【第68回 現代書道二十人展】ギャラリートーク(中村伸夫先生×柳澤朱篁先生)

【第68回 現代書道二十人展】ギャラリートーク(中村伸夫先生×柳澤朱篁先生)



現代書壇を代表する作家が会派を超えて新作を発表する「現代書道二十人展」。
68回目を迎える本年は東京・大阪・名古屋を巡回し、各会場で出品書家によるギャラリートークを開催します。
今回は東京会場(日本橋髙島屋S.C.)で開催されたギャラリートークの様子をお届けします。

【開催日時・場所】
1月6日(土)13時~
日本橋髙島屋S.C. 本館6階 美術画廊

【出演(50音順・敬称略)】
中村伸夫
-1955年福井県福井市に生まれる
-今井凌雪に師事
-日展特別会員
-日本書芸院副理事長
-日本書道文化協会理事
-全日本書道連盟理事
-全国書美術振興会理事
-雪心会会長
-筑波大学名誉教授
-日展内閣総理大臣賞受賞

柳澤朱篁
-1944年埼玉県に生まれる
-大野篁軒に師事
-書壇院顧問
-書壇院展名誉相談役
-全日本書道連盟理事
-毎日書道会総務
-篁心会会長
-冬青書会主宰

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※動画内の展示会場や図録販売に関するアナウンスは東京会場の情報となります。

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第68回 現代書道二十人展

昭和32年(1957年)に誕生した、新春恒例の「現代書道二十人展」。
漢字、かな、篆刻など各分野をリードする現代書芸術の神髄、約80点が一堂に集結します。書壇を代表する巨匠たちの多彩な筆致と墨が織りなす鮮やかな世界を、心ゆくまでご堪能ください。

【出品書家(50音順・敬称略)】
新井光風、井茂圭洞、石飛博光、尾崎蒼石、尾西正成、角元正燦、倉橋奇艸、黒田賢一、髙木聖雨、高木厚人、樽本樹邨、土橋靖子、中村伸夫、星弘道、真神巍堂、柳澤朱篁、吉川蕉仙、吉川美恵子、吉澤鐵之、綿引滔天

【会期・会場】
2024年1月3日(水)~1月7日(日) 東京・日本橋髙島屋S.C.
2024年1月10日(水)~1月15日(月) 大阪・大阪髙島屋
2024年1月27日(土)~2月4日(日) 名古屋・松坂屋美術館

【展覧会サイト】
髙島屋(東京・大阪会場)
https://www.takashimaya.co.jp/store/special/gendaisyodou/index.html
松坂屋(名古屋会場)
https://www.matsuzakaya.co.jp/nagoya/museum/exhibition/2024_gendaisyodo/paper/#target/page_no=1

【図録(税込2200円)】
本展各会場ほか、通販サービス「朝日新聞モール」でも販売中です。
https://shop.asahi.com/item/BKTZ231401010.html

ご対談に先立ちまして中村先生柳沢先生の ご略歴を簡単に紹介させていただきます 向かって左側にいらっしゃいますのが柳沢 公 先生埼玉県の生まれで大野貢献先生に指示 されまし た現在初院顧問全日本初動連盟理事会会長 などを務めで20人店には本年が初めての ご出品でいらっしゃい ます続きましてえ向かって右側に いらっしゃいますのは中村信房先生 です中村先生は福井県の生まれで今両切 先生に指示されました若きに国費留学生と して北京の中央美術学院で学ばれ現在日本 諸芸員副理事長日本所動文化協会 理事全日本初動連盟 理事全国処信公会理事接神会会長などを 務められておりますまた長らくつば大学で 共鳴を取られておりまして現在は名誉教授 でいらっしゃい ますそれでは中村先生柳さ先生ご対談の方 始めていただけますでしょうか え座ってあのやしていただけでしょう かあ聞こえますすいませんあの座ってあの やらせていきます えあの実は先ほど午前中の あの本先生とあのお2人のあの吉澤哲先生 後ろの方でお聞きしてましたで今日はあの もう1つ3時からもあるんですけども僕 たち2人はあの少しこう対談形式のあのお 話し合いをしたいという風にあのしたいと 思いますま司会者の方もそのようにあのご 理解いただきましたのでえ私と柳沢先生で 対談をしながらま書の難しさや書の楽しさ や今回出品した作品の見所とそういった ものをあのお話しさせていただきたいと 思いますあの何しろ書というのはですね あの言葉でいくら言って もなんか嘘になってしまうっていうか ちゃんと伝わらないもう本当にどうしよも ない難しい芸術ですのでえ柳さ先生はそう じゃないと思います私はいつもあの学校 進めた時もですねもう言葉のマロコしさ もうこんなも言葉しないで字を書けばそれ でわかるっていうことの方が実はよく 伝わるという芸術ですまそのことも踏まえ てえご理解できないいただけないところも あるかもわかりませんえそれはご容赦 いただきたいと思いますでまず最初にです ねあのこの8回で示されている本店のあの 柳沢先生の作品についてえ私の感想をまず 申し述べさせていただいて先生からその リアクションをいただきたいと思います まず私感ちょっとはいあの今回のですね 柳沢先生の観山誌という作品あこれ出して

いただけますかはいえこれはですねその コメントの中にも書かれてるんですが矢沢 先生はあの間の時代の間の脚本の収集家と して著名な方ですで実際に中国のあの赤門 とかあるいはあの山頭省の定道省のそう いうところも実際に険しい山とかですね崖 とか命がけのところに実際に行かれてその 現場のあの間の時代の文字を今回あの日本 国の人の高島屋のガに柳先生が移植された ような作品がその関山師というものだと僕 は思うんですがどうでしょうかそいやいや そんなに言っていただくと えそんなレベルの高いもじゃございません ので恥ずかしいんですけれどもま私は本当 に あの漢の時代の賞全てが好きですで中でも え真の賞真と申しますのはま崖とか大きな 石とかあそういう岩とかそういうものに 直接刻まれたものですねえそういうものを 真と一言で申し申しますけれどもで当然 その自然の中での仕事ですからええその 石国にあるようなえ綺麗な線とかえ綺麗な 形とかそういうものはなかなか取れません じゃなくてその おその岩がまどういう形状であったりそれ からどういう性格の意であったりするかま そういうよってだいぶ違うとは思うんです けれどもあま言えることはまとにかく 野生野生があるそして え私にとるとそれをそれからなんか力を いただける気がするんですねエネルギーを 持ってるなっていう感じがいたしますそう いう点で あのま前々 からあの好きでしたしもうそれはあの番の あの原点は実はその私の師匠の王の貢献が え間を間と言いますか開通法野国籍責もに ある開通法や同国籍ですねそれをとっても 愛してらしたのでえ私はそれの影響を当然 受けておりますそれで えま中国全土にあるあの真ですかそれに できる限りは行ってみたいな この面で感じたいなという気持ちで え色々行かせていただきまし たあの今ご本人の説明にあったんですけど もご存知かと思いますけど間のものでも 例えば教科書とかですね高等学校の教科書 とかあるいはあのテキストになりますと 本立てになってしまいますのでこの本来の あの距離を置いて遠くから眺める巨大な あの文字のこの風景というのはですね現場 に行くかあるいは現場のものを他に取った 大きなものをあの目で見るしかないわけ ですねでさっきも申し上げましたように 柳沢先生はそういういわゆる一面費ですね

間の一面日の増加でもありましてあの 虎ノ門の吉田法竹記念館というとこに僕お 邪魔してるんですけどもそこで様々な特別 点をやってますそれでやっぱり あの教科書の中の古い書の良さこれもま さっき教科書の編集の人は来てるので あんま言えないんですが確かにそれはあの 教室で学ぶものとしては教科書は必要なん ですけどもこういう間ほど現実のもの あるいは現実に近い大きな大きな1枚の 多音を見るといういうことがいかに書と いうものがですね中国の大自然の中に 行きついてるということを感じますでま この作品はその大自然をこのま高島に移植 したような作品だという風にま思ってい ますそれからもう1つですね あのここ にこの黄色と赤のこうこれ上の回にある 作品ですねはいでこれはですね あのよく見ていただくこれは教という中国 の古い文学作品のま言ってみればあのあ恋 の歌みたいなあの愛情の歌なんですねで それをそうですこの天所と霊書と行書と 総称と解とみんな体に混ぜたま体書という ようなスタなんですけどもこのこういう ものをこの今回制作された糸というのは どういうものでしょうかはいそうですね あのま雑たというものを意識したという よりも元々やはり私の頭の中にあるのはカ の時代なんですねでカの時代というのは 非常に様々な書体 えその人の気持ちによりそれから用途に よりそれから各材料によりもう本当にあの いろんな姿をしておりますのでその点で えカのその書カの書というのがを愛してき たわけなんですでそその頭でえやった結果 がそうなったっていうことなんですねはい でその神実はこの神今回あの初めて二人天 というところに あの出せという色々な本当に驚くう命令が 下ったんですけれどもえそれにどんなもの を変えたらいいのか本当にえ考えました けれどたまたまあの紙のお仕事なさってる 方からえこの紙を使ってくれないかという ような意味でえ頂いた神なんですで一食1 枚 で55枚全部で5枚気にないですからし なんて言いますか失敗してもしょうがない のでまそれを覚悟でま多少人なを放のこれ 全然滲まない神ですので滲まないような紙 でえ少しは練習してやりましたけれども おとにかく1枚ずつ気ない紙でなんとか形 にしなきゃいけないという黒はございまし たなんか黄色い髪は あの沖縄の方が空いた紙ですので

え うんあの沖縄の方がよく黄色い色の着物着 てらっしゃいますねあれを染める色あの色 だそうですそれからえ赤い方はベガですね ベガの色だって伺いましたけれどもあのま とにかく1枚ない神をどうしようかという 苦でもま楽しみながらやりたいもんだと 思って書かせていただきました はいはいあのもう1つですねあの縦長の 形式これはあの美白の死を書かれてるん ですがこれもま私の目にはあの赤門の章の ようなま要するにあのこれ過小期という 身長の人たちがよくこう習ったんです わざとこう筆をちょっとふわせてですね ふわせあの染筆というらしいんですね戦う 筆っていうこうふわせてちょっとずつこの 震わせながら紙と筆の抵抗感をこの指で 感じながら書くことに彼らはたまらない 喜びがあったっていうなんか文献に出て くるんですがまそういう感じですがあの 日頃から令書もハレもこういう真的な制作 ですか先生はいつもえ的なあの物のあそう ですねやっぱり1番好きなのは赤門の省 ですねあのえ例えば開通法道国籍とかそれ からまあ20世紀になって発見されたえ レウ光 の教会国籍とかありますがああいうあれも 令書です両方とも霊ですがあの霊はどちら かと言いますと要するに最後のこのこれが 羽がないですねそういうものをこれと一言 で申しますけれども えさっきのその神山の死の方はまいわゆる コで書きましたでまそれとは違った風を 使いたいものだと思ってでこれははくはく っていうのは最後のこれですけど宅を交え たあのそして えま調子としてはやっぱり先物書のような ものを取りたいものと思って書かせて いただきましたありがとうあの実はですね この部屋にもですね矢木沢先生の後ろの こっから見ると右側の奥にですね洗面非常 に美しい洗面にこれ洗面に仕立て上げられ たものをぎゅっと指で押さえてあのた作品 で折り目のところがちょっと隅が飛んでる ようなんですがその作品とあの心に患いが ないというあ思思いに患いがないという心 に煩いがないという言葉の2点があります まこれもあのなんかこう選出がですね我々 がいつも考え書いてる選出ともう全然別 世界の選出でここういう表現の幅がこの 今回20人点の作家の先生としてここにお 広めされてるっていうことは二人点全体の その表現のこう幅がですねなんかあの今回 お先生もそうですけどもあ一気に何か 広まったような感じがして大変いいことい

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同じその商店書いても金文書いてもその デフォルメがとってもその立的なんですよ ねただデフォルメして えするとかそういうことでなくて非常に理 の理のあるデフォルメというそれから線は 非常にこう強い線でおかきに深い線で おかきになってるしあのいつも見せられて おり ますなんか背中難くなってきていやいや 本当ですこれあの私ですねやっぱり学校で あのま一緒の教員としてですね長いことた ということが1つのまこのあのま重層的に 今にま現れてるのかもあのしれないんです けどもあのま学校に勤めてると結局実の 時間っていうのはですねあの自分の作風を 教える時間ではなくって過去の優れたもの を手なう時間なんですねそれで学生も先生 である私も同じものを手なった時にその 学生に対してまそのその学生っていうのは 将来高校の先生になるかもわからないし いろんな職業をつくんですが古いものが 持ってる例えば聖道機の名文でもですね はいあの木mustでもそういうものでも その昔の人のそのもう技術ほど私やっぱり すごいものはないと思ってますあの例えば 大うとかですね聖道機の金文もあんな ちっちゃい面積にうんうんあんなに ばっちりとあもちろんあの金も最初はあの 実感に書かれたはずなんですけどもあんな この知的で正確な技術を持った書がよく 古代の人たちの中にもてきでそれを我々が 学ぶ以上はあのそのエキスをですねあ エキスをしっかりと正しくこの学び取って でまずはま新甲府先生がしち言われてる ことなんですけどもいっぱいいいものを この手習いをして吸収してだけどその製品 作品を書く時はそれを一気に吐き出すで 吐き出した時にその人の技術的な裏付けや 技術的な根拠がねどれだけ残るかが勝負だ とうんいうことをよくあの先生言われて ましてね僕その通りだと思んですねで私の 先生の今先生もそうでしうん うん手習いをしてうんうん結局自分の表現 っていう時にはもう無流っていうかそれを 全部切り捨て てやるばいいんですけどそれでもま長い こと学んでますとうんそのその人のこの 技術とか骨格ってのはだんだんできてきて うんうんでそれがま私残っていくとあの 根拠のある書ができああそういうことです ねいうことなんですねああはテカると おっしゃっただってそのお稽古してる時の その線だ形だということは絶対その真中に はあるそこにはあるってことですねで おそらくですね僕は右利きですから右手で

書くからそうなんだとうんもしあんた ちょっと左手でかけと左手で書いたこと ありませんから左手でもし作品をかけって 言われたら自分の蓄積はゼロだと思います あ自分の蓄積は出せないはいはいはいで その方がいいのかわからないですけどね うんだけどま我々はそのそういうだけにも いきませんしうんそれからもう1つあの 矢沢先生のさっきの作品とも関係あるん ですけどもあの初の作品っていうのはこの 大きな関山の作品でもですね大きなところ で書いたんでしょうけども僕は最近つづく 思うのははいあの書き始めと書き終わり ですよええその間の時間はいえ例えば何年 何月何日何時何分何秒から書き始めてうん 23分の間に書き終わるという先生が 文字通り生きていて呼吸していてうんあの こう生きてたその姿がですね筆に乗り移っ て残るけでしょだ時間と共にあるんですよ はいええだけど絵画とか長国とか近郊とか ガラス大工とかっていうのはどっから始め てどこで終わるかうんうん例えば中国の 山水がでもその一体あの大きな山水がどこ で始めてどこで終わったかっていうことを 言える人はいないと思うんですよそれは 繰り返し繰り返し手直しして作り上げてく うんうんはいで書はそうじゃなくて1回あ 1回正ですねうんだ先生のあの寒山なあの 大きいものもうんいつ年末におかきになっ たのだと思いますけどその先生の生ってい たはいその瞬間をですねはいの上にねはい 筆が残してくれたけですうんだからそう いう意味ではま僕らそんなこと考えてやっ てるわけじゃないですけどええええ考えて みるとそういう非常に貴重な芸術に携わっ てる人間だなということであのま例えば僕 は死んでも作は残るというその時に生きて た僕の呼吸が残るわうん えでもそう考えるとあんまりまずいの残す とまずいです ねえいつもそれこれをどうしようあの天覧 会から帰ってきますね作品がそれは先生 どうなさいますか僕あの出戻りばっかりな ので大体あのもう本箱の横にぎゅっと 押し込んでえまず2階に上げるのが大変な 大きなよがまだからなるべくこれから簡単 に片付けられる軸物にしよう今回も軸物 ばっかりな ですいや 私あのまさっき先生おっしゃってくださた あのタコを集めるのが好きでしてでか穂 国籍にしてもそれから連子の教会国籍にし てもま やっぱりあれは持っていたいなと思ってえ 持ってはいたんですねでもここでコロナの

なんと言いますか時間ができましたのでで 自分ももう年を取ってこれは整理してか なくちゃいけないなという思いというより も夫がその前から言うんですねよし死ぬ前 にこれ整理してってくれよってどうして いいかがわからないからでそういう言葉も あの思い出しましてあこのコロナの時期に 整理しないとこれはどうしようもないなと 思いましてま一整理いたしましてそしてま いいものなんからどうでもいいものにえ 分けましてえまあまあこれはというものを あのま私初代院っていうところに所属して おりますけど初代員はそういう資料を たくさん持っているということがあの1つ のま特徴それは吉瀬法竹がの あのなんて言いますかできる限り多くの 資料を持ってまご自分のためでもあるし それから1つはあのもう若い方には分から ないでしょうけどけれどその昔の文部省 検定試験ですか文献って言われたあの試験 を受けるためにその状況してくる人たちに 少しども見せてあげたいというそういう 心行きがわりになってで吉田放自身があの 山形の人でもう田舎にいらした時にその点 で でまそれ文にはあの合格したということ ですけれどもやっぱり苦労しただからその それを見られない直接見られない人に見せ てあげたいていうことでその資料を たくさんお集めになってえまそれの結果が 吉田法記念会館ということでえ吉星子は 早くなくなります49歳で亡くなって しまうんですけれどもあのその後もその 会館を利用してえ資料公開に務めてると いうのが初代のあのスタンスなんですがま そういう影響もあってか私もちょっとその 自分でも本欲しいということでえマヒなど も集めましたがさっきの理由で整理した 直後えまこれこれなら初代入れてもいいか なていうのを初代員にあの ぞ偽造ですか偽造した直後にここに出せっ て言われたんですよ ねそうなんです本当に あのそれがあの気をいあれしてたんです あのいにしてたでえ参った私の手元にもう ないってあのは思ったんですけれどまその ねえ初中毎日のように見てるなんていう ことではないただ持って るっていうのはあの持たないより もなんです心にしみると言いますか本で 見るよりは実際の本を あの見た方があなんて言いますかね身に つくと言いますかねそういうものがあり ますのであの持ってたわけですけれども そういうわけであの書く時にはもうなかっ

たということなんです はいあのそろそろ時間ですね最後にあの僕 と先生と一言ずつあのえっと最後にですね あのえっとこれ自分の文章にも書いたん ですけどもま人間っていうのはあの本当に 最近になってもますます分からなくなって んです自分自身というものが一体どういう ものなのかつまり自分がなかなかこう 分からないですよねで鏡に移る自分は右左 逆ですし自分は絶対自分見れないんです けどもだけど筆で字を書いたものは確かに これ自分の後ですよねだからそれであの 様々なことに挑戦すれば自分でなかった ような自分もまた発見できてまこれは無限 大にずっと死ぬまで広がる芸術だなという 風に思ってますそれで今回ですねん あの生のこののですね川先生のその説明の 中にあのま亡くなりました作家の井上久 井上久の言葉が引用されてましてねあの 井上という人はま小説家作家でひょっこり 島の制作者でもあるんですけどもあの 難しいことこれを優しく優しいことこれを 深く深い これを愉快に楽しくで最終的には難しい こと深いこともあの喜びを持ってあの 楽しくやらないといいことにならないと いうことですねあの昔あのひょこり瓢PU 島て僕子供の時あの京人はほとんどこの おられる方知ってると思うんですけどね あの苦しいこともあるだろさとか悲しい ことだけど僕らくじけない巻くの負けるの あの泣くのやだ笑っちゃう進めていあま僕 は全く同じ気持ちで難しいことであれも何 でもあの楽しさを感じなければ僕らやっ てることの意味もなくなるんではないかと うんうんでこれで僕のお話閉めます最後 先生閉めてちゃんとした話で閉めて くださいいや先生のその言葉以上の言は なかなかあの浮かんでまりませんねあの 本当にそう思いますあのあのやっぱり 出来上がるまでは苦しいんですよね苦しい けれどもあの自分の思いがあちょっと入っ たかなと思う時の喜びはまたとっても 大きいものがございますそれがその表現さ れたかなと思う瞬間ですね本当に瞬間で しか味いませんけれどもそれがちょっとで もあの1秒でも2秒でも多くあればと思っ ており ます中村先生柳沢先生本日は貴重なで 楽しいお話誠にありがとうございました [拍手] 大変

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