今年は元旦にノ半島の 大地震が起きるというま大変な信念をま 迎えたわけでございますが あの皆さんのご質問の中でですねえこう いうご質問が次のご質問でございますが その縁から繋がった お話で具体的にあればお聞きしたいという ことがございましたがこれは何かござい ますでしょうか縁がどういう話に結びつい ていったかと いうあのま私は人生の中でも本当に縁が 大事という風に思っていて えま今日のこのここもご縁です皆さんと 今日お会で来たのもご縁だと思いますしえ そのえ大東亜戦争全先発者えイレ団体協議 会の会長にさせていただいたもご縁だと 思いますまたあの私はあの小寺というお寺 でま毎月のようにま色々あの企画をやっ てるんですけれもこの工房寺の館長の織田 前行先生と高井先生はもう大変好意でオ 行動オ行動されてらっしゃるというお話も 先ほど伺ってまたまたまですね あのその奥様のえりちゃんとすご私は仲 いいんですけれどもあの昨日えふと昨年の 末にえ入がになったという若い友人がい まして で子供が本当にまだちっちゃいのでいやけ さん入がになっちゃったんでって言われて でまあのまやり取りをしていてきっと 大丈夫だと思うわよま本当に無責任では あるんですけどもま病気もいろんなことを 教えてくれるからきっとあの病気になった 意味もあるかもしれないしまそんなこと 言っちゃってよかったのかなと思いながら ですねえ昨日ふとあどうしてるかな彼女と 思って連絡をしたら2月9日にえ手術が 決まりましたとそれでえそういえばあの私 の親しいその工房寺の織田さんの奥様のえ えりちゃんが乳がをしてでも彼女は乳がに なったことがえ彼女今あのもう得度してお 坊さんになってるんですけどでもう偵察も しているんですが入学になったことが彼女 はとても良かったっていう風に言っていた のでえ経験者であるえ彼女を紹介しようと 思ってえでえちょっとLINEのグループ で繋いだんですねそしたらあの今日がです ねえ工房寺のえごきの日だったんですよで ごきをしているとどんどん元気になから

よかったらごきに来ればって言ってその えりさんが彼女を誘ってくれてで最初はあ 行かれるかどうか分からないって言ってた んですけど行かれますでそれも小房からえ 徒歩圏内に彼女が住んでるってことが 分かってでもし今日行かれなければごきし ないで手術をしたことになったかもしれ ないけれどもこれはきっと空海様の メッセージかもしれないわねていう話をし ていましたそんなことが次々と起こるん ですねなんかご縁っていうのはもう本当 どう感じるかっていうことであって私は 自分には本当に特別な才能は何にもないん ですけれどもまその才能のある人同士を こう繋げていくのが私の1つのえ人生の 役割だっていう風に思っていてそのご縁を つなげる役になりたいなっていう風には 思っていますありがとうございますあの 先ほど 織田さん話が出たんですがあの私が松田 政経塾の入塾審査院とか行使をしていた まだ若い30代の時期だと思いますけども え出会いまして その小田前行さんが安倍元首相にあのえ花 作ですか復興支援ソングですねこれは葬儀 にも流れましたしえいろんなところでも 相当1000万回近く流れてるんじゃない かと思うんですがえ皆さんもご覧になった ことがあるかと思いますがそれもま縁が 深いと思ってるんですがその花作のピアノ 演奏されるに至った経緯をちょっとお話ご 紹介いただけないでしょうか皆さん多分 あの姿を見てびっくりしたんだと思うん ですけど はいえっとそれこそあの川口湖にあるえ 織田先生の別荘に伺せていただいた時にえ そこにピアノがあって主人は本当に小さい にピアノを習っていたのでちょっとだけ あの引いたんですけれども全然引けなかっ たんですねでそれを見て織田前行先生が 主人が えみんなの前でピアノを引いている姿が こう浮かんだらしいんですよそれでえその 最初エリーゼのためには主人が引きたいと いうのでそれをえ習っていてでま簡単な バージョンが引けるようになりました本当 にコロナ中で家にいる時はずっとなんか 練習しているぐらい熱心に練習してたん ですでその後小田前行先生のえ音楽の会が あるのでそこで花を引いてくださいって いうことになっていや私はちょっと無理 だろうと思ってそんなの引き受けない方が いいんじゃないのって言ったんですけれど もま主人はやると言ってで最初はもうあの 片手ずつでえ本当に下手だったのでもう

これで大丈夫なのかしらと思ってたんです けれどもいやすごく練習熱心にえ毎回毎回 あの家で私があの全然使ってないんです けど昔買った電子ピアノで練習してそして 田さんのところに行ってえこう直して いただいてご指導いただいてで最初はお だけに1人で行くのは嫌だから私も一緒に 行ってくれって言ってたんですけどその うちなんか1人で行くようになってで本当 に引けるようになったんですね であの私の還暦の会を昨年やったんです けれどもそん時に引いてくれましたで私は あのそのために練習してたのかなって私の ためだったんじゃないかしらてその時思っ たんですけどま結果的にですねその織田 先生の会には選挙で出られなかったので あの映像を本当に上手に映像を撮ってたん ですねでそれがあの ずっと公式の時に流すことになるなって その後もずっと再生されるんですけど なんか自分のやっぱ死んだ後のためにこれ を練習してたのかってなんか今思うとあの 不思議な感じがしますまこれもご縁なん だろうなと思いますけどありがとうござい ます是非あの編集段階でこの映像が入れれ ば工夫していただければと思いました えあと10分ぐらいの予定なんでです けれどもご質問の中で多かったのはですね その若い人たちにどういうことを語り継い でいく必要があるかというのが1番多くの 質問でしたで中には10代とかまあの高校 生と限定された質問もありましたが若いま 今日のお話は掃除で全体的にどういうこと を受け継いでいく必要があるかってお話 だったと思うんですけども改めてその若者 たちに何を語り継いでいく必要があるかと いうことについてちょっと補足して いただければありがたいんですがそれはお 2人にお願いしたいと思うんですが特に 山谷先生はあの後で歴史に関連して初頭化 国地の話で安国神社のことがどういう風に 初頭化国地に書かれていたかていうなこと も是非ご紹介いただきたいと思っており ますがまず昭恵さんお願いし ますそうですね あのこれから1つできたらいいなと思っ てるのはあの地域の歴史をえ学校教育の中 に取り入れていただけないかなって私は 思っていてまだ全然何も動いてないんです けれどもえそのことによってその地域に 生まれたえ誇りが生まれると思うんですね 日本っていうだけではなくてその自分が 生まれた地域がにえどういう立派な人がい てえどんな え民話があってえどんなえ工芸品があって

というようなまなんでもいいんですけもま その地域にねざしたものをえ学んで いただいてそれを英語にしてもらって私は えこれからインバウンのますます増える中 で海外の人たちにそれを子供たちが英語で 話せるというとそうすると英語教育も 楽しくなるかななんていう風にま私は英語 があまり得意ではないので海外でもうあの 苦労してきているのでえ英語をえま小学校 の頃からえ教えることがいいか悪いかって いうことはまちょっと置いといてでも やっぱりこれからあの海外に出た時に自分 の国であったり自分の地域のことを きちんと話せるっていうのは大事だと思う のでなんかそんな教科書が1つできたら いいななんていう風には思っていますあと あの私社会貢献支援財団っていうのに今 会長をやっていて社会貢献をしている 方たちを表彰を1年に2回30件ずつし てるんですけれども本当に素晴らしい方 たちが日本全国にいらっしゃることに毎回 感動しますであのまそういう方たちの活動 をですねもっと地域の中でえみんなが知る ようになって子供たちもそういう活動に 積極的に参加していけるようななんか 仕組みが作れたらいいなっていう風に思っ ていたりえーまAIがどんどん進んでいく 中で一体どんなような中になるんだろうて いうえ不安もありますがま今の時代だから こそのテクノロジーを使いながら若者 らしいこの日本のえいいところをこう発信 したり学んだりしてってもらえればいいか なっていう風に思っていますありがとう ございますあの今日この会場には若い方 たくさんお集まりいただいてますので今お 話しいただいた英語でどういう風に紹介し てくかという教科書が必要だとおっしゃい ましたがそういうまモデルというか叩き台 というかそういうものを是非皆さんと一緒 に作ってお手伝いをしたいと思いますので よろしお願いいたしますそれでは山谷先生 あの山谷さんと申し上げると申し上げたん ですがあの歴史も含めてちょっと先生のお 考えを言っていただきますかあの今日は 心ざしを未来へというタイトルなんです けれども心ざしっっていうのはこう自分 1人でガンとこう打ち立てられるものでは ないと思うんですねやっぱり昭恵さんもご 縁が大事っておっしゃれましたけれども 本当に家族とかふとかあるいは日本の歴史 とかま様々なご縁の中で私たちの心志しっ ていうのはより深く強くまた人と繋がって いくんだろうと思いますもう安倍先生も ですね吉田商品先生のことすごく尊敬して いらしてあのやっぱ本当に影響を受けて

いらしたなということをあの感じますで 第一次安倍内閣の時にですね教育基本改正 をしようて言んで山谷さん補佐官やってて 言われましたで森元総理のところにまご 挨拶に行ったんですもう大変なことになる ぞと占領時代にGHQがま色々改正させ られた教育基本法と憲法と皇室典範これは 本当はですねあの日本らしくまた独立国 らしくまた時代に合わせてえ変えていか なければいけないんだけれどもまとにかく 大変なことになってえ内閣の体力が奪わ れるからま歴代内閣はよく手をつつける ことができなかったとで安倍総理はそれを やろうとされてるんだからまどんな嵐にも 負けるなという風にあの言われてあの本当 にあの法海正の審議が始まった時はですね ああこのことをおっしゃられたのかと思う あの日々であましたまでもですねあの本当 にあの日本らしい教育そして世界に向けて え国際人としても大きな心でえ伸びやかに 生きていけることを教育目標の中の1つに 掲げましてあの 伝統と文化を尊重しそれらを育んできた 我が国と強度を愛するとともに他国を尊重 し国際社会の平和と発展に寄与する態度を 養うということを教育の目標に入れたん ですねでその国語の教科書もあるいは音楽 の教科書も日本の美しい歌あるいは世界の 色々な歌そして英語の教科書にも日本の 文化というか日本のいろんなエピソードを 入れることによってあの留学したり いろんなところに行った時にそれ英語で 喋れるからということも含めてですねあの 教科書をそういう風にあのこう直してあの よくしていきたいねとえそれかまたあの 故郷故郷はやっぱり身近にご縁のあの深い ところでありますのでその故郷の歴史とか 故郷の様々な出来事喜びの歴史もあります し苦難の歴史もありますそしてそれを 引っ張ってきたあ様々な人々が いらっしゃい まそうしたこともあの故郷の歴史っていう か故郷の学びというかそういうものを 伝えようということで予算をつけ始めよう としていた時にあのお体の具合が悪くなら れてしまったということでそこは私は今で もそのまれた種はあの育てていかなければ あのいけないなという風に思っています あのたまたま今年の正月に あの昭和107年の国語の教科書読んでた んですねあの あそしたら安国神社というま小学校の中学 年のあの文章に出会いまして春は九段の 親しに桜が咲いておりました日本一の 大トー金の鳥居がありました扉は金のご問

章ご問をていきました柏で打てば高校と心 の底まで響きます桜の花の遺族省女の人も 見えました優秀間の入り口に人が並んで おりましたというものなんですが何か こう短い美しい文章の積み重ねでなんか心 も清められそしてま京神スソという日本人 の本当に大切に先人たちが大切にしてきて くださったま心がま何か感じられるなって いう風に思いましたねであのお正月成人の 日もあの優秀間にあの列が並んでいるん ですであ本当に私たち日本というのは繋が れてまたその遡ることができるんだという でそれもですね あの戦争の時代のその苦しみの歴史だけで はなくてですね本当にこう長いこう視野を 持ちながら日本らしい美しさ事実は事実と してやっぱり伝えていくことがあの子供 たちのま喜びにもなるだろうしあの それぞれのあの使命感って言うんですかね よし頑張るぞというですねにも繋がって いくんではないかという風に思いますので あの本当にまれた種をですねみんなで育て ていきたいと思いますあの台湾に去年の夏 明恵さんと一緒に参りました あの台湾でも安倍晋三写真店をやって ほしいということ で大平でやったら対南でもやってほしいで 安倍晋三先生のあの身長のもう銅像もでき ておりましてで安倍台湾安倍晋三友会と いうのができたらですねたくさんの寄付金 っというか常在が集まって今あの30何人 あの留学したいという希望者が日本から今 ましてあの私たちは16人の日本から台湾 に留学したあのあの若者たちとお話をした んですそした若者たちがですねもう安倍 先生がもう平和のリーダーとなって世界中 走り回っていらした姿にものすごいこう なんかあの誇りを持ったしだからこそ自分 もなんかしなきゃいけないなとで日体の 駆けwhichになりたいなっていう声を あのお聞きしましてああこうやって巻かれ た種は育っているんだとそして昭恵さんが ま本当にあの涙ながらになんか主人に呼ば れているような気がすると言って おっしゃられてですねその後もポーランド にいらしたりウクライナの避難の人々と あのなられたり本当にそれぞれがですねご 縁の中でやっぱりあの進んでいくっていう ことが間違いなく日本を良くしていくこと につながるんだろうと思い ますありがとうございますあの今山谷さん がお話になったのは初島家国士という教科 書なんですねで僕はGHQの資料を アメリカで240万ページ研究しましたの で教科書の検閲だけで100泊ダンボール

箱でそれがどういう風にチェックされてい たかっていうのをずっと研究してきたん ですけどもえ時間が予定の終了時刻になり ましたのでもしあの締め括りの発言は補足 しておきたいということがおりましたら 少し最後にえ23分でもお話しいただくか 特になければ結構でございますがまず昭恵 さんいかがでしょうか何か 締めくくっこれもよく話してることなの ですがあの先ほど申し上げたあの園彩子 先生が日本財団の会長だった時にあの様に 日本の自衛隊が中流をしているので え自衛隊に対してまた日本の国に対して 誤解が生まれないようにとえイラクのえ 女性教育者を日本に連れてきたことがあっ たんですねでいろんなところをえお見せし たそうですで日本って本当に素晴らしい国 ですねとえ言われる中で1番 えそのえイラクの女性教育者の方たちが 感動したのが え伊勢神宮だったですでまあのそ彩子先生 は私の先輩でもありますけれどもあの経験 なクリスチャンですがえ伊勢神宮にお連れ をしてでなんかその え人たちが言われたのがあこの地球上に 天国があったんですねという風に言われ たって私その話がもうすごく大好きで 伊勢島サミットが決まればいいなという風 に本当に思ってたところえ伊島サミットは 開催することになったのでえ大変嬉しく 思いましたこの日本のあの伊島サあ伊勢 神宮だけではなくてですねもちろんこの 安国神社もそうですし日本の宮のそのなん というかこの性質なその美しさっていうの はえどこの国のどんな宗教の方たちにも きっと通じるものがあってイスラム教は ジハードでえま戦争で亡くなった人が1番 早くその天国にというように思われている 中で戦争しなくてもこの地球上にえ天国が あったっていうえその日本全体が多分天国 だと思うのでそれを広めていきたらいい なっていう風に思っています今日は ありがとうございましたありがとうござい ました山さんお願いしますありがとう ございますあの日本の新党は結びの心って いうのをすごく大事にしてえきましたよね で日本人っていうのは本当に思いやりを 持って結ばれるということを大切にした あのところだという風に思っていますで あの私あの福井で育ちましてえ小学校4年 の時には故郷学みたいなのがあったんです うそしてですねま故郷のあのいろんな様々 な生き方をされた人々のことを習ったん ですが橋本佐内先生ま吉田商人先生も橋本 佐先生のことこう文章にしてらっしゃるん

ですけれども爆発の趣旨の橋本内えがです ね15歳の時に啓発力というものを書き ましたよってあの知信を去る幼心を去るえ それから気を振る着替を持つえそれから 心ざしを立てるえ学に学ぶことに務めるえ 公有を選ぶお友達を選ぶもうこれをよく 覚えときなさいって先生からあの言われた んですけれどもやっぱりいろんな その言葉とか人々の生き方とかあの いろんなことに結ばれながらですねあの それぞれがあの持ち味ありますあの追い もつ技色々ございますえそれを背負うと いうかあのあのそれを果たしながらま生き るっていうことはそういうことなんだろう なという使命というのも命を使うって書き ますからあのそうなんだろうなと思います 今日もこうしてこう皆様と結ばれながら あの本当にさんの素晴らしいお話聞かせて いただき高橋先生の素晴らしい コーディネートありがとうございました皆 様ありがとうございましたありがとう ございました え昭恵さんが声の中でもおっしゃいました がえ安倍本匠は必ずえここに見たとして 降りてこられてえトラトラトラは何を喋る だろうかと見ておられるんじゃないかと 思っております えまあの改めて えこのシンポジウムでえ安倍元総理が50 歳の時にこう対談させていただいた時の 内容を今確認させていただいたんですが 今日のご講演の中にもありましたえお父様 の安倍慎太郎葬儀の際に早々の言葉を述べ られた中にえ今日引用されましたが吉田 所員の流婚録の中のえ死を決するの安心は 指示指示っていうのは夏秋冬春夏中東の ことですが指示の循環において売るところ ありと え従って安倍慎太郎の心出しを受け継ぐ 1番身近にいる自分が受け継ぐことによっ て え その魂があその受け継がれていくという ことをま強調されたわけでございますが今 私たちは改めてえ安倍元市なき後私たちが この安倍元総理はえ美しい国日本という ことを何度も強調されました美しい国日本 を実現するというその美しい国日本という 理想と志しと現実がなかなかギャップが あるわけでございますがそういう中でどう やってその心出しを今日お集まりの皆様と 私たちが1人1人が受け継いでえ行くかと いうことが大事な私たちに残された道では ないかと思っておりますもう1つあの安国 神社の2年前に有週間でえ安倍元市をしん

でというツイート展示がございましたその 時にえ安倍市長が元市長が書かれたのは 弱々不動という言葉であったと思う寂しい というに自然の前に不動という言葉であっ たと記憶しておりますえ覚悟を持って忍耐 強く何事にも同じないとまそういう心出し を私たちがこのシンポジウムで改めて今日 の非常に心に染みる貴重講演を受けながら え後の責任を共に担っていきたいという ことを思いましたえ大変心のこもったご 講演をいただいたえ昭恵さんえに心から 感謝を申し上げまたえ山谷さんは私と同じ 年を何度も言っておりますがこれえ春夏 周東で言えば晩に当たります晩の実り大き 活動を今この正解がえこういう状況で ございますが是非勝を入れていただいてえ 活性化して安倍総理の心出しを受け継いで いきたいということを申し上げて本 シンポジウムを問いさせていただきます ありがとうございまし た 先方ありがとうございまし たそれでは以上を持ちまして安国神社数計 法山会 主催第24回公開シンポジウム生きると いうこと心ざしを未来へを終了いたします 最後までご参加ご視聴いただきまして誠に ありがとうございまし た本日ご登壇いただきました先生方に今 一度盛大な拍手をお願いいたし ます [拍手] H 最後に改めて数会からのお知らせ です休憩中にもアナウンスをさせて いただきました経済の桜を維持管理する ためのクラウドファンディングについて 再度ご支援のお願いをさせていただき ます安国神社の桜の危機的な状況を1人で も多くの方に知っていただきたく寄付の 募集を開始したクラウドファンディング ですが現在1100名を超える多くの皆様 から温かいご支援をいいておりまして おかげ様で第1目標まであと1歩となり まし たこの場をお借りいたしまして心より感謝 申し上げ ますこの放送の概要欄にリンクを貼って おりますクラウドファンディングの専用 ページには今回の詳しい趣旨や背景を まとめており ます是非ご覧いただき賛いただけましたら ご支援をお願いいたし ますまたご不明な点がありましたら通計法 3会事務局までお気軽にお問い合わせ

ください引き続き安国神社通計法山会ご入 会のご案内をさせていただき ますこのシンポジウムを主催しております 者数法会は全国約5万人の会員で構成され ておりまして広く会員を募集しており ます年会費は 3000円一時に5万円以上めいただき ますとその後の年会費が不要となる就寝 会員もござい ますまた特典内容が限られますが25歳 以下の方を対象とした年会費1000円の 優との会もござい ます会員になられますと様々な特典が ござい ますご祭人のご異やご員貴重な指料を展示 する優秀感を常に無料で配管できる他優秀 館内の喫茶店や売店での 割引き春と秋に行われる霊祭へのご 参列毎月の法安国をお届けするなど滝に 渡り ますまた年末には新年用に安国神社のお札 もお届けいたし ます本日の公開シンポジウムの他にお子様 と一緒に親子でお楽しみいただける親子の ついも年に4回開催しており ます毎回後天での神楽舞を間近に体感しご 本殿に参拝し ますた後には日本の伝統文化に触れる様々 な体験をご用意しており ますまた18歳から45歳までの会員有志 による青年部朝は東日本と西日本の両子部 合わせて約400名の部員がおり年4回の 開放朝の発行を始め戦友さんをお招きして お話を伺う勉強会や神社での や京都所での 勤労8月15日には参拝者への無茶退所の 運営など自主的な活動を行っており ますこの機会に是非通計法会へのご入会を ご検討いただければ幸い です安国神社数法会では今後も神社やの こと日本の文化などをテーマに様々な企画 をお伝えしてまいりたいと存じ ます無料のメールマガジンや YouTube通計法3会公式チャンネル の登録も合わせてどうぞよろしくお願い いたし ます以上を持ちまして本放送を終了とさせ ていただき ますご視聴いただき誠にありがとうござい ました じゃ ない til

10 comments
  1. 心に沁みるお話を
    ありがとうございました
    安倍さんの撒いた種が
    芽吹きますように
    花を咲かせますように

  2. 安倍昭恵さんの、お話をお聞きしまして、大変感動しました。本人はグダグダとおつしゃつていましたが、そんな事はありません、
    安倍総理の生前の、行動,思い、総理であるからしての苦悩、したくてもできない境遇、しかし、先祖、先人に対する誓い、強いこころざし、
    強い責任感、などを、身近にいた妻としての感想を語られていて、涙ながらにお聞きしました。
    そして、命を懸けて、日本、日本人、家族を守る為に、散つていつた、その英霊を祭る靖国参拝、参拝できない総理に代わり、何回も靖国参拝
    をされていた、などなどをお聞きして、初めて知る事もあり、大変感動する講演でした。いろいろな所から、会長就任依頼があるとのこと、
    分かる気がいたします。

  3. 今から35年くらい前に、東京🗼に行った時に、靖國神社に参拝して、遊就館も見学しましたが、心が清められた様な、心が洗われた様な空気感が伝わっている所でした。先人の方々からの、思いに心を打たれて帰って来ました。又 靖國神社を⛩️参拝してみたいです。🙇🏻‍♂️🙇🏻‍♂️👏🏻👏🏻🙇🏻‍♂️⛩️🇯🇵🇯🇵🇯🇵🎌🎌🎌

  4. 安倍元首相と共に歩んでこられた中での喜びや苦悩に、思いを馳せながらお話しされる姿にこちらも涙を禁じ得ませんでした。昭恵さんの涙には、たくさんの感情がこめられているのでしょう。
    魂の宿るお言葉一つ一つから、昭恵さんの強さや儚さ、実直さを改めて認識することができ、このような素晴らしい女性が亡き安倍さんの後を継いで日本のために活動して下さっていることを、日本人として大変有り難く、また誇らしく思います。
    どうか昭恵さんが健康で末長く活動していけますよう、安倍さんに側でずっと見守って頂きたいです。

  5. たまたまユーチューブを見ていたら、この映像が目に入り気に入ってしまいました。昭恵夫人の人となりを始めて知りました。安倍総理との心和むエピソード等涙と共に聴かせて頂きました。最後に夫人が、地域の歴史を学校で伝えてほしいと語られ、私も心から同感いたしました。私は、安倍総理が眠られてる墓の近くの出身で山口県長門市で育ちました。高校は萩でしたが、現在は愛知県に住んでいます。恥ずかしながら、高校に通っているときには、吉田松陰先生には、全く関心もなく、松陰神社にも行ったことがありませんでした。しかし故郷を出て40年、奇しくも安倍総理が、銃弾に倒れられて、松陰先生を尊敬されておられたことを知り、去年始めて、松陰神社を参拝してきました。もし小さな頃から松陰先生の素晴らしさや、どれだけ多くの人々の心を動かして来られたかを学ぶ事が、できていたならば、もっと自分の故郷を誇りに思えただろうし、尊敬する人になっていたかもしれません。ぜひ、これからも昭恵夫人にご活躍して頂いて私達の目には見えませんが必ずいつもご主人様が共におられると思いますので、これからもこの美しい日本の国を真の神の国になれるようにご尽力心からお願いしたく思います😊私達も日本国民として誇りを持って堂々と生きて行きたいと感じました。今日は本当に心洗われる素晴らしいシンポジウムをありがとうございました😊

  6. 安倍昭恵さん、何と聡明な方でしょう、何も原稿も見ず、すらすらと言葉が溢れて、心に残るお話、感動し涙が自然に流れる心に沁みる内容です。前々から昭恵さんは、とても純粋無垢で思いやりも優しさも素晴らしいとお聞きしていましたが、本当に感動のお言葉、有難う御座いました。

  7. 安倍夫人のお話有り難く視聴させていただきました。寛容なる日本の文化と精神を引き継ぎ次世代に繋いで行きたいと思います。今後とも貴会の発展をお祈りします。

  8. 日本人としての誇り、また、世界を平和にする使命が日本にあると痛感しました。ありがとうございました。

  9. とりとめのない話がいいのです。昭恵さんの自然体でのお話は、視聴されている皆さんの気持ちの中に入ったと思います。私もカンボジアの宿舎でYouTubeで拝聴しながら涙しました。「生きるということ」の意味を多くの皆さんの気持ちの中にストンと入ったと思います。有難うございます。

  10. 安倍昭恵さん、お元気そうで何よりです。  安倍晋三さんのおっしゃる通り、日本は本当に美しい国です。又、昭恵さんのおっしゃる通り、日本は世界平和に貢献できる国です。間違いありません。あるべき姿日本を心に。 リベンジ、ファイトです。頑張れ日本🇯🇵

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