【カラー化】昭和のスキャンダル王 福田蘭童の妻 川崎弘子「真の美女図鑑」 Old Japan Photograph, history, beautiful girl, Colorization

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昔の写真がカラー写真でよみがえる。
いまから約150年前の幕末。土方歳三や龍馬らが生きていた時代にも
やっぱり美人・美女はいた。

現在の川崎市川崎区の川崎大師のすぐ前の家に生まれる。実家は和菓子屋だったが、父親が他の事業に手を出して失敗、病死する。父親を早くに失ったため、大師高等小学校卒業後に料理屋やガラス工場で働き、その赤貧の時代に、俳優の木村健児にスカウトされて、1929年(昭和4年)2月、松竹蒲田に入社。芸名の川崎弘子は川崎大師と弘法大師にちなんで付けられた。佐々木恒次郎監督の『女性の力』でデビューする。 主にメロドラマで活躍し、翌年1月には早くも準幹部になる。哀愁のある美人スターとしてトップスターとなり、1932年(昭和7年)1月には幹部となる。同年大磯の坂田山心中事件を扱った五所平之助監督の『天国に結ぶ恋』の主役を演じて大ヒットし、さらに同年五所監督の『不如帰』では林長二郎と共演。

1935年(昭和10年)、離婚歴があり、麻雀賭博や結婚詐欺の疑いで何度も警察の厄介になっている福田蘭童と結婚したため人気は急速に低下した。しかし1936年(昭和11年)に佐分利信を相手に主演した『人妻椿』は空前の大ヒットとなった。1939年(昭和14年)1月に大幹部となる。

1942年(昭和17年)より病気で休みがちになり、役も小さくなり1947年(昭和22年)に引退。1951年(昭和26年)にカムバックしたが1958年(昭和33年)に完全引退。

1970年(昭和45年)から肝臓を冒され、1976年(昭和51年)、肝硬変で死去。

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2 comments
  1. 福田蘭堂が川崎弘子を強姦して結婚した年が1935年で石橋エータローが生まれた年は1927年で前妻の名前が石橋千代です。

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