際限もない長時間のお話で恐縮ですが
年頭に際しどうしてもみなさまにお伝えしたい
気持ちが優先しておりますことご容赦ください
よ JA ビルのぶビルのぶビルのえからゼゼが回る かしかしかしエフを止めろ ほれギギハギハギ 王ギギ ハギ 原 ビルビルビルベゼルゼア まかし をれ [音楽] や や どど フフれ けそ そうやててはてって そう弱なる不の天よ大宇宙 大霊そして権言したもダマの流れマハバロ 茶内に自ら消し立てますまさに根 が令和6 年 東人ウの世界の全ての一歳の諸量に対し 方面妙なる慈悲とHの赤葉の公明に三立傷 の物心ため たて 七円万定時せしめたもう こと皆様令和6年 の新たな年を 迎え皆様にえ年頭のご挨拶を申し上げる べくこの場 にえ立たさせていただき ます え恒例 の元長第5巻きと え新型コロナウイルスも大語類となりまし て落ち着きを見せてくるように思われる中 まだまだ余談を許さない状況に考がみまし て令和6年度の大元長ごま党も皆さんにお 集まりいただきましてえご祈と 申し上げること を注視させていただきましてえ参拝3列ご 希望される皆様の方にはえこの度も大変 えご迷惑をおかけいたしましたと深くまず お詫び申し上げ ますもう 少しすればまた再びですね皆様と久しくお 目にかかりましてえ気とを取させて いただくことが可能となることを心より 願っており ます どうぞ え遠隔の地にありましてえ党法園寺道場に おけますますえ元長ごまと
え心の中でご一緒にご参列賜ありますよう 心からお願い申し上げ ます 令和5年 えやはり大変な年でございましてえ夏は夏 で大変 熱くこの新しい年を迎える年末年始この 驚くほどの温かさの中 でやはりえ心配されるのはえ気候の変動が どのようなことになっているのかと いうことでございます が令和5年度は えやはり心を痛める問題 がたくさん生じておりまして えこの道場でえ1人の層として え祈りの日々を送らせていただく小勢に おきましても大変心を痛めることが多く ございまし た えその中で え 平成え令 和この変動機が令和6年以降どのよう に移っていくのかえ私の力では何とも予測 しがたいところがございますが え不思議にこの寺ではこうした 大きな出来事が起きる前に必ず え その変動を表すかのように示すかのように その予兆を示すかのように不思議な現象が 旅た起きてまいりましてえ私のような あ何も分からないものがひりがして皆様に お伝えするものは何もないのであります けれども えそのような不思議なこの寺のご縁という んでしょうか響きというのでしょうか そういうものを通してえどうしてもやはり え皆様に え 直接お伝えすることはまだ可能でありませ んでしたがどうしてもお伝えしたいと思う ことがございまして年頭の挨拶の中でその ことをえお伝えしたいと思ってえここに ざしております ますあまり長く話しさせていただくことは 控えます が令和5年度の不思議なことだなと思い ますことは えジワのボルムドールのことでござい ますえ私自身はジのボブ道路という遺跡を お尋ねしたことはえこのようにおいては 一度もございませんでした が実は えこのジワのボルブドゥール てえそうですねコロナが起きる前からです
ね えそういう不思議な関連性を感受すること がございまし てただ令馬5年に至るまではその本当の 意味を理解するまでには至らずです ねなんであろうかなと思いつつ世の中の 変動とこのことがどのように繋がるのか よくわからずに過ごしてまいりました が え令和5年の え5月でしたですかえ実はえ法園寺にはえ 古くから伝わっております大半教600巻 の房がございましてただ私がこの寺に えお世話になって以来その大半教600巻 をえ手元で開いてえ え見るということは1度もなくえ教頭の中 にえしまわれておりましてえ誇りがかぶっ たまのでえ今日までえ過ごしてまいりまし たまあのちょっと開きますと古いものです のでパリパリと お神がですね剥がれ落ちてしまうそのよう な恐れを抱いて えー手にすることはなかなかできないでま ずっとこの年まで寺の本道にお祭りした まま手数でおりまし たただあの大半には今日はこういう世の中 の変動をやったまたな あ苦をそういった もの払うべくですねえ半神教の力によって ですねえ祈としていくま半後16前人の力 を借りながらですねえ祈としていくという え大半絵というものがございましてえこれ は私が僧侶 のになるために ええ学校に通ったりした時にえ大半へと いう法 の基本をですね学ぶ機会がありましたん ですねそれからまお世話になってきた私の 師匠の寺では毎年大半者絵というものが 開かれておりますしこの林の寺院の中でも ですね 毎年大半やあの法をですね開いておられる 寺がございましてえそこにえお手伝いにえ 招きいただきましてえその教典の おお力を借りて世の中の平安を祈る機会に ですね参列させていただくことがござい まし たしかしあまりにも お東日本大震災以降ですね旅重なる大地震 が頻発しえ私たちがいつもお世話になって おりますところの本土もですね古いもので あればあるほどえ平成4年え令和4令和4 年ですかの3年4年の時の 地震これはお寺ばかりでなくて多くの人 自身の地域に住んでる人たちも
お幽霊でですね古い建物がどんどん壊れて い今道もですね大変な状態になってしまう え倉を申ししてるうちにえ新型コロナ ウイルス が非常にしてたくさんの人が亡くなる非常 に緊張世界中の人がですね なくなる今落ち着いているかと思うのです けれどもこういった新たなウイルスがどの ように展開するかによってはなかなか火の 許せない状況にございます し何よりも辛いのはですね え戦争が起きてし その大変な犠牲 にを支払ってまでですね国の一心に国を 守るべくですね え身にしてえ戦って いる人たちえまあ1つの国のです ね正直に言えばこういうことがばかりのか と言ったあらゆる批判を無視したですね 1人の支配者によってですね大変な あ世界中が振り回されるという状況に置か れてまだ続いておりますけれど もさらにやはり苦しいのは皆様もよくご 存じのように えイスラエルとですね パレスチナあの悲惨なが未だにどのように 解決していくのかわから ないこのような状況が続いているわけです けれど も えこのようにぶ仏の弟子としてあ至らない ものですけどもお寺にお世話になり ながらダカさんと共に い世の中があ少しでも平和になりますよう に と力を尽くすべきものでありながら何にも おすることもなくできることもなくえ あ心を痛めることばかりえ過ごしており まし て本当に申し訳ないことだなと思いつつ 日日この大日 由来を通してですねえなんとか この苦悩を収束させていただけますように お願いしているわけですけれど も先ほどの大半な絵もそういった道場の場 を借りしてえま 私のようなものがあ祈ったところでどう なるか分かりませんですけれどもま過ごし ておりまし たで5月に私の師匠の寺の大半へ えお手伝いに 上がる時にもです ねこの法園寺で私が祈りを捧げる上で やはり大半家というもの を転読するとってこう今日600巻全部
読むことはなかなか困難ですけれども 少なくとも自分の寺の大半教どうなって いるのか手付かずにいることはやはり 申し訳ないことだと思いましてえ共に入っ ております大半教1個 こ破けないように調べてまいります中の方 は大変しっかりしておりまし てま虫は食っておりますけれどもこれ もちょっと補修をすれば立派の点としては 後に伝えていくことは可能だということが できて少し安心しておりまし たで実はえ私はその先ほど話しましたジワ のボルブドゥール ドールというものを私の拝むバンダラの団 の中央に据えてですねえ拝むことができ ないだろうかと密かにこう心に免じており ましてま あのジワにあるものは もう分解遺産でえ皆様多分ご存知だと思い ますけれども えちらに凝ってくるなということはでき ませんえですからせめて そのまレプリカのような模型のようなもの が手に入らないかなと実は あの特に 令和4年の地震以降ですねめちゃくちゃに 崩れてしまった本道の中とまあ本土ですね 片付けながらですね何か大事なものをここ に置いてきちっと祈りを捧げなければなら ないでそれがジャワのボロブドールのよう なものかもしれ ないま話がどんどんこうそれていきます けれども そう思っている矢先にですねそうです令和 3年4年の時にこれは前にもお話したかも しれませんけれど も亡くなる人つまり私寺の住職なものです から枕行 に移動してもなくなる人が亡くなりますと え枕業に参ります え信念早々なくなった人の話をするなんて 不謹慎だだと思われずに1つおお聞き いただければありがたいんですけれども えその時不思議な あ条件を立て続けに3度見ましたあの時は あ知っている人たちがあるいはえニュース でも多いですからコロナで亡くなっていく 人たちが非常に悲惨な状態でしたのでま こうして枕ぎを開けてお送りできるという のは本当に えま亡くなり方としてはですね え本当 に相合な亡くなり方をさせていただいて それに えお経ええさせていただくのはとてもま
あの厳しい 時代にですねなかなか難しいことだなと 思いつつそこに望んでおりまし てどんなことを経験したかと言いますとえ ある不思議な山がて目の前に現れまして え枕行で亡くなってる人がそこにいるん ですがその方の体がす と立ち上がれありましてそれもあの普段の 姿で立ち上がりましてですねしかし普段の 姿と言っても少し改まった服装 でえどこか旅に出る支度をしている 感じでその山の方に向かってこう歩いて 行かれるですねその山は とても緑豊かな山でうしい山ですえ えまあのそこを少しあるなくなった方が 歩いていくのを私は追っていくんですね 後ろから気持ちの中でそうすると階段が ありましてそこを登っ てそうすると登ったところに広場が出てき てでそのずっと先の方にまた 階段っていう風ななんだかにこう 見上げていくほど高いところまで上がって いくんですけどもその第1段階にのて タラップみたいなところにさらに進んで 階段を上がる前に え右回りに歩くこ静かに歩いていかれです ねその山を一周するんですけれど もその時に不思議だったのはその方の 歩く歩くその え影のようについて歩く映像がこう私から 見見えるんですねでそれを見ておりますと どうもこの方がこの世に生まれてくる前 えの世界だったような気がするというのは その方が生まれて赤ちゃんとしてみに祝福 される前の 場面それからこの世に出てきてえずっと その方の障害がこう全部移ってぐるっと こう回ってくんですねぐるっと回ってくん ですでえもちろん私はそれをつぶさになん だなんだって見れるわけじゃなくて静かに その一緒に後ろをどこまで池になるのかと 思ってそのなくなられたまなくなってると いう自覚よりこの方は亡くなられて体から 抜け出すとその山に登って人生を振り返っ ておられる一生振り返っておられるでその 場合に自分がこの世に出てくる前とそれ からやがてこれからえ振り返った後お自分 の行く世界にえつまり旅立つ世界がに 向かうのかな でま中央に戻りましてさらにまた奥に行っ てまた石段を上がって広場に出ますとまた こうぐるっと回ってくんですねで今度は何 が映っているかというとその方の人生の 大切なテーマに基づいた一生が与えこう 振り返るテーマが与えられるんですねで
それに関して自分はどのように生きてきた かを見つめるようにでさらにまた上に 上がってぐーっと こうでどなんだあるのかまではその私はえ いちいちそんなことを考えてはいなかった のでただついていったんですねそしてある ま大抵は3段まではいかなかったんです2 段目も少ないですま1段目で終わっちゃう んですけれどもその1段目まてっていうの は3人続けたんですねその光景が見えたの はでその方たちは大体えそのある時点に なりますとその こう回っていて えふとある時点で立ち止まってで山の方を 中心の方を向くんですねそうするとそこに こうドアのような風にこう前ががパっと山 の前が開けましてそこに入ってすっとで私 はその時の記憶によりますとちょっと覗か ま覗いたってのは大変申し訳なかったです どちらに行かれるのかなととその先はです ねその方が行くべき世界なのでしょうか しかしえどういう世界かていうとこのと 同じように緑豊かな自然の環境の整った 世界の方に向かってだその方が望まれる 自分で望んでる世界に行かれるんですねま それは不思議でしたまこれは1つの私の 真影であろうということでまあまりなんだ かんだ思わずにいたんですけれどもそれが 3度続きましたもんですからこれは何か あるのかなとこう思いまして ええ実は私はあの自分の人生 の色んなえま非常にえ人間としてですねえ 許しがい許されがたいですね出来事があっ た時にですね えも絶望の縁に立っていた自分を支えて くれた点が1つございましてそれはあの あの半に理主教というお経でございますで このお経は え私にとっては え未だにですねえ大切なことを お教えてくださるう掛けのないお経で ございます えまこれも長い話になってしまいますが私 があのこの法園寺え高校までえ法園寺でえ 通話させていただいて心ざしを立てまして え仏教系の大学ま大正大学にえ進学しまし たが戦えお経何1つ う学ばずにですね気持ちだけあの仏教の方 に心出しを立てておりまし て大学に行きました時に え何にもわからない仏教のことが分から ない経の挙げ方も何にも分からない私で 非常に悩んだ時にえある尊い えお師匠様にお見にかかるきまして えこのお師匠様に1番初にえ教えて
いただいたのがハ主教というお経でござい ましたでえ実は私はどうして菩薩になり たいと出しを立てたかというと私の母が 病弱でえほとんどこの寺寺で生まれえ寺で えある寺で生まれましてこの寺に公園に その縁でですねえこちらにま私の父私たち ととこにこの寺にお世話になるご縁を いたいた寺の縁があるんですけれどもその 母がとても体が弱くてですねまあななんか こうなんか因縁代償があるからじゃないか とか色々言われることが多かったもんです から母の苦しみをどうやってえ救うことが できるかもちろん医学の力が大事なんです けれどもそれ以外に私でできることはない んだろうかいや私は何を学べば母のこの 苦しみを楽にすることができるのであろう かこれがま仏教心出した一番根底にあるも でございましてで実はそのえ尊いお師長様 にですねお目にかかった時にまず真先に その質問 をしたのですねえどうしたら私はあの母を 老病をですね楽にしてあげることができる のか因縁罪償とかなんか触りとかそういう ことをよく言う人がいるけれどもそれは 本当のことなのかどうなのかということを 尋ねしたくてですねこの方 は宗教者として1番最初に人間国法になっ た方だったんですねその私がおにかかった 後です けれもちろんそれは古いお経そこに伝わる 私たちの宗派に伝わるお経でえその えたくさんのですねえ伝統の出す音楽家の 調査を得ましてですねえやがてその見事 さんにえこお坊さんとしては珍しい人間 国保という指定を受けた方ですけれど もこのお坊さんに私はそのお経というより もそのああの苦しみをどうしたらば楽にし てあげることができるのかと私はなどの ようなことをすればいいんでしょうかと いうことをもに初めてあった時にお話した 時に えこの今を一生懸命交感で え え行けば修行してえちゃんとしたお坊さん になることができるならばあなたの お母さんは きっと苦しみを逃れることができるのだ からあなたはしっかり学びなさいこしっ てあなたは あお母さんがどんなに病で苦しんでいても あなたを生んでくださったお母さんがまだ 現在だということを喜びなさい感謝をし なさい えお母さんありがとうって今まで何度 お母さんに言うことがあったか
ねはってこう思いました実はそのお師匠 さんのお母さんはお師匠さんが亡くなって 1週間で亡くなられてしまって え本山の甘音様を我が母と思ってお使えし て僧侶になってきなるべく修行してまった のだとあなたはその私から見ればお母さん が今でも一緒にて生きていて くださるまずありがたく思いなさいはこう おっしゃってとにかく 一生懸命授業すれば君のお母さんは必ず 良くなるそうしってその時に安主教という 経 をま他にもたくさんおを教えていただいた 中でアア主 教読み方ですね大いし方とあおわったん ですねそれで えただあのその時気になることを おっしゃったのはこのお経はね下手な役 下手な解釈下なあ理解ではあ間違って しまうことが多いから君はこれを私から 学んだ読み方を誤ちのないように日々一生 懸命行えすれば 必ず修行のあるプロセスになったらば理解 することができるからそれまではただ ひたすらただひたすらこの経にあれ固く 念じながら唱え続けなさいとこう おっしゃってたんですねでえもろ犯理宗教 というは難しいことです長いし えそんなちょっとした未だの未だに私が 深く理解することに及ばるものですでも その師匠は最初に応えいただいたお師匠様 が私の母のことと含めてあに主教を大事に しなさいとこうおっしゃってたのでまあの 大学に入りたってのは年齢のの時からでし たのでえそれはそれはあの分からないん ですけれども大事なおだなということは 未だに思っておりました でまあこれ も再現のない話になってきまし人生で特に 大事だなっていうのはそのお師匠さんに半 に意識が大事だというそれでもまあ なかなか唱えるだけで分かるものでは ございませんしいろんな解説本があったり 研究者の方の書い たそれから犯教についてる副産とのですね え王子まで全て え読みとせほど簡単なものではございませ んですからというかけ毎日その本業の時に おついしたり え友の時とかご法事の時にま1部分を大い するそれでま過ごしてしまってることが 多かったんです が うんこの法を聞いてくださる方の大体はま 私の長い話長い話ってのはずっと以前から
しております話にご縁のある方なのでま 説明しなくても分かりになると思います けれどもある時期そうですね今から256 年前漫才落さという山に巡り合いまして これがえ地震余の町内の山だと言われて いる山だとは全然知らずにですねどうして もその山が呼び呼び忘れて不思議なことが ございましてこの話をしますと長い時間に なってしまいますがまご存知だと思ってえ 割愛いたしますがこの漫才落さに えそうですね随分と盛るようになりまして え長女を見つけて以来ですねえ何いつもま 毎月登ったりしておりましたが え実は地震よけの山の割にはですねえ山に 登ると地震がどうしても大きな自信が あちこちと起きてしまっ てなんでだろうなと思った時にあの書の自 の時にえ私はえ山に登った時にえま私1人 でなくてその頃は同校の方が20人ぐらい いらっしゃいましたけれども え登っておりましたのは無数の おがのような蝶のようなものがたくさん こう私たちの歩く道を一緒に歩いてきまし てえ皆さんが驚くほどたくさん薄のが一緒 に歩くんですでその長の一軍が私をこう こしていったんですね戦闘を歩い てあの漫才落さの頂上の話ですけどとなな ここ蝶が戻ってくるのがあいてでまた私と 一緒に行こうとするその不思議なこうこれ は現実なんですけど も見ているうち に何ことか何ことかを伝えようとしてるん だなと思いながらこう虫に歩いておりまし たそうするとそこに視線書の地震の時に 亡くなった人たちなんだだと思うんですね そのバなんだと思うんですそこに同食物が 全て動物もこ人も全部がここにいてこちら だこちらだと私を案内するですねで行き ましたらはちょうど万大略さんのえ三角天 のある 長上の第2展望台というところにえ出まし てさてそこで実は今まで反しとかたくさん のお経をあげて山の食をしてたんですけど も その 一部ま突然消えてしまったんですでその ところで半主教はあげなさいとこういうま 声なき声が聞こえたのでそれ以来ずっと あの漫才なさに登る時ア主教という経を 上げさせて全部上げると長いので他の方に は休んでいただいて私だけがうまくお祭り してある工房大使の前でハア主教を供用さ せていただくということを随分続けてった でこれが主教の大大事なものだと意識した え2回目の時でございましたですねただ
なぜ漫才落さんがえ半なり宿業なのである かということはどうもよくわからずにおり ました でただもう え仏弟子になっていらハ主教ということを 最初に大事にしなさいと言われてましたの でえとにかくそれもあってのことかもしれ ないこれにまさるお経はないのかもしれ ないえそう思いながらま山に登るたびに犯 宗教を供養させて参ったのも確かなんです ねところがです ねあの平成23年なんとこともあろうに です ねこの地元 で大変な被災になってしまって漫才漫6漫 という地震よけで唱えられていた大側の ところほとんどやられてしまっ たもうあの東北全体から 関東大変なことになってしまいまし たこれはな何なんだろうなとこう思うほど 大変辛いものがございましたがまこれに めげずにですねま漫才落さんの信仰を ずっと続けておりました というのはその漫才落さんの重要な ポイントはあの世とこの世の 接点にあるというま私の言い方なんです けどであの世とこの世はえどういう風に なってるかというと別々じゃなくて1つの 球体のようにできていてま宇宙のように なっていてこの世が半分なとすればあの世 が半分ま比率的にはそうは言えないんです けれどもそう思って理解しないといけない のだそして何度も申し上げますように この世とあの世の体というのはえこの世は 仮の体でえ言われてますけれども仮の体と だとしてもあの世の命が全部吹き込まれて 成り立っている世界だという風に理解して おりますのでどうもそのことをきちっと 理解すべく導かれているつまり人間は死ん だらそれでえ終わりで何もないんだていう ことではなくてその命を生かし続けている 無限の力が及ぼして宇宙自然が成り立って いるということをちゃんと理解して上で そのこの現象会のことをそれからこの現象 会を旅立った魂のことをよく理解するよう にそういう風に導かれているという風にう 感じつつあったんですねでそれを元にして 私は あのとにかく犯り主教なんとか え私がずっと唱えていても 決して容易に理解することができない けれどもこれをちゃんと私自身が犯人主教 というを理解していかないといけないのだ なというおししだこう思いましてそうです ね
あの漫才落さに登って気づいて以来半主教 をずっとえ探求して過ごしてまいりました えこれが先ほどのジャワのボルブドゥール 実は その半主教に解かれている根本的な教えが ですね不言金剛さったというま我々で言う とえ光輝くものというもっと言うと色 本源本族省ア本譜省の世界が解かれている ものであるいうことをちゃんと確信に添え なければ半主教正しくできないのだという そういうえ戸将軍っていう立派なそのさで 学者さんが解かれた大正時代のですね解説 問を紐解くことがありましてそこにジアル ボブドというものが書いてありまして え亡くなった人の経を上げるのに半主教を あげなさいとは私のの師匠がですねよく 言ってた話でしたけれどもジャのゴルグ ドールが書いてあったんですでそのジャワ ノボルドールはそのドノ将軍という方の半 主教の研究という利子教の研究という中に 大正時代の頃に発さそこにこう写真が乗っ てたんです白黒の 写真でそのあのボルグドールを見ましたら ば実はそのあれは銃弾の階段になって全体 が1つ の第2如来を中心とした そのお如来のですね世界が解かれていて お釈迦様がですねこのように生まれる前 からえこのように生まれて出血して修行さ れて悟を開いてそしてこの世を去って悟の 世界に移られいくという前世の物語を含め て様々なそのお釈迦様の物語があのジの ボルドにえ石に刻まれてあるということを そこで初めて知りましてそこでびっっくり したのは枕業 でこの人が一生振り返ってるわけですで 前世かと思われるようなつまり祝福されて このように出てきてと生まれて生まれたの はいいんだけれども戦争が起きてしまった 大変な今でもそうですよせっかく生まれた のにねあやって爆弾によってミサイルに よって瓦礫の中にもう大変な怪我をしたり 命を中そういう条件もあの私が追ってった 人はえ戦争以前の生まれの人でしたのでね えその経験が全部こう蘇っているのが手に とるように見えてたんですけど もしかしその人に一生がこう振り返られ てるジノボルブドでお釈迦様の一生が 振り返って前世の物語も変えてある菩薩と しての道も書いてるで銃弾の層に分れて い実はここで大事なことはえそれまでは 分からなかったんですけども令和5年に なって初めて おまそれまで安全ともなく利子教それから ジャワのボルドと考えていたんですけれど
もえ1つ日がついたことがありましたで これが先ほどの大半家のお経5月なんです えこういうみ大変な時代に少しでもお仏の 力を借りして良い時代になれるように何か 尽くすことはできないかと半半教じゃなく 大半業というものを法園寺にもあるものを 手に取ってですねそれでまだ大丈夫だと そう思った瞬間にですねジーノ ボルブドゥール あるかもしれないと思ってねまパソ事務所 にあるパソコンに戻りましてそのジの ボルブドゥール それがジーノボルグドールていうものに 対してまだそれでもですね良かったな程度 なんですところがその えそのを手にするのと同時にですね5月 だったんでしょうかねあの今の日本の天皇 陛下がじゃあのボルム道路にお立ち寄りに なってお参りされているテレビが映ってた んです でびっくりしたんです えこのお寺で起きているその不思議なこと の予兆がですね全部そのえ例えば法園寺に え工房大使が伝えてきたという薬如来の像 があってこれは忍のところに国保となって え今伝わってるものですまで一度燃えて しまって今はほなてこんな小さなものでし たそれと同じそのえ形のですねまこれは 中国で掘った薬ぐらいですけれどもそれが 法にふいとお出ましになった時も不思議 でした え実はこれは その条項になる天皇が前の天皇が条項に なられる時のタイミングだったんですで そのえニになっているえそのえ役しも条項 になられる方が国の部屋を今度は仏教徒と してお守りすべくそれを年時物としてお 持ちになるその形とらしてこの令和に 変わる時のですね不思議なが あタイミングと今度は令和5年 にまこの裏でどこにもおでになられること お控えておられたえ天の陛下がジの方にお 尋ねになられ たそこでお参りされたのがジャの ボルドールだとで全部がこう1つに 結びついてしまいましたですからえこれは 何ことかがあると でその紐解く鍵になるものが実は羽主教と いうお興にある ということになりましてえま集中的にそれ を調べておりましてようやくですね ようやくまとめることができました でこれはそのどういうことなのかという ことを分かりやすく説明するにはよいで ございません
え その天皇陛下 がジワのボルドに行かれてえすぐにですね なんとか皆さんにこの意味を天皇陛下が 登られたっていうことよりも そのあの世とこの世と私は簡単に言って しまいますけれども科学的に証明できるか できないかは別としまして間違い なくこの世とあの世悲願と 志願はですね別じゃなくて1つになってい てしかもそのあの世の本源にある 世界つまりそこでいう利子教が解いてる 本源の世界アニリシをえてるあまハニャて いうんですから空ですね空の本源そういう ものとこの現象会は振り一体であってえ 必ずそこから新鮮神の泉のように分入る力 がこの現象会に国国に現れてこの現象会は 永遠のものはないけれどもその命を元に 生まれ育ちそして使命を果たしてあの世に 変えてまたこの現象会に命を吹き込んで いくそういうそういう世界が解かれて いる本譜省の世界 この世のに生まれる生まれないっていう 現象を超えたはかに超えたえこう深しに なる命の元になる世界があるのだという ことなんですけれどもそれが あのま大切なことだとそれからもう1つ そのえこれはあのそういうことでえっと まずまずあの不可思議なお寺の氷の現象と それからいや1番感心なお釈迦様のえと それからですね え先ほどの えハリ宗教 えハ宗教ハ宗教それ から光輝くもと漫才落さというのはハ主教 が1番根本としするご創常人化今後商業の ご想これは専門用言なんですよこれを 全部実は見えざる世界から伝えられてきて いる大切な教えだったということがえ私的 にようやくま 全然何万分の1しかわからないものなん ですけれどもようやく結びついたというの がが え皆様にお伝えしたい1番の今年のですね 令和6年のものなんですで特にえ皆様にお 伝えしたいのはこのハ理宗教という教え ですでこれは一般にネットを調べてみたり 書籍で見て も誤解を招くようなものが多かったり 難しかったりするんです それはあの私の最初の師匠 が変な訳し方をして間違ってはいけないよ という理解を理解はとても難しいで私は このそれをま実は16年ぐらいかけ てなんとく間違いのないような理解の仕方
はないかということでえその戸将軍博士の も鍵にしましてですね駆にしまして根方に しましてお釈迦様の本譜省という教えをえ 特にえ私がいつも伝えているええこれは 宗教哲学者って言んでしょうかインドの クシナムルティという人ですがこの人が 1番我々の仏教のですね1番根本の教えに 近い形を現代に蘇らせてまもちろんこの人 は仏教とではありませんけれどもまお釈迦 様がいたら同じようなことをおっしゃって たんだろうとそういう風に言ってる学者と 思いますのでま私が勝手に結びつけてる わけではないしかしお釈迦様が1番解いて いるのは人間がこの世で1番恐れなければ ならないのはえ自己義満に教える義に満た 宗教やそういうものに陥ってはならないん だと己れ自信の中に脈々と生きている本譜 省の命に目覚め て行くためには自分の人生を 深く見つめ つつ1つ1つの義満性を全部打破して え本当の命の本源に目覚めるま物心に 目覚めよというのがまおお釈迦様の根本の 教えだと私は理解しておりまして実その ハリ理宗教っていうのはそれを国名に きちっと説明して いるで本にしましたしかしこれを皆さんに 差し上げるほど大量に印刷するにはえ ちょっと費用がかかりますのでえお参りの 時には本土に並べておりますでここには え私がえ1番最初に習った名前を言って しまうとですね申し訳ないんですが青木 裕子という 師匠そしてその師匠さんのおしでこれは私 を信言集の僧侶として育ててくださったえ 栗山名けというお師匠様このお師匠様2人 によってえ教えていただいた犯理宗教と いうものをここに全部入れてあります図面 でその他にその毛質って書かれているこの まこれは重要文化祭になっているハとま あの総の方が書いてるハがたくさんある私 の師匠も書いてるしかしこの不思議な字に 惹かれましてこの犯主教の原文を載せ てそれでその読み方とそれから和薬 とそれに本譜症から見た宗教というのは何 にかということを ようやく令和5年にまとめあげることが できましたでこれをです ねお本道この法園寺の本道にお参りに来 られた際にはですね是非まちょっとむ読む には何回あの何なものですけど私が書いて いる解説文は読みやすいと思いますので そこを是非ですね見ていただいてどうか 今年のですね え豊かな人生をですね達にしていただけれ
ばという願いがまず大一点ですでなぜなぜ 半利行なのかと言いますと実は令は4 年度 えちょうどあの何ですかねあの プーチンの戦争が起きて来るちょっと前に ですねえ実はあの不なる書物が私のとこに パンと出てきまし てそれは何かというと1つはえユダヤ 教もう1つはその え祈りの門なんですこれもえイザヤ所に 書いてある祈りの でこれは不思議でしょうがなかったんです なぜこの仏教の私の中にそんなものが出て くるのかで私の中にっていうのは心に出て きたっていうよりももとしてこう与え られるんですけどなぜこれが私のとこに出 てくるのか不思議でし たしかし現実に はパレスチナとイスラエルの問題ができて きてこれは大変私にとってまもちろん ずっと昔から非常に 厳しいものがあったんですけれど もなぜなのかっていうことが令和5年に なっ て初めてわかったんですえ同列にってた ですキリスト教もですねユダヤ教も神のま 仏教は例えば私たちは因縁罪償色々ある けれども本来は仏の命で生かされて生きて いるものであるという立場なんですけども 向こうの国ま向こうの宗教というか キリスト教でもそうです かこれを正しいとか間違いとかっていう話 じゃなく て人間は現在を犯してる人間だからダメな やつは徹底的にだ補佐しなければだめ だ神の教えに忠実なものだけが救わ れるそういうまつまり 性悪説とは言えませんけれども人間は 罪深いものだと仏教もやっぱり自分を 見つめれば見つめるほど悪深きもだという ことは分かり ますしかし神の力によって救われるのか 人間自身が目覚めていくかということで キリスト教やユダヤ教と仏教は完全に 違うくなるという風に一般的に言われてる わけですねしかし同時にここに現れてくる のは何かっていうことが私にとって不思議 だったん ですというのはえっとこのハア宗教の1番 根本にあるのが先言いましたジャワの ボルブドゥール 瞑想中に光輝くものが出てきましてです ね釈迦にこう伝えたんですあなたは随分と 長いこと悟りを開こうとして修行してやっ てき進んできてきたけれどもそれでは
どんなに長いこと生まれ変わり変わりし たって悟りを開くことはできないそれを 分かりだろうかという風に遠くができて いやわかりませんどのようにすればその ような迷いを打し て悟りを開くことができるのかとその光 輝くものに問をしたんですだからこの 光輝くものを感受しなさいとそこを見 なさいとそこを感想しなさいということで いくつかの瞑想 の方向を与えられ たであるプロセスをマスターした時に変状 根合と言われたんですねその変状根合 返上釈迦様光輝くも と対明していた時に 返上やがて光輝くものそのものになった時 に変 そのものになって光輝くものとなったこの 光輝くものを唯一残して解いているのは え信言衆の金剛商業の中に解かれて いるこれをそのよしとするか足とするか 分かりませんけれど実は私はそれを同じ 信言集で育てたそこまでは理解せずに来た んですねでそのことがこのハニ教に明確に その教えに基づいてハヤ教が解かれている ということを私は全然知らなかったん です で漫才落さで導かれていたその山もジワの ボルフ道路で築かれているあの寺院アも ですね全部光輝くものその光輝くもっと いうのは神の光という思て信じている人 たちもいますつまりまあの名称はともかく 我々の全ての命の根源であるものその光 輝くものを持った命であることを忘れるな ということなんです ねで人間は死んだらみな天国に行くとかあ あ様に救われるって簡単に言いますけれど もそう簡単にできてないのはこの世という ものの中に我々は責任を持って生かされて いる光輝くものの命そのものの体を えなんですしかしこの世の苦しみや悲しみ を乗り越えるの は光輝くものつまり神の命を宿した我々が この地上の様々な苦しみや困難を全て解決 して行かなければならないっていう誰も 肩代わりしてくれないそれほど重要な役目 を持ってこのように1つ1つが生まれて いる1つ1つの命は本源では1つである けれどもそれぞれの役割を持って生きて いるとそれがお医者さんであろうあるいは 植物であろうとあるいはえ今一生懸命ええ 研究をしてる人であろうか会社を切りもり している人で1つ1つの命職業のことでは なくて1人1人が持ってる個性を1つ 1人1人の命の器を持って通してこのよう
に光輝く世界を築いていく役目を持って いきて しかもあのようにです ねたった1つの爆弾で吹っ飛んでしまう ようなもい勝ちかもしれなさいコロナ ウイルス にかもよかも立たないうちにもう息を 拭き取ってしまうかも しれあるいは事故にあったり あるいはちょっとした始末で不用いなけで 火災に向けてもう旅立ってとにかくこの世 の命は非常 にもろくてはかない宇宙環境というすごい 大きな壮大な環境の中で生かされいる命で あるけれどもあまりにも簡単 に奪われてしまう命 ですこれを救えるのは本譜症光輝くものを 1人1人が輝かして生きていくこれによる しか ない 弱い吹けば飛ぶような命かもしれないけど もその吹けば飛ぶようなの中で強く生きて いくそういう役目を持って1人1人が 生かされて いるこの世でこっぱ人に吹き飛んだとして も本譜症は吹きとわない必ず新たな命とし て 蘇るしかし蘇るけれども同じようにもっと こっぱみに飛ぶような息が生きていけない 世界にしてしまうのでは方向が違ってどの 命も自分の命を全頭できるように幸せに なるかけがえのない命をこのように頂いて いるのだということを理解して生きていく 世界気づいていかなければなら ない誰が気づくかと言うと今独裁的に権力 振り返して人の命も命と思わずにやって いる人たちに気づかせなければないそれを 気づかせる我々がまだ1人1人その役目を 持っているこの矛盾にした しかも大変な社会 時代そう生きていくかものがあるとすれば 私の中に国々に一瞬 一瞬その見えざる世界仏の世界光輝くもの とし てもたらされている本当の命本譜書これに 目覚めていくことが大事なんだということ がこの花主教に書い てる 是非そこをですねまあの世界に向けて私が こう言ったって誰も聞いてくれませ ん今日こうやってわざわざ今の時間まで私 の話を聞いてくださる方は ま私の勝てら魂が通じ合う人なですま ほとんどの人はパチっと消してしまう でしょ何わかっなんだか分かった風な生息
にも語ってるという人に聞き耳も持たない という人の方が多いかもしれませんまだ 始まったぐらいですでもまお許しください そういうものなんですけれど もそれをこうなんとも言葉足らずでもう話 も下手くそなんですけれども伝えたいもの があって えまた今日も時間を労してしまいましたが 皆様がどんなに厳しい困難な時代にあって も本譜症の命が皆様を通してそれを 乗り越えようとしているということを是非 肝に命じていただけたくこのハニ主教 のことをまあ1つの中身ではなかったです けれどお知らせしてどうか興味のある方は えっと本道にこれを何冊か置いときますの でお手に取っていただきくさいそれからえ 今年ももうやめようかと思ってたんです けれどもえ週3回あ月3回の勉強会という のがございますこれは無料ですで私のこの ような話をずっと延々とついております からま骨の折れる勉強会ですけれども是非 このハア宗教の大事なところをですね理解 して人生の糧にして私は あのカ識を知らないで死ぬ人死ぬこあの ように帰ってしまう人た非常に公開するで あろうと思ってるんですこのよにこんな尊 教えがあったのに君は何も知らずにえ行っ てしまったのもったいないえで私は今 じゃあ分かってるのかと言うとですね あの世に行ったら何も知らずにおめおめと このように帰ってきてもう1度出直せと 今度は何に生まれてか出直すか分かりませ んけれども多分そうになってしまうほど 拙いものですがどうかどうかですね大事な 大事な光輝くものの命を持ってこの身近な 人生を非常に苦しい時代をしかし生かさせ ていただいているということに感謝をして 生きていっていただきますようこれがあの ま皆様に何としてもお伝えしたいま最終的 な話です長い 時間ご清聴いただきありがとうございまし たどうか皆様と一緒にですですね光輝く ものの本譜症の命を本源としてこの大事な 人生1日一緒1日1日を大切 にお互いにええ力 をおかししつつていうか与えていただき つつつ協力をしてまたえ過ごして参りたい と思います来年 にまたおにかかりますこと ありがとうございまし た ます