溝上の新著『幸福と訳すな!ウェルビーイング論―自身のライフ構築を目指して-』についてご紹介します。
<目次>
第1章 ウェルビーイングとは
第2章 ウェルビーイングへの主観的アプローチ
第3章 ウェルビーイング論の歴史的・社会的背景-物質的・経済的な充足の先にあるものは?
第4章 鳥取県倉吉市のウェルビーイングを視座とする地方創生-小田急電鉄主宰IFLATsの事業
第5章 ウェルビーイングの危うい捉え方
(リンク/書誌情報)
・スライド資料(PDF) http://smizok.net/education/PDF/no233.pdf
・No190) (新著の紹介) 溝上の新著『インサイドアウト思考』-創造的思考から個性的な学習・ライフの構築へ(2023年8月3日配信)https://www.youtube.com/watch?v=uEekSGjfd1Y
・No214) 【予習動画】ウェルビーイングの理論的解説と実践を見る視座(電通育英会主催「リーダー育英塾カンファレンス2023」)(2023年10月29日配信)https://youtu.be/yJ1CXSemW9I
・フロム, E. (著) 日高六郎 (訳) (1965). 自由からの逃走 東京創元社
・神谷美恵子 (1980). 生きがいについて(神谷美恵子著作集1) みすず書房(初版1966年)
・見田宗介 (1970). 現代の生きがい-変わる日本人の人生観- 日本経済新聞社
・No3)高校生の学び成長するための『大学選び』-②将来の見通しを持つ(2022年1月10日配信)https://youtu.be/j-Y0B9DWDIY
(その他リンク)
・「溝上慎一の教育論」動画チャンネル「目次」 https://www.youtube.com/@user-mc9ec6pq3l
・桐蔭学園tulipメーリングリスト https://www.toin-tc.com/tulip-ml
#溝上慎一教育論
皆様こんにちは溝上新一の教育論動画 チャンネルナンバー233え本日は私のえ 身長の紹介でございますえ幸福とヤスな ウェルビングロンえ自身のライフ構築を 目指してとえ題する本になっております えっと幸福とヤスナとちょっとあの過激な タイトルつけておりますけれどもあの幸福 と訳されてるんですよねあのまoecCD のあの幸福度白書と訳されてるところも もちろんですけれどももう本当いろんな本 で幸福と訳されていてえそこから入ると ですねこのウェルビーイングっていう言葉 のま意味とか意義重みがですねかなり落ち ますえっと幸福という意味もあるんです けどねあのまウェルビングやっぱりどう いう風にこう見てもやっぱライフロンなん でえそこをですねちょっと真正面から 取り上げたいと思って本にしましたえこの 本ですねえ第4巻これですねえままあの 概要欄にURL貼っておきますのでまあの どういう本かという案内だけでもよかっ たらあの見ていただいたらと思いますけど まよかった本も読んで欲しいんですけれど もあのこのインサイドアウト思考のですね え第2部でえやっぱりこう思考の問題扱っ てるんですけどライフの話になっていくん ですよねでそこであのまウェルビングに あの話が入っていていやいやいやあの ウェルビングに入るとちょっと話が大きく 膨らんでしまうのでえそこはですね 取り出してえこの第5巻という風ににして えそしてこの本はですねまうあの思考論と して納めたんですけれどもまそういう意味 でこの第5巻はですねえ第4巻のま続きで ありますまただ取り出しましたので ウェルビング徹底的にですねあの論じて おりますであのま告すなっていうのが私の 最大のメッセージですけれどもあの他方で ですねえっと私なんでこのウェルビングを 論じたかと言うとえっと自己私自己形成と か自己論アイデンティティの研究者なん ですよねであのどうしてもやっぱ事故とか アイデンティティってライフの話をこう ベースにしたものであってでこういうあの 事故とかかり中小度の高いところでねあの 議論されるえ概念論だという風に私ずっと 言ってきたんですけれどもあの ウェルビングもう1つ上にあるなっていう ことをどっかで思い始めてですねまどこか であのこれ論じないといけないなっていう ま私の専門家としての1つのあのまあの 仕上げた作業ということでもありますで あともう1つはですねあのここの第4章で えっと小田急電鉄主催のアイフラッツて いうあのま事業があるんですけど私そこの
あのアドバイザーしておりましてでそこの アイフラッツの事業にあの倉吉市のあの 地方創生事業ってのがあるんですねあの 色々あるんですけどそのうちの1つに倉吉 市があってでその倉吉市でですねあの地方 創生を進める上でまずやっぱり倉吉市民の ですねウェルビングえここからね入って いこうあのつまりえっと倉市の市民にとっ てえやっぱりこののま創生あ地方創生って いうことが我がごのねライフの中に位づか ないといけないまさにウェルビングてこう いう風に使われるんですけれどもそういう 風になってですね本気でえ自分たちの死を どういう風にこうえ維持したり発展したり するかと衰退させないとこういうことを 考えていくわけでそういうのを暗を旨と あの調査したりですね実践したりしている まこれを第4章で紹介してるんですけれど もあのこのアイフラッツの事業にこう 関わる中であのウェルビングまどうしても 私はあのえっと専門家として説明をして ますのでえまその口で説明するだけじゃ なくてねあのちゃんとした体型だった本で え彼らに渡さないといけないってことが あってでそっちの進行が結構早いんであの ま急いで仕上げたとえそういう本であり ます今回ですねえっとウェルビングあの 紹介動画なんでえっとウェルビングこう本 でどういう風に解いてるかっていうことを えま説明するものなんですけれどもあの実 はこれ結構前の動画で紹介してまして えっと11月にあの電通区営館主催のね リーダーイクジカンファレンスあのえっと 立教大学の中良じ先生と一緒にずっとやっ てきてるあの電通との共同プロジェクト ですけれどもあのそこでウェルビングを 大きなテーマにしてあのカンファレンス やったんですよねでその時の予習動画でえ 結構この本でえ説明している主なところを え説明してましてでこの動画ねあの概要欄 にURL貼っておきますけれども えま改めて見ましたけども結構いい感じで 説明できてますのでえまこれこれ見て いただいてでえ重ねた方がいいかなという ことで今回はえここで説明したことは えっとま前提としてちょっと追加のね議論 をしたいと思いますはいえっと第3章です ねウェルビング論の歴史的社会的背景物質 的経済的な重則の先にあるものはとえここ をですね今回のまあの追加動画とあのし たいと思いますでえっとこの物質的経済的 な重則の先にあるものはというのはこれ OECDがウェルビングをこう定期する ところで常に言っている枕言葉でありまし てえーだから幸福とかってね入りすぎると
ここここも抜けてしまいますよねこういう 前分脈が抜けてしまうのであの私は やっぱりこういろんな意味でね今ライフを 問うっていうことね自分のえライフ生活 人生を問うということがどういうことなの かていうことはこの言葉がなかったらです ねえ響かないまそういうこともあのあり ますねで今回あのえっとこの動画であの 歴史的社会的背景という時にも戻りたいの は50年代から70年代ですねはいあの ウェルビーングていうことは使ってません けれどもえ今言ったですねこの物質的経済 的な重則っていうのがこうある程度できて きてねでその先に私たち何があるのかって いうことを一生懸命議論した50年代60 年代そしてままとめの時期として70年代 っていうのがありますえそこをご紹介し ますでそのえたくさんいろんな論者がい ますけれどもえ皆様がよく知っている 大きな2人を本では取り上げております あの1人はマズローの欲求階層自己実現論 ですねはいあのえこの欲求階層ねこれ マズローが書いたものでありませんけれど もえゴブルというねあのマズロー研究者が 書いたものですがえまでもマドの本大体 こういう感じで書いておりますでえ ポイントになるのはその下のですねえ整理 的欲求まE食10が満たされなければって いうあの辺りですねあのやっぱりE食中が 満たされない中でこう自分はとかそんな ライフの話にならないわけであの明日 食べるものもねあのつかないようなそう いう不安の中でえ自分の人生とかそんな ありませんからまこういうところがねあの やっぱ近代全近代結構問題になってきて そして近代社会ですね色々社会の制度 システムあるいは科学とか色々あのあの 社会科学とかそういうものが発展する中で え国民国家によるま法制度色々こう国家を ねえ社会的に機能を発達させていてえこう いう国民のねえいろんな意味での生活 レベルの安定っていうことを図ってきたた わけですねでそういったところをあのマズ ロはD思考ディフィシルbehとかって いう言葉ですけれどもえ欠乏欲求え あるいは人の基本的欲求と概念化して そしてそれをですねえっとある程度満たさ れる中で自己実現というえ成長欲求あこれ はビングねB思考のえBはビーングなん ですけれどもでこれはウェルビングの ビーングと一緒なんですけれどもえこう いうものが立ち上がってくるとあのこう いう議論をしたわけですねでえここが ウェルビングえ論のこう前子と重なって くるとこですまつまりあの先ほど申し上げ
た物質的経済的な豊かさあというのはこの D思考がある程度クリアされてきたところ で出てくる話であってまこれはもう マズローそのものですねでただマズローは これ非常に侵略的にこうえ欲求論として 解いたものでえあんまり社会の変化近代 社会の変化とかねえっと日本で言ったらま 江戸から明治あたりそして大正とえ昭和 初期こういうあの近代前期えそういった ものの流れとえ対応させてこれを論じてる わけではなくてまあのそういう対応がね 全くないわけではないんですけど比較的 あのマズローは新役の範囲にえを超えない ような形で論じてますねえでそれをほぼ 同じ形でえっと社会の変化と対応させて 論じているのがフロムの2つの存在様式の 転換とえこのフロムはあのエーリヒフロム ですねあの自由からの闘争で有名なあの 先生ですけれどもえこのフロムがえっと下 にこう文献書いてますけどもえ1976年 のtohavetobeとえこれがですね 生きるということとえ訳されてえ日本で 紹介されて多分あまり読まれていないあの 役が悪いけれどもあのtohaveはto beをそのままですね例えば持つよしと あるよしと訳してそのまま訳して代にして も多分売れないまこれなかなか難しい本で ありますけれどもえまマズローのえ欲求 回数を踏まえた論ではありますません けれどもあのほとんどえっと論はですね えっと類似したものですねあのつまりえ 社会のこう近代前半期ずっと進む中でねえ 持つ様式っていうのが結構優勢にあったと あのもう一食中とかねお金とかあの物とか そういう風ものだと思っていただければ いいと思いますでそれが50年代60年代 の中でねえやはりそういうものがクリアし ていった先にやはり私たちのねどうあるの かっていうビーイングですねここでマロと 一緒のこと言ってますねああの ウェルビングのビーングでもありますこう いう風にこう自分がねあどうあるのか ビーングは存在とかあり方とかってそう いう風に訳される言葉ですけれども結局 事故の問題ですよあのだからあのえ マズローが自己実現の事故って置いたのも ですねそれをビーングとこう置き換えたり してるここら辺はもう行ったり来たりね あの言葉が違う以上全く一緒ではないん ですけれどもあの大体差してるものは同じ でやっぱりこう自分のね存在様式通って いかないといけないとものとかね金があっ たってて言ってねあの例の話ですよでそう いうのをねえま問わないといけない時代に 入ってきたということでえまマオフロム
こういう風なことをね結構言ったんだと あのそういう説明をしておりますでこれが あのウェルビングにね引き取られていった んだと思いますあの前の動画でも言いまし たけれどもあのウェルビングはえWHOの あの1948年の検証ですねえそういうが できた時に使われた言葉という風にこう 日本でよく説明されますけれどもえ多分 間違いでえまその100年200年前から ねいろんな形で使われてるのがあの文献で も確認されますしあのなんて言っても 1945年まWHOのこう立ち上がる手前 でですねある有名な哲学者ロスっていうの がアリストテレスの本を訳す時にも ウェルビングていう風に使ってますねだ からあのウェルビーンググってあの アリストテレスのニコマコス林理学あの 幸福とかねエウダイモニアロンとこういう ものにルーツがあるとよく言われるんです けどもまそこをしっかり抑えているえロス 博士がウェルビングという風にしてねえ アリストテレスの幸福エウダイモニアロを 論じてるっていうのは非常に示唆的でまだ からあのま言いたいのはWHOが最初では ないですよっていうことだしえっとフロム もですねアリストテレスの幸福論を ええ英語で書いてますけどねこの人はあの やる時にはやっぱウェルビングで使ってる んですよねあのここら辺非常に面白いです ねだからまあのOECDがま90年代に 入ってえウェルビングロンをこ世界に広め たまそういう立役者だとは思いますけれど もえウェルビングの考え方自体はですね こうやってあの結構え40年代50年代 60年代70年代と戻ってえでそれが今で 言ねウェルビングとえ言葉が落ち着いてま 世界的なまいろんな施策にね使われるよう になっていると良くも悪くもですまこう いう風に理解したらいいんだと思いますで 最後もう1つだけねあのっていうのが 日本で1970年代にすごくブームになっ て論じられましたでこれはあの666年の あの神美子のあの生きがいについてという 本がねすごくこう読まれてま私たちも学生 の頃はもうあの非常に基礎文献として結構 みんな読んでましたけれどもでこの神美子 先生ねえ生きがいという風にねあの言う時 にやっぱりあのえ持つ様式というフロムが ね言ってるようなことを結構あの抑えて ますねつまりあのえ物とか経済的にえま 満たされた中でそれでもなんか虚しいとか ですねえ生きていてもなんかこう張りが ないとかですねこういうことを一生懸命 拾っていきますあの神先生はあのえっと今 で言パーキンソンズ病ですねえそういう
ものの専門研究者医者ですけれどもま色々 え批評のえ文系もたくさんあってまそう いった中で生きがいを論じてるんです けれどもだからあのま神や三子を拾って 70年に入ってえっと結構生害を論じた 有名なえ研究者にあの三田宗助っていうね 社会学者いますけれどもあの三田先生は ですねえ精神のパンって言いますねを だからそれもまであの生活のパンからです ねそしてそれがまある程度ねある程度 満たされる中でやっぱ精神のパンという ことを見つけていかないと人々はあの元気 生きていけなくなってきたそういう時代に 今あるぞとこういう風にこう論じた本が ありますけれどもあの全くここら辺同じ話 で神美子はですねあの三田先生もそうだ けれどもあの生きがいっていうのは非常に 日本語的な言葉でねあのまなんとか外とか ねあるんですけれどもでそういうあの非常 に日本的なま概念だっていう風にこう論じ ていてであのま英語にならないとえそう いう議論がありますだからあのって いう日本語の互換から入っていくとあの彼 らはですねえっと生存理由とかあレゾテト とかねあるいはあの自己実現あのマロは ですねあのこういう言葉が近いという風に 言っていくんだけれどもあの生存テトとか あの自己実現だとあの日々のねえ生活この 日々のねこう毎日のとかそういうありを あの拾えないのでえっとで生き返ってね 結構抽象の高い言葉ですけど非常に日々の こう毎日のところでの感情みたいなのは 使うからねやっぱ自己実現とかあのえ存在 理由とかではちょっと言葉が十分じゃない なっていう議論してますけれどもあの ウェルビングはもうそこら辺もねあの議論 済みと言いますかねこれも本で書いてます けれどもあのウェルビングが対象とする この生活ライフはですねえーま生活それ から人生とライフは両方ともねこうえ またぎますけれどもそういうこう時間軸の 短いこう日々のま1日1日とかねそういう ところも扱うしあの生き方とか人生長い ライフですねだから私そこまとめてライ フっていう風にこう読んでるしあの2つの ライフっていうのもずっと扱っていた時に もこのイメージでえ使ってきてるんです けれもまそういったところもウェルビング ロンあるいはアリストテレス以来のですね え幸福エウダイモニアロンはまいわゆる 解決済みとだからまそういう風に考えたら ですねあのまっていうのは今で言 ウェルビング論だということですねそして あの日本人がえ実はは60年代70年代 からこういうね今でいうウェルビング
ちゃんと考えてた国民なんだということを ですねここでしっかり抑えておきたいあの そういう風にも思いますあのOECDが 広めたからというねあのそういう風に思い すぎないあのそういった私たちの誇り みたいなものですねここで確認したいなと 思います以上でございますご視聴どうも ありがとうございます大変お疲れ様で ございまし た HV